【KAC20243】だから私は箱にいる!

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

Find me! (幸せな前編)

 一つ年下の幼馴染は昔からかくれんぼのときは決まってダンボール箱の中にいた。

 だから俺はその娘のことをスネークと呼ぶようになった。

 一度隠れると動く気がないのか、暗い箱の中でスマートフォンでゲームしたり、漫画を読んだりする物ぐさな奴。

 本当は遊びに誘われるのが嫌なのかもしれない。

 そう思って誘わなかったら次の日に泣かれて、登下校中ずっと袖を掴んで離さなくなったので困ったことになった。


「隠れるのは苦手だけどお兄ちゃんに見つけられたかったの!」


 との本人の弁。

 少しの間ご機嫌取りに苦労したので、俺の中でスネークを遊びに誘わない選択肢はなくなった。

 しかし、年齢も性別も幼馴染だ。

 小学校高学年になれば自然に疎遠になる。


 ……ということもなく俺は毎日のようにスネークの家に遊びに行っていた。

 話が合うし、ゲームや漫画を豊富に持っているし、なによりゲームが上手かった。

 俺とスネークはライバルであり、一緒に協力プレーする最高の戦友だったのだ。


 遊ぶ場所はいつも決まってスネークの部屋。

 置かれてある勉強机の下のスペースに鎮座する巨大なダンボール箱の中に、二人で入って背中合わせでゲームをし続けるのだ。

 たぶん俺に取ってスネークの部屋は秘密基地感覚だったのだろう。

 そんな関係は中学生になっても続いていた。


「学校行く気あるのか?」


「今まで何も言わなかったのにどうしたのお兄ちゃん? お母さんから説得するように言われた?」


「いやただの確認。俺もしばらく学校に行けないし」


「そう……えっ!? お兄ちゃんまでどうしたの!?」


「どうでもいいだろ別に」


「どうでもよくないよ!?」


 スネークが自室のダンボールから転がり出てきた。ピンク色のパジャマのまま。身体付きは大人になりつつあるのに相変わらず子供っぽくて安心する。

 ……俺が変に緊張しないように、わざと子供っぽく振る舞ってくれているのかもしれないけど。


「説明! ちゃんと説明しなさい!」


「自分のことを棚に上げやがって。今日おばさんにはお前がイジメに遭っていたことを証拠付きで知らせたぞ。今頃学校に猛抗議してるはず」


「お兄ちゃん……イジメのことを知ってたんだ」


「同じ学校なのになんで知らないと思ったんだ」


「なにも聞かれなかったから」


「お前がなにも言わないからだろ」


 床に腰を下ろし、スネークにデコピンする。


「いたっ」


「そんな力入れてねーよ。お前のクラスの糞担任を問い詰めたら、ヤバい発言を連発したから、録音したものを今日の昼休みに全校放送で流した。他の生徒へのわいせつ行為の画像写真付きで」


「えっ!? ええぇ!?」


「教え子に言い寄って、拒否られたら担任主導でイジメとかヤバいだろ。盛大にやったから下手すら全国ニュースだし、俺もしばらく学校に行けねーよ」


 ぽか〜んと。

 スネークが大きく口を開いて呆けている。

 そして少ししたら笑い始めた。


「ぷっ……はははははは。なにそれ、なにやってんのお兄ちゃん。私のために」


「お前のためじゃねーよ。俺がムカついたからだ。私怨だよ私怨」


「えー本当にそう?」


「本当。お前が素行不良で遊び歩いているとか、誰とでも寝るとか好き勝手に担任が風潮してたからな。嘘確定。俺よりお前の生活知っている奴いないだろ。ああいうクソ野郎嫌いなんだよ」


「そっか〜へぇ〜。私はお兄ちゃんさえ信じてくれれば、それでよかったのに」


「だから私怨って言っているだろ。だから泣くなよ」


「泣いてなんて……あれ……ぐす……あれ? なんとも思ってないはずなのに……今は嬉しいはずなのに」


「これでも被ってろ」


 つい先ほどまでスネークが入っていたダンボールを頭から被せる。

 泣かれるのは苦手だ。

 少しの間そのまま泣き続けていたが。


「ぐず……一人だと背中が寒い」


「わかった」


 俺も一緒にダンボールを被った。

 昔のように背中合わせで。

 こうやって同じダンボールに入るのは久しぶりだった。さすがに身体が大きくなって、二人でダンボールに入ることはできなくなっていたから。

 暗いダンボールの中で二人きり。

 スネークの震えていた背中が徐々に落ち着いていくのがわかった。


 担任教諭に言い寄られる恐怖。

 変な噂を風潮されて、周囲から白い目で見られるやるせなさ。

 登校拒否して家に引きこもるのも立派な自衛の手段だ。

 こうなる前に気づいてやれればよかったのに。


「ねぇ……お兄ちゃん」


「どうした?」


「目を瞑って動かないで」


「わかった」


 背中越しの感触が一瞬離れて、ダンボールが頭の上で反転する。

 目を瞑っているので見ることはできないが、息遣いでわかる。今は背中合わせではなく、向き合った状態でいることを。

 そして唇が柔らかい感触に包まれる。


「……ん」


 瞳を開くと目の前に顔があった。

 見慣れた顔で顔を真っ赤に染めた見たことのない顔。


「……お前」


「正真正銘の初キス。私はすぐに逃げたからなにもされてないよ。そのせいで警戒されて、虚言癖だとか色々と言いふらされたけど」


「そっか」


 抱きしめるとなんの抵抗もなく腕の中に収まった。

 互いに好きなのはわかっていた。

 でも気恥ずかしくて恋人とか恋愛とかに結びつけようとしていなかっただけ。

 変化しなくても一緒にいれば幸せだったから。


「一生こうやって小さな箱の中で一緒にいたい」


「俺も一緒にいたいとは思うけど、こんな小さな箱は嫌だよ」


「えぇーこの小ささがいいのに!」


「そこだけは昔から俺たち相容れないよな」


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