KAC20243 この宝箱は、どっちだ?

久遠 れんり

僕たちは遭遇してしまった

「おい。エレンどうする?」

 困った顔をして、聞いてくるグレン。

 俺達は宝箱を見るのも初めてだ。


「宝ならダンジョン産だ。きっと高く売れる。ここは、開けるだろう」

「だけど罠や、ひょっとすると……」

「モンスターか?」

 僕たちは手を出せず、じっと見つめる。


 先日起こったダンジョン震。

 これが起こると、内部がガラッと変わる。


 変化が起こっている間は、ギルドにより封鎖される。


 僕たちは、成人になり。ギルドに登録したばかり。

 まだ半年。


 グレンと僕エレンが、前衛。

 そのため、双頭の翼とチーム名を付けた。

 他のメンバーは、ぐずなニールスとドジなエヴェリーナ。

 口うるさいネレム。


 ネレムとエヴェリーナは女の子。

 ニールスは体型のため、動きは遅いが力があるので、盾を持っている。


 エヴェリーナは、多少炎系の攻撃魔法が使え、ネレムは司令塔兼弓使い。


 この半年で、三階までの地図を作り、何とか暮らしてきた。


 ゴブリンや、コボルト。

 ウルフなら5匹までは倒せる。

 この条件で済むのがダンジョン三階。


 それ以降は、オークが出始めるし、ウルフはいきなり十匹の群れになる。


「早く決めないと、他の奴らが来る」

 ニールスが後方で、盾を構えながら言ってくる。


「わかっているさ。でも」

 グレンと顔を見合わせる。


「早く決めないと。男でしょ」

「男は関係ないだろう」

 つい、言い草に腹が立ち、ネレムを睨む。


「そうだ、ネレム。矢を射て」

「いやよ。モンスターなら襲ってくるじゃない」


「先制なら効くんじゃないか?」

「だけど、モンスターならミミックとか言う奴だろ。十階辺りを探査している奴らでも壊滅させられるって聞いたぜ」


 グレンの言葉は皆知っている。

「つい開けてしまったんだよ」

 ギルドに飛び込み、泣きながら報告する冒険者。



 宝箱は天国か地獄だ。

 開けるか放置は、そいつの判断。

 上手く行けば、家が幾つも建てられる金が稼げる。

 外れなら、死ね。


 酒場で語られる話。


 中でもアーティファクトと呼ばれる武器。

 神が創造したと言われ、王家が買い上げる。

 金銭で不足の場合は、準男爵が最高位だが、爵位までもらえると言われている。


「どうするの? 早く決めなさいよ」

 そう言いながら、ネレムは矢をつがえる。


 うん? なぜ矢をつがえた。


 思い出される。いつも言っているネレムの口癖。

「冒険者で有能でも良いし、御貴族様でもいいけど、お金持ちを捕まえて、私は玉の輿に乗る」

「ばかねえ、貴族の奥方って、しきたりや、何だっけ? そうそう、教養とかっていうのが必要らしいわよ。おバカじゃせめて愛人ね」

 ネレムとエヴェリーナが話していた内容だが、宝物が入っているなら、俺達から奪えば良い。そんなことを考えても何ら不思議はない。相手はネレムだ。


 その考えを実際に思っていたのは、エヴェリーナ。

 ドジな振りをするのは、子供の頃に本当に失敗したときのこと、『あらあら、かわいいわねえ。女の子は少しドジな方が良いわ』そう聞いたから。つまり、結構腹黒だった。


 ネレムは竹を割ったような性格。

 はっきりして!!

 それがすべて。


 矢をつがえたのも、一応不意に襲ってきたときの用心。


 だが、冗談で言った言葉でも皆は覚えていた。

 お金持ちになりたい。それも楽をして。


 そして、ニールスは考えていた。

 腹減った。どうするんだろ。早く決めてくれないかなぁ。


「おい、どうする?」

 聞かれた、グレン。

 宝を放棄なんぞ考えられない。問題はどうやって確認をするかだ。

 宝箱には、罠もある。

 その知識が俺達にない以上、俺以外に開けて貰うのが正解だ。

 できれば、エレン。

 ポジションが同じで、こいつの方が評価が高い。


『グレン。お前は考えが足りない。町に出て冒険者になるなら、エレンの言うことを聞き理解しろ。目先だけじゃない。その先を考えて行動すれば生き残れる。良いかエレンとともに頑張れ』

 親父に、村を出るときに言われた言葉。


 確かに、エレンは物知りで、賢いのだろう。だけど息子にお前は駄目だなんて。

 カッとして確かに、幾度も喧嘩をして騒ぎを起こした。


 だけど。

 背の低かった前とは違う。身長だって、エレンと同じくらいになった。


 そうだ。エレンは要らない。


「エレンお前が代表で開けろ。チームリーダーはお前だろ。稼ぎになる宝を放棄するなんてできない」

「それはそうね。開けるべきだわ」

 そう言って、ネレムは矢をつがえ、弓をこちらへ向けてくる。


 俺は矢を放たれても良いように、宝箱の側面へ回り込む。

 宝箱も、ネレムの矢も視界に入る位置。


 だが手が、怖くて蓋を開けられない。

 話には聞いたことがある。金縛りだ。

 この現象は、自己防御の一種。擬死反応とか強直性不動状態。フリーズと呼ばれる状況。危機的状況で動物にも見られる擬死状態。一般的な死んだふりの前段階となっている。


 そんな緊張のなか、ネレムの矢が放たれる。

 カンという音。


 宝箱に見事突き刺さる。

「ごめーん。指が外れちゃった」

 だが、彼の肩を、矢がかすめてしまった。

 体の向きが変わり、剣が抜かれる。


「やめろグレン」

 だが、グレンは止まることなく。剣を振り抜く。


 その様子を見て、エヴェリーナは魔法を発動。

 こっちも宝箱を開ける準備はしていた。

 発動寸前にまで魔力を錬っていたようだ。


 グレンは炎に包まれながらも、体をひねり、剣を突き出す。エヴェリーナは首から血を流して倒れる。


 すべては一瞬の出来事だった。


 極度の緊張は等しく。

 いや、ニールス以外を蝕んでいた。


 それに耐えきれず、暴発。

 うちのチームは、一瞬で三人を失った。


 その惨劇に気をとられ、僕の右手は宝箱を開けていた。


「あっ。やっと開けたの?」

 ニールスが気が付いた。

「えっ。あっ。なんだこれ?」

 中には、針が全面に突き出た、栗のいがのようなものが入っていた。


「これって、投擲武器?」

 ニールスに聞かれても、知らない物

「さあ? ギルドに持っていこう」


 仲間の武器や服などは回収する。

 すべて、売れるからだ。

 身ぐるみはがし、部屋の隅に並べる。

 こうすればダンジョンが吸収してくれる。


 ギルドカードを返却して、手続きをすれば、彼らは探索中の死亡として受理される。

 手を合わせ、その部屋を後にする。



「ダンジョンの宝箱? 一階にそれは儲けだね。たいしたものは入っていないけれど、たまに銀貨が数枚入っていたりするよ。その階数なら、罠もないし。もちろんモンスターが化けていることもないし」

「ない?」


「そうそう。ミミックとが出るのは、十階以上。五階以降の宝箱には罠がつくけどね。えっ、もしかして知らなかったの?」

「ええ。すごく緊張しました」


 ギルドのお姉さんに呆れられた。

「仲間内でチームも良いけれど、どこかのチームかクランにでも入って、基本を覚えるのが先かもね。君達二人になったから考えてみたら?」

「そうですね。それでこれは、投擲武器ですか?」

「えーとそれは、アーティファクト『たわし』。物を洗うのに便利だそうよ。買い取りなら銀貨一枚」

「――売ります」


 ――三人もの仲間を失い。

 俺達が、手にしたのは銀貨一枚。

 くっ、涙が止まらない。





「あっ、お姉さん達。その食べている物って何ですか?」

 ニールスが駆け寄っていく。

 美人なお姉さん二人組。

「えこれ? これはチキンを焼いたもの。そっちは友達?」

「仲間がすみません」

 挨拶をするが、流れる涙。


「良いのよ。どうしたの辛そうな顔で」

 あっけらかんと、ニールスが答える。

「仲間が三人死んじゃって」

 経験があるのか、お姉さんも顔を曇らせる。


「あらまあ。残り二人なの?」

「ええ」

「じゃあ、一緒に組む? 君剣士よね」

「はい」

「ほら。落ち込まないの」


 この騒動で、僕たちは有能で素晴らしい天使を得た。

 元々魔法使いで前衛など必要としていなかったが、僕たちが入って楽になったと甘やかしてくれる。

 すでに十階をオーバーした中堅。


 紅蓮の花。

 お姉さん達。実はギルドで恐れられていた。

 駆け出しの頃、絡んできた冒険者を躊躇無く焼いたから。

 死にはしなかったが、その容赦のなさから恐れられ、淋しかったようだ。

 アンジェリーカさんとフロリーナさん。


 僕たちの運命は、めったにない所にぽつんと置かれた宝箱。

 その箱を切っ掛けとして、大きく変わった。


 あれは、本当に宝箱だったのだろう。

 得た物は、信頼。


 俺は、三年後。アンジェリーカさんとの間に子供もうまれ。

 ニールスはフロリーナさんと上手くやっているようだ。


 そして今年。俺達は金級となった。

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