第31話 歩き始める俺達

「はぁ~……あ、疲れたぁ。……もう夕方じゃん、早~い」


 洞窟から出てきた俺達を出迎えてくれたのは、傾いた夕陽だった。

 棚見が蹴伸びをしながら、大きく欠伸をする気持ちもわかる。それくらい俺達は疲弊していたからだ。


 今俺の手の中にはボロボロになった短剣が握られている。

 当然、あのドラゴンが封印されている。……そういや名前何だったんだ?


「にしてもビックリ。食べられたかと思ったら急にピカって光っちゃってさ、であとは香月くんだけ残っちゃって。でもま! ウマい事やってやったって感じ。やっぱスゲーや」


 バシバシ俺の背中を叩いてくる棚見をジト目で睨みつけて牽制しようとしても気づかれない。

 内心ため息をついて諦めることにした。まあ、今日くらいはいいだろう。


 食われそうになった時、俺は手に持っていた短剣をあいつの口の中めがけて突っ込んで、それで戦いは終わった。

 正直死んだかと思ったが、生き残れるもんだな。


「だがなんで、またこんなにボロボロになったんだ?」


「それはアレの魔力を短剣が吸収した結果ね。どんなに綺麗な雑巾でも、床にこぼした牛乳を拭いたら汚くなるのと同じだと考えれば分かりやすいんじゃないかしら」


「ぞ、雑巾って……」


 あれだけ苦労して掴んだ勝利の形が、使い古されたボロ雑巾と同格扱いされるってのも……。


「別にいいじゃない。本来の十分の一以下の力でもあれだけ私達の事を弄んだのだから、その程度くらい言ったって。……ああ、その剣は私が預かるわ。もともとそれが目的だったしね」


「まさかと思うが……」


「安心なさいな。流石にもうこれを利用しようとは考えないわよ。故郷のみんなには箱の中には何も無かったとでも言って適当に海にでも捨てるわ。これは誰にも扱えないようにした方がいいでしょ」


 適当に海に、ね。どこかに封印するより、誰にも見つからないような海底が、確かにこいつにはお似合いかもしれない。

 もうこんなことは、少なくとも生きているうちには勘弁してもらいたいもんだ。


(それにしても驚いたのは短剣を複製した事。それも私の込めた魔力までなんてね。状態の完全な再現。……もしや坊やの力は物質そのものを――)


「そういやさ、結局ルシ姉さん達ってばなんでこれ探してたん?」


「……言っても、あなた達には気分のいい話ではないでしょうね。他人の命すら顧みないような事よ。だからあなた達だって危ない目に合ったってこと」


「危ない目に合わせてきた張本人が何を……。いや、いい。俺もこれ以上こいつに関わりたくない」


 散々うんざりした気持ちにさせられた短剣だ、手放せるならとっとと手放したいと考え、素直にルシオロに渡す事にした。


「悪いわね。重ねて言うけど、これは処分するから安心しないさい」


(今回の事で私もこの件からは手を引かせて貰おうかしら? うるさい連中がさらにうるさくなるでしょうけど。その時は……気ままに旅するのも悪くないわね)


 受け取った短剣をローブの下に仕舞う。

 これで短剣との因縁も終わりだ。そう思いたい。


(災竜ヴェレルド・ユウェル。あなたの出番はこの世が滅びるまで存在しないわ。恨むなら己の傲慢さを恨みなさいな。自惚れと力だけを肥大化させた生物の末路としては上等でしょう?)


 さてこの後どうするか?


 次に町を目指すのもいいが、今の俺は結構体が重い。吹き飛ばされた後体を地面に叩きつけられたんだ。正直、こうして立っているのが自分でも不思議なくらいだな。

 それは棚見も同じだろうし、比較的軽傷なルシオロにしたって疲れがかなり溜まってるはずだ。


 となればまたテントで一晩明かすか? でも今度は食料の確保もしないと。


「でさあ覚えてるルシ姉さん? 全部終わったら俺達に魔法教えてくれるって」


「さて、そうだったかしら?」


「えぇ~。オレ楽しみにしてたんだぜ? いいじゃんいいじゃん」


「冗談よ。約束は約束だもの、面倒見て上げるわ。……それと二人とも、この際だから言っておくけど」


 そこで一旦言葉を区切ったルシオロ。一体何を言おうとしてるんだ?

 話の内容を想像する間もなく、再び口を開いた。


「もし、この先他のエルフ――正確に言えば私のようなライトエルフだけど――に出会ったとしても信用しない事ね。笑顔で近づいて親切にしてくるタイプは特に」


「そりゃまたなんで?」


「確実にろくなものじゃないわ。人間にとっては……って言いたいところだけど、他の種族にとってもね。基本的に自分達程優れた生物はいないと考えてる連中だから。かく言う私だって別に人間が好きでもないから」


「え、そうなん? じゃあオレ達の事も油断させてズドン! みたいな?」


「お望みならそうしてもいいわよ。……なんて冗談よ。面倒でしょそういうの」


 面倒だからやらないのかよ。やっぱり危険人物なのは変わりないじゃないか。


「とにかく気をつけなさいな。特に――カツキのような子は」


「お、俺が? そういうのは棚見の方に言ってくれよ」


 自分で言うことじゃないが、俺は警戒心の強いタイプだ。なんせ陰キャだからな、基本的に人を信用していない。

 むしろ人懐っこい棚見が気をつけるべきじゃないか?

 なんでわざわざ俺に言ってくるんだ。


「人の忠告は素直に受け止めなさい。ああ、エルフの忠告だから話半分って訳ね」


「別にそういうわけじゃ」


「もちろん冗談。でも、とりあえず頭の片隅でも置いときなさい。……さて、じゃあ早速」


「お、今からコーチしてくれるの? それとも食材探しとか」


「何言ってるの? こんな忌々しい森をとっとと抜け出すわよ。いつまでもこんなところにいるのは気分が悪いもの」


 なるほど確かにそれは同意だ。

 それにこの森の動物とかはあのドラゴンにほとんど食われたしな。食料を探すには向いていない。

 そうと決まればとっとと離れよう。


「ああそうそう香月くんさ!」


「な、なんだよ?」


 今まさに一歩踏み出そうとしてその時、急に棚見から声をかけられ出鼻をくじかれた。


「ほらやっぱなんとかなったじゃん? だからさ――」


 奴のその言葉を聞いて、不意に小さく笑ってしまったのは安心したからだろうか。

 だがまあいい、これで約束は果たせる。


 さあ明日からまた――旅の再開だ……!




 第一部・完。

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運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る……~ こまの ととと @nanashio

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