幸せを詰めた箱 KAC20243

ミドリ

心の中の宝箱

 僕はずっと、会社の同期の八代に片思いしている。


 あいつは、凄くいい奴なんだ。


 全体的にとろい僕を、みんなどんどん見捨てて離れていった。なのにあいつだけは、今も僕を見捨てないでいてくれている。


 失敗しては落ち込む僕を飲みに連れ出しては、「元気出せって! お前はスピード勝負は向いてないけど、内容は正確だろ!」ていつも励ましてくれた。


 僕はいかにも内勤って感じの大人しそうな印象を人に与えるらしくて、自分のじゃない仕事をどんどん頼まれる。で、見た目通り気弱だから断れなくて、案件を抱えすぎては残業する日々を送っていた。


「押し付けられた資料なんて適当にしちゃえよ」って八代は言うけど、その適当が僕には難しいんだ。だって、いくら人の担当だってきっちりしないと落ち着かないじゃないか。こればっかりは性格だから仕方ないと思ってる。


 なんだけど、きっちりやっても評価されるのは僕に押し付けてきた奴ばかり。何年もそんなことを繰り返している内に、さすがに僕も「あれ? なんかおかしいぞ」って思い始めた。


 八代だけは、仕事を押し付けてこなかった。むしろ、溜まり切った仕事を「しょうがないな」って苦笑しながら手伝ってくれる方だ。


 だから――僕は八代に惚れてしまったんだ。


 別に僕はゲイじゃない、と思う。これまで二十六年間誰ともお付き合いしたことがないから多分としか言えないけど。というか、これだけいい奴がいつも隣にいてくれたら、惚れるのは仕方ないと思うんだよな。


 見た目も爽やかな好青年で、そこそこモテているのも知っている。だから同性のぱっとしない僕なんか絶対脈なしだってことも知ってる。


 それに、八代には好きな奴がいるのも知っていた。前に給湯室で女子社員に告白されている時、「放っておけない奴がいるんだ。だからごめんな」って言って振ってたのを聞いてしまったから。


 恋を自覚してしまった僕は、八代がその内結婚して家庭を作って子供の話題とかを楽しそうに振ってくることを想像して、絶望した。


 だから僕は、この想いを心の中の箱にぎゅうぎゅうに押し込めることにしたんだ。


 時折、誰も居ない時にだけそっと開けて覗いてみる、僕だけの宝箱に。


 覗くと辛くなる時もあるけど、アイツを好きだって気持ちは僕を幸せな気分にもしてくれた。


 八代が僕にしてくれたことを思い返しては、箱に詰めていく。八代を前にしている時は箱の蓋をぴっちりと閉めて、絶対に気付かれないようにした。どうしても蓋が開きそうな時は、必死で素数を数えた。


 だけど、ある日のこと。


 僕の箱の蓋はビリビリに破かれて、元に戻らなくなってしまったんだ。



 その日も僕は、資料作りを押し付けられて残業まっしぐらだった。


 八代は心配そうに僕のところにやってくると、「ごめんな、手伝ってやりたいんだけど、今日は用事があって」と申し訳なさそうに謝ってきた。


「気にしないでよ。これは僕の自業自得だし」


 笑い返すと、八代は後ろ髪を引かれる様子で執務エリアから出ていった。


 やらないといけない資料を眺める。まだまだ沢山ある。エネドリを買って頑張ろうと社屋に隣接するコンビニに向かうことにした。


 そうしたら、見てしまったんだ。


 八代と、八代の腕に親しげに抱きついている女の人の後ろ姿を。


 ビリ、と何かが破れる音がした気がした。


 立ち止まってしまった僕には当然気付かれることもなく、二人は暗くなっていく夜の町に消えていく。


 コンビニに行く気すらなくなってしまい、踵を返して自分の席に戻った。


 それからは、無我夢中で仕事を片付けていった。その間にも、ビリ、ビリ、と心の中で音が響き続ける。


「次、こっち……」


 作成した資料をメールで添付して送ると、次のメールを開いた。


 僕の宝箱は、存外薄っぺらい紙でできていたらしい。ビリビリになると、どんどん詰め込んでいた想いが溢れ出てきて、気が付くと涙を流していた。


 それでも手は動く。脳みそは勝手に最適な計算式を当てはめてくれるから、事務的に資料を作っていき。


 全部終わった時は、九時を回っていた。


「送信、と」


 僕に仕事を振ってくる率ナンバーワンの同期、畠山にメールを送ると、のそのそと片付けを始める。


 食欲はなかった。ただ帰って寝たい最悪な気分のまま、フラフラと外に出る。


「――河村!」


 と、背後から呼び止める声があった。誰? と思って振り返ると、最後にメールを送った同期の畠山じゃないか。


 チャラい営業という印象の畠山は、普段はメールだけで基本話しかけてこない。なのに、今日に限ってどうしたんだろう。


 駆け寄ってくるのを立ち止まって待っていると、息を切らせた畠山が追いついてきた。


「畠山、どうしたの」

「あのさ……! 今日八代が一緒にいないってさっき知って、お礼に食事でもどうってメールしたら返ってこなかったから、急いで追いかけて、」

「え? あ、ごめん。すぐにパソコン閉じちゃったから気付かなかった」


 無理やり笑顔を作って畠山を見上げる。畠山は、何故か僕をじっと見ると眉間に皺を寄せた。だから本当にどうしたんだってば。


「なに? 僕の顔に何かついてる?」

「……なあ、まさか泣いてた? ここが赤いんだけど」


 畠山は手を伸ばすと、僕の目尻に親指で触れた。普段他人にそんなところを触れられることなんてないから、思わずびくっと反応する。


 だけど、僕の挙動不審を見ても畠山は顔から手を離さなかった。いやいや、だからどうしたんだって。


「……河村の資料って正確だからいつも頼んじゃってたけど、もしかして嫌だった?」

「いや、これはそういう訳じゃ」


 この涙の跡はそれが原因じゃないから正直に答えると、畠山が僕の頭を撫で始めたじゃないか。――ん? こいつこんな距離感の奴だったっけ?


「河村、何か嫌なことあったんだろ。俺、話聞くよ?」


 なるほど、僕が泣いたと気付いて、心配してくれたのか。なんだ、仕事を押し付けるだけの奴だと思ってたけど、案外いい奴かもしれない。


 かと言って、言える筈がない。同期の八代に惚れていて、八代が女の子と腕を組んで夜の町に消えていくのを見て泣いてましただなんて。


「……言いたくないんだ。ごめん」


 畠山の手を掴んで頭から退けようとしたけど、畠山の方がパワーがあって叶わなかった。内勤だからひ弱なんだよ、僕。


 畠山が続ける。


「じゃあ一緒に飲もうよ。このまま一人で帰せないし」

「何言ってんだよ。大の大人に向かってさ」


 子供に言うようなことを言われて、ははっと笑う。それでも畠山は、僕の頭の上から手を退けようとしなかった。


「河村、俺――」


 むしろ肩を抱き寄せられて、このままだと畠山の胸の中に――。


 と、次の瞬間。


「うわっ!」


 どこからともなく伸びてきた手が畠山の顔面を掴んだかと思うと、僕と畠山の間にスッと入り込んできたじゃないか。え? なに? 今日は本当何の日なんだ?


「畠山! 河村から離れろ!」


 僕を背に庇っている男は、なんと八代だ。


「え……? 八代、どうしてここに」


 だけど、僕の声は畠山の怒鳴り声に掻き消される。


「何すんだこの野郎! ああもうっ、折角今日は珍しく邪魔者がいねえと思ったのに!」


 邪魔者? どういうこと? さっきから、僕の頭の上ははてなだらけだ。


 八代は僕を腕でぐいぐい押して背中に隠すと、聞いたことのない低い声で言った。


「追い払ってもチョロチョロしやがって、いい加減目障りなんだよお前……!」

「え? 八代、ちょっと」


 追い払う? 目障り? そりゃまあいつも仕事を押し付けてくるのは迷惑ではあるけど、チョロチョロはされてないと思うぞ。


 畠山が噛みつくように答える。


「うるせえ! そもそも河村はお前のもんじゃねえだろ!」


 ぐ、と詰まる八代。畠山は畳み掛けるように続けた。


「俺以外にも河村狙いはいるんだよ! なのにいつもいつも邪魔しやがって! 牽制して近寄らせねえのって何なんだよお前!? いい加減にしろや!」

「け、牽制? 何言ってるんだよ畠山」


 何か盛大な勘違いをしているらしい畠山に、へらりと笑いかける。八代を横から見上げると、奥歯からギリギリ噛んでいる音がした。怖い。


「何とか言えよ八代!」


 だけど八代は何も答えない。ほらな。八代はそんなつもりじゃないんだってば。ただ哀れな同期を見捨てられなくて面倒を見てるだけなんだから、いかにも八代が僕を好きみたいな言い方をしたら迷惑だって。


 泣きそうな気持ちになりながら、へらへらと笑う。


「畠山さ、何を勘違いしてるか知らないけど、八代には可愛い彼女もいるんだけど? 牽制なんてしてないってば。変なこと言うなよなー」

「――は?」


 すると何故か、八代が振り返って僕を睨んできた。え、なんで睨まれてんの僕。


「何言ってんだ、俺は――」

「さっきさ、女の人と腕を組んでるところを見ちゃったんだよね! ご、ごめんね、声かけなくて! やっぱり彼女いるんじゃん! 教えてくれないなんて僕って信用ないんだなって、悲しかったぞ!」


 驚いた顔の八代を見ていられなくて、顔を畠山に向けた。


「てことだから、畠山は何か勘違いしてるから!」


 自分で言っていて悲しくなってくる。じわりと涙が滲むところを見られたくなくて、慌てて背中を向けた。


「じゃあ、僕はこれで失礼――、」

「河村!」


 突然手首を掴まれ、後ろに引っ張られる。


「わっ!?」

「待ってくれ河村!」


 後ろから羽交い締めにされ、何事かと目を白黒させた。畠山は、目を丸くして僕らを見ている。


「さっきのは、妹だ! メシを奢る話になってて、スポンサーよろしくってしがみつかれていただけだ!」

「あ、い、妹さん? へ、へえ、そう」


 なんだ、僕の勘違いだったのか。ホッとしたのもつかの間、じゃあこの羽交い締めは何だろう? と再び焦りだす。


「俺は――他の奴らが河村に近付くのが嫌で!」

「し、仕事押し付けられるもんね、」

「それもあるけどそうじゃない! いつも一所懸命な河村の隣にいるだけで癒やされるし、可愛い横顔を見てるだけで心臓が破裂しそうなくらい苦しくなって気付いたらベタ惚れしてて! だけど俺は男だし、河村が男を受け入れるか分かんないし、告って振られたら傍にいられなくなると思うと怖くて言えなくて……!」


 ん? こくるってなんだっけ? こくる、告る……。


 ――へ?


 畠山が、顔を真っ赤にして八代に向かって怒鳴った。


「お前なあ! 抜け駆けはずるいぞ!」

「うるせえ! 妹をさっさと帰らせて絶対残業してる河村を迎えにきて大正解だったよ! 油断も隙もねえ!」

「てめえの方がうるせえんだよ! 河村をいつもいつも独占しやがって!」

「てめえらがチョロチョロすっからだろうが!」

「あの、」


 僕に抱きついたままの八代と目の前にいる畠山の怒鳴り合いは、一向に止まない。


 ちょっと状況がよく掴めないんだけど、もしかして僕――八代に告白されたのか? しかも畠山ももしかして僕のことを? いや、いやいやいや。なに、その急なモテ期到来。しかも男限定だし。


 確かに僕は自分でも男臭くないなーって思う見た目をしてる。普段着にマスクしてると女性に間違われてナンパされることもあるけど、だからって美女、じゃない美男でもないと思う。そりゃあ通勤電車ではスーツを着ていてもお尻を触られることとかたまにあるけど、ただの童顔の男ってだけで、決して争われるほどのあれじゃない筈だ。


 そこで僕は気付いた。そうだこれは夢なんだと。


 ぽん、と手を叩いた。


「そっか、夢なら八代が僕に告白してもおかしくないな!」

「か、河村?」


 ぎょっとした声が頭上から聞こえるけど、これも夢ならまああり得る。きっと僕の心の中に、八代にバックハグされたいっていう願望があったんだろうな。だってさ、ドラマとかでよく女優さんがされてるじゃん。僕は抱きつくより抱きつかれたいなって常日頃思ってたんだ。


「ここんところ残業続きだったし、疲れて自分の席で寝てるんだ、うんうん」

「おい、河村? 大丈夫か」

「だよな、道理で都合のいい流れだと思ったんだよ」

「お、おい」


 だって僕、八代に惚れてるもんな。自分に都合のいい夢を見るのが夢ってもんだし。


 うんうん、とひとり頷き続けた。


 どうせ僕の心の宝箱はビリビリに破けてもう修復不可能なんだ。だったら夢の中で、思う存分溢れさせてなにが悪い。


 僕は完全に開き直っていた。やけっぱちになっていたと言い換えてもいい。


「じゃあ折角の夢だから、僕も八代に告白しちゃおう。八代好きだよ! なーんて……わっ」


 突然夢の八代は僕をくるりとひっくり返すと、僕の背中を支えて仰け反らせてくる。


 ギラギラとした目で僕を見つめる八代。わあ、夢なのにディテールが詳細。そばかすまで見えるんだけど。僕って結構普段から八代の顔をガン見してたんだろうなあ。偉いぞ、僕の観察眼。


「河村。これは夢じゃない。いやむしろ俺が夢なんじゃないかって思ってるけど、さっき言ったのは本心で間違いないか?」

「夢の中の八代は積極的だなあ。僕は追うより追われる方が好きだったのか、そっかあ」

「河村、夢じゃないんだってば」


 何故か夢の八代が焦り始める。


 横で突っ立っている畠山が、「か、河村……八代が好きなのか……?」と呟いているのが聞こえた。


 八代が、畠山を横目で睨む。


「畠山、お前は邪魔だ。あっちいけ。お前の付け入る隙はねえ」

「ぐ……っ」

「もう今後は自分の資料は自分で作れ。河村に頼るな」


 畠山が、泣きそうな顔で反論した。


「だっ、だってそうでもしねえとお前のガードのせいで接点作れないんだよ!」


 僕、畠山にもモテたいと思ってたのかな? いくらなんでも図々しいと思うなあ。それか意地悪されてないって思いたい願望かな。うーん。自分の夢ながら分からない。


「さっさと行かないと、見たくないもん見せるぞ」


 八代が口の端を意地悪そうに上げた。


 あ、八代ってこういう顔もするんだ。あれ、でもこれって夢の中だから――あれ、訳分からなくなってきた。僕、いつになったら目を覚ますんだろう。抱き締められて告白されたところがピークだと思うから、どうせならいい感じのところで覚めたいんだけど。


 シッシッと手で畠山を追い払うと、八代は僕の背中をぐっと引き寄せて上から覗き込んでくる。やけに真剣な眼差しに、思わず唾を嚥下した。


「八代……?」

「河村、これは夢じゃない」


 重々しく、八代が宣言する。


「へ? だ、だってこんな僕にばっかり都合のいいのは夢じゃないとおかし、――んむ」


 僕の言葉は、最後まで語られることはなかった。何故なら、八代の口が僕の口を食べるように荒々しく重ねられたからだ。


「――っ!?」


 夢の中での、ファーストキス。僕はそんなに欲求不満だったんだろうか。でもキスの柔らかさは自分の腕に唇を当てた柔らかさって聞いてたけど、僕の骨ばった腕と全然違うぞ。八代の唇を想像して何度か試したことがあるから、自分のじゃない感は分かるんだよね。


 そんな中学生みたいなことを実践してたなんて恥ずかしくて、口が裂けても言えないけど。


 ずっと口を閉じていたら、段々と息苦しくなってきた。呼吸をしようと顔を横にそむけたら、八代が追ってきて完全に押さえ込まれてしまう。


「――ぷはっ、や、八し、」


 口を開けた途端、熱い塊が口の中に侵入してきた。僕は何が起きているのか本当に分からなくなって、ただ懸命に呼吸を繰り返す。


 目の前にぼやけて見える、瞼を閉じた八代の顔。


 深いキスは、恥ずかしすぎて想像したこともない。


 つまり、想像外のことが起こっている。


 ……ということは、これって夢じゃなかったりして?


 え。


 ええええっ!?


 ぶはっ! と顔を仰け反らせた。


「河村――」


 名残惜しそうな八代の火照った顔を見て、僕はパニックに陥りながら叫んだ。


「嘘!? まさか、げ、げ、げ、現実!?」


 僕の叫びを聞いた八代は、最初は目を丸くして僕を見ていた。だけどぽかんとした顔に、段々と笑みが浮かんできて。


「ぶふっ、ああ、現実だよ。好きだ河村。俺の恋人になってくれるか?」

「ひっ、ひえええ……っ!?」


 あまりの衝撃に、腰を抜かしてその場にへなへなと座り込む。八代は慌てて「河村!? だ、大丈夫か!?」と僕を抱え上げた。


「現実、嘘だ、だってそんな筈……っ」

「河村、現実だってば。腰を抜かすほど嬉しかったなら、俺も嬉しい」

「八代お……っ」


 やっぱり八代はすごくいい奴だ。いつだって僕の心配をしてくれて、こうして支えてくれるんだから。


 八代が、期待に満ちた眼差しを僕に向ける。


「河村、うんって言って?」

「え? 『うん』」


 何が「うん」なんだっけ? と思いながらも言われるがままに答えると、八代の顔にひまわりみたいな大きくて艶やかな笑みが広がっていった。よく分からないけど、僕の返事が八代を喜ばせているらしい。


「河村、大好き。大切にする」

「へっ、あ、そういう意味――」


 ようやくさっきの「うん」が告白の返事だったことに気付いた僕の言葉は、再び八代の口の中に吸い込まれていき発せられることはなかった。



 僕の心の中には、宝箱がある。


 勘違いでビリビリになって感情が溢れたけど、日々八代に愛情を詰め込まれて、最早どこが蓋だったのか分からないくらいパンパンに膨らんでいる。


 八代は僕を好きだと自覚してから、実は物凄くアプローチしていたそうだ。だけど僕は誰とも付き合っている素振りもないし、色恋沙汰についても一切語らない。だから、淡白なのか自分に興味がないのかのどちらかだろうと二の足を踏んでいたらしい。


「つまり、お互い好きだったのに気付かずに何年も過ごしてたってことだな」

「全然気付かなかった……」

「俺も人のことは言えない」


 そう言って笑い合える今があるから、両片思いの時期も無駄じゃなかったと思えるけど。


 いつもの如く、僕を膝の上に抱いて腰に手を回しながら首の匂いを嗅いでいる八代が、不貞腐れた口調でぼやく。


「なあ河村。そろそろおそろいの指輪しようよ」

「指輪? だって色々つっこまれるよ。八代は面倒じゃないの?」


 そりゃあおそろいの指輪は欲しいは欲しいけど、恋人がいるって対外的にアピールすることになるとモテる八代なんかは質問攻めにあいそうだ。


「いや、河村の虫除けの意味合いだから。俺はなんとでもなるから平気」

「僕の虫除け? それこそ無駄な心配な気が」


 八代は、しょっちゅうこうやって僕がモテるんじゃないかって心配してきた。そんなこと全然ないのに、意外と心配性なんだよな。


「あー不安。河村が無自覚すぎて心配すぎる。俺、心配しすぎて胃に穴が空いちゃうかもしれない」

「えっ!? それは駄目だよ! すぐに買いに行こう!」


 僕が焦って言うと、八代はニカッと笑い、僕をぎゅうっと抱き締めた。


「うん、買おうな。おそろい、見せびらかそうな」


 八代はこうやって、毎日せっせと僕に愛情を注いでくれる。


 幸せ一杯になって、僕も八代に抱きつき返した。


 実は今度、二人で一緒に家を探そうって話もしてる。


 僕の心の中にある宝箱はそろそろパンパンで許容量が超えそうだから、二人の家という大きな箱に大切な思い出を沢山詰め込んでいけたらいいんじゃないかなって思っているところだ。


 もう、そっと覗き見しなくてもいいんだ。


 見渡す限り幸せが一杯詰まった箱で暮らす日が来るのを、僕は心待ちにしている。

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