世界で一番大切な箱
杜侍音
世界で一番大切な箱
「この中には世界で一番高価なものが入っているの」
私がまだ子供の頃、縁側でおばあちゃんがそう教えてくれた。
立方体の箱の外装は檜で作った木の箱で、装飾はない。天面だけを取り外して箱が開けられるようだ。
大きさは両手に包まれるほど。ルービックキューブが一回り大きいくらいか。
とても世界一高いものが入っている箱とは到底思えなかったが、こういうものに入れることで隠すことができるんだとあの時は思っていた。
「なにー? 宝石とか?」
「それよりもっと高いよ」
「なんだろー。ヒントちょーだい」
「そうねー。人によって姿形が変わるかな?」
「どういう意味だろう? あ、土地の権利書とか! 面積も形もバラバラだもんね」
「
「うん! だって色々勉強してるもん。お父さんとお母さんがね、勉強しないと大人になって苦労するよって言ってたから」
そう言うと、おばあちゃんは微笑んで、私の頭を撫でた。
「莉央はいい子だね。でも、莉央は二人に似て真面目だから無理するか心配だよ。──そうだね」
そしておばあちゃんは私に小さな木箱を渡した。
「え、いいの?」
「いいの。これは莉央に持っていてほしいから。もし、この先辛いこと、しんどいことがあったらその箱開けて。それまでは大切に仕舞っておいてね。莉央が持っても、おばあちゃんにとって一番大切なものになるから」
「分かった。でも、おばあちゃんはもういらないの?」
「うん。私はもう分かっているから──」
当時は意味も分からず首を傾げた。
そして、数週間後。
おばあちゃんは持病が悪化して唐突にこの世を去ってしまった。
あの時は寂しくて悲しくて、周りの大人が駆け付けるほどに大号泣してしまった。
本当はこういう時に箱を開けるべきなのだろうけど、それすら忘れるほどに泣いてしまった。
──そして屋上にいる私は今、あの時の木箱を持っている。
最後だからと部屋の整理をしていたら、押入れの奥深くから見つかった。
片付けが終わってから中身を見ずにそのまま持ってきた。
「……何が入っていたんだろ」
箱を振ってみるが、音はしない。
私は箱を開けると、その中に何も入ってなくて……
「……鏡?」
底面に鏡が貼り付けられているだけだ。
そこには目に隈ができて身も心もボロボロになった私の姿が映っていた。
「……あ、そうか。世界一高いものって……自分自身なんだ……」
おばあちゃんが大切にしていたもの。
それは、鏡に映る自分のこと。
見る人によって姿を変えるというのはそういう意味だったんだ。
宝石や金塊でも、土地の権利よりも私達の価値は高い。
おばあちゃんの気持ちを知れた私はあの日みたいに泣いてしまった。
今となっては誰か駆けつけてくれる人はもういない。足を空へと出して座っていた私は慎重に立ち上がって屋上に戻った。
……おばあちゃん、ありがとう。
おばあちゃんのお陰で私はもう少し頑張れる気がする。
──大切な私のことは私が守ってあげないとね。
世界で一番大切な箱 杜侍音 @nekousagi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます