第2話 宴の始まり

 巨人の森にある、巨大な木の根の下にある小さな─人間からすれば過ごしやすい空間にシードルとネイムはキャンプ地を設立していた。とはいえ、火を付ければ煙が発生し、この森に住む生物達に気付かれてしまう。そんな中シードルは洞窟と化した木の根の下を探索し、あるものを見つける。

「おお……綺麗……」

 ネイムがキラキラとした瞳で見つめるそれは、キノコだった。淡い緑色の光を放ち続けるそれは優しく2人を包み込んでいた。

「それは、ツキヨタケだ……吸収した光を、増幅させることで周囲を照らす…この森固有のキノコだ……昼間の間に、いくつか光に…晒しておく……」

 そんな綺麗なキノコを見つめるネイムに対し、シードルは簡潔な説明をすると同時に日の当たる場所にツキヨタケを置き始める。そんな中、思い出したかのようにネイムはシードルに尋ねる。

「なぁ先生、あのデカいムカデはなんて名前なんだ?」

「……あれは、ダラマセンチピード…だ。タイラントセンチピード科…最大種だな……これを読んでおけ…今後の役に立つ……」

 ネイムの質問に答えつつ、リュックから取り出したある一冊の本を手渡す。ネイムはその本を受け取り表紙を確認すると、そこには「シードル世界冒険録」の文字が刻まれていた。

「何これ、本?小説でも書いてるのか?」

「違う……それは、図鑑だ…」

 うぇぇ…と内心嫌々ながらに本のページを捲り、中を見ていく。まだ白紙が多く残っているが、幾つかのページには見たこともないような生物のスケッチや生態などが記されていた。その中に、先程の巨大ムカデ─ダラマセンチピードがあった。

「ダラマセンチピード……節足動物門ムカデ綱タイラントセンチピード科ダラマセンチピード亜科に属する、大型ムカデ……全身が岩石に似た甲殻で覆われており、12456対の脚を持つ。………動食性であり、虫や哺乳類、植物を主食としている……なあ先生、動食性って何だ?」

 内容を音読する中、ひとつの疑問が浮かびシードルに質問をする。

「動食性…………そういう、ものだ…」

「いや植物は動かねえだろ」

 動くものを食べる、それなら植物は該当しないだろうという至極真っ当な意見だった。だが、シードルはそれを否定もせずに、中空のある一点を指差す。

『───ォォォォォォォォォォォォ』

 そこに居たのは鳥だった。否、ネイムにはそう見えたが実際は大きく異なっていた。何故なら、頭部に当たる部位が巨大な花なのだ。目も鼻も口も無い、花弁のみの鳥。その正体をネイムは察する。否、察せざるを得なかった。

「……あれ、植物…なのか……?」

 巨大な3対の葉を羽ばたかせ、根を尾のように伸ばす姿は伝説の生物であるドラゴンを思わせるそれを見て唖然とするネイム。

「………ルーズボヤージュ、旅をする花……この森の、固有種と……考えられている…」

 何をどう進化すれば、花が空を飛ぶようになるのか分からないネイム。だが、先のムカデ─ダラマセンチピードがああいうものを捕食するのだということが、よく分かったネイムだった。だが授業はまだまだ続く。

「……あそこに、いるのが……マイコニド・インドクトゥリだ…」

 そう言って別方向を指差すと、そこに居たのは人間の集団だった。老若男女の集団が、この巨獣生存圏ビジターグラウンドにいること自体がおかしいのだが、何より彼らの様子がおかしかった。全員が衣服と呼べる物は身につけておらず、全身の半分以上をふわふわした柔らかそうな雰囲気のあるナニカで覆っており、何かを呟きながらウロウロと歩き回っていた。

「…助けて…死にたくない……死にたくない…」

「誰か…誰かぁ……」

「お母さぁん……」

 助けを求める声を発しているそれを見て、ネイムはシードルに恐る恐る質問をする。

「……生きてるの?…あれ」

「いいや……既に死んでいる……」

 もし生きているなら助けるべき…そう思ったネイムだったが、その希望は容易く崩れ去った。

「恐らく、150年程前にあった……開拓民の、一部だろう……あのキノコの、胞子は……肺に、入り込むことで…肉体そのものを……奪い取る。…マスクを、外すな……外せば…5ヶ月で、死ぬ」

 シードルの説明と忠告を受け、ネイムはこの不格好なマスクを外そうとしなかった自分を褒めたかった。それと同時に、150年前の人間の身体を維持し続け、歩き回るキノコ。そんなものを目の当たりにしたネイムは巨獣生存圏ビジターグラウンドの恐ろしさを体感したのだった。

 

 マイコニド・インドクトゥリの群れが何処かに移動し終えた後、日が沈み始めていた。太陽の光に当てていたツキヨタケが淡く光り始めており、回収するネイム。火が起こせないのは辛いが、奴隷商店の檻の中と比べればまだマシだった。だが悲しいかな、休みの時は訪れない。

「………失敗したな」

「え?」

 シードルは手を地面に押し当て、何かを感じ取る。そしてそれは何もしていなかったネイムにも知覚出来るようになっていった。

「じ、地面がっ!?」

 大地が揺れる。巨大な質量を持つナニカが、地面を下から押し上げているかのように。それと同時に、ネイムの背後に何か液体のようなものが落ちる音が響いた。2人は同時に音の発生源を見やり、そこに琥珀色の粘度の極めて高い液体を発見する。

「…何だ、これ……うっ、甘い…」

 観察しようとしたネイムに襲いかかるのは、暴力的な甘さだった。舐めただけで身体が溶けそうなほどの甘さを湛えるそれを、シードルは即座に理解する。

「樹液……ネイム、ここを離れる…ぞ!」

「え、あっ、ちょっ!?」

 荷物をまとめたリュックを持ち、共に駆け出す2人。そしてそれは、彼らに降りかかる死を避けるにはギリギリのタイミングだった。

 地面が割れる。悍ましい怪物達が這い出てくる。

「……ぁ」

 ギシャァァ、ギシャァァ──重く硬い外骨格が軋みをあげる音が周囲一帯から鳴り響く。カブトムシが、クワガタが、チョウが、ハチが、ムカデが──昼間には姿を見せなかった超巨大昆虫が活動を開始し始める。

 ここは巨獣生存圏ビジターグラウンド。ここにおいて、人は単なる餌でしかない。これより約12時間、虫の虫による虫の為の弱肉強食の宴パーティーが幕を開ける。

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シードル異世界探索録 カツオなハヤさん @hayataro0818

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