内見に来た彼ら

寄鍋一人

住まわせてください

 最近またやたらとUFOや宇宙人を扱う番組が増えた気がする。

 夕飯を口に運びながら、専門家やタレントの会話に耳を傾ける。議題はもちろん未確認飛行物体。


「みなさんの身近にも実は潜んでいるんです。彼らは人間社会に溶け込むのが上手いんですよ」


 専門家が微妙な説得力で語れば、ひな壇のタレントたちは「へー」とか「怖ーい」と開けた口から手放しに反応をこぼしていく。

 父親はこの類は信用していないタイプのようで、またやってるのかと言いたげな顔で一瞥した。母親は母親で、冗談なのか本気なのか掴めないテンションで「誘拐されて実験とかされるのかしら」と言いながらも箸を進めていた。

 

 一昔前はたしかにその手の話題には事欠かなかった。どこどこの空に謎の円盤現る! とか、宇宙人捕獲! とか。

 でもそれらは見間違いだったり捏造だったり科学で解明された現象だったりして、結局本当にUFOや宇宙人がいるのか真相は定かじゃない。地球人も他の星から見たら宇宙人だ、とかいう屁理屈はいったん置いておくとして。

 俺もまったく興味がないわけじゃない。軒並みねじ伏せられてきたオカルト的な話題が再燃しているとなれば、少しは気になってしまう。

 けど所詮はその程度。我が家に熱狂的マニアがいるわけでもなく揃って流し見するだけ。ましてや宇宙人が紛れ込んでいることもない。


 次の日の教室でもUFOと宇宙人の話で溢れかえっていた。

 昨日の番組の感想を言う者、今までの番組の内容をまとめて考察する者、昔の記事を掘り返す者。話の種は様々だ。


「なあなあ、昨日のやつ見たか!」


 気だるく机に突っ伏していた俺を強引に起こしてきた友だちも、便乗するように話題を持ってやってきた。


「テレビつけたらやってたな」

「いやあ、やっぱロマンがあるよな! 未確認ってだけでさ! そこら辺に飛んでたりしねぇかな!」


 そう言って目を輝かせながら窓のさらに先を見渡すが、当然そこら辺に飛んでいたりなどしなかった。




 数日が経ち、教室の中だけでなく世間全体がそういう雰囲気になり始めたある日。

 問題が少し早く解き終わって手持ち無沙汰になり、何となく外を眺める。

 普段となんら代わり映えのしない青の中にぽつりと一つ、乗り物らしきものが不自然に右往左往しているのが見えた。そう、そこら辺を飛んでいたのだ。

 他の人は気づいている様子はない。


「なあ、あれ見えるか?」

「え、どれ?」


 隣の奴に聞いてみても首を傾げるばかり。見えているのは俺だけらしかった。

 この前のあいつのように未確認がロマンだと言うなら、見えてしまったら、あるいは存在が証明されてしまったら、それはロマンじゃなくなるんだろうか。それか、見たことについて周りから尋問を受けるんだろうか。

 それが少し面倒くさいと感じた俺は、見間違いだろうと思い込んで不自然右往左往物体を忘れようとした。


 だが数時間後の掃除の時間に、そいつはまた姿を現したのだ。

 

 ゴミ捨ての担当だった俺は教室のゴミをまとめて、学校の敷地の外れにある集積小屋へ向かった。

 するとどうしたことか、小屋の前にそれが着陸しているのだ。近くで見れば細く小さい車のような形で、戦闘機のコックピットが丸ごと飛び出してきたようにも見える。

 これが小屋の扉の前を塞いでいて非常に邪魔だ。どいてほしいのは山々だが、かといって不用意に近づいて命に危険があったらたまったもんじゃない。

 そわそわと次の行動を決めかねていると、宇宙船かと思われるそれの横っ腹が上に開いた。そして中から出てきたのは宇宙人、のはず。

 はず、というのも、宇宙服の頭の部分だけ身につけただけの、俺のような平凡な地球人と変わらない見た目だったからだ。フリー素材にでも転がってそうな全身グレーで細身でつり目のアレではない。

 ゴミ袋でさえ心強く見えるほど身構える俺の気持ちを他所に、彼は警戒する気もなく距離を詰めてきた。

 そして。


「この星の管理者がどこにいるか分かる?」


 発せられたのは日本語。


「え、あ、いや、分からないです」

「分からないか。うーん、内見に来たんだけど、困ったな。一応この星の管理者にはアポを取ってはいるんだけどね」


 内見? 引越しの話? ちょっと話が見えてこない。というか、宇宙人もアポとか言うんだ。

 焦る気持ちとは裏腹に頭では呑気なことを考えていると、宇宙船からまた一人出てきた。


「どしたの」

「いや、管理者が分からないって」


 と一会話した後、今度は後の一人が話しかけてくる。


「じゃあこの地域の管理者は分かる?」


 一人目よりも高身長な彼は子どもと話すように中腰になってくれた。

 地域というのがどの範囲を指しているのかは分からないが、俺が市長や県知事と気軽に会える間柄でもない。融通が利きそうなのはせいぜいこの学校の中だけ。


「学校の中だったら校長先生とかですかね……」

「その校長先生って人を呼んできてもらうことはできるかな?」


 口調もずっと子どもと話しているような感じだし、俺は格下に見られているのかもしれない。

 断ったらどうなるか分かったもんじゃない。やっぱり命は惜しいので迷う勇気もなく二つ返事だ。ゴミのことなどとうに忘れて職員室へと駆ける。




「えと、すいません、校長先生は呼べませんでした……」


 結論を言うと、校長先生に会う前に担任に追い返された。馬鹿正直に事を伝えたら、それはもう可哀そうなものを見る目で見られた。あれは本当はいないんだぞ、と肩に手を置かれ優しく返されてしまったのだ。


「担任と校長とやらは強いのか。困ったな」


 彼らは自分たちで勝手に納得して、また勝手に困っていた。

 しかし、今度は何なんだろうという心配も束の間、二人は腰を直角に折り曲げるとお詫びとお願いをし始めた。


「私たちは今この星から出ることができないんだ。君の家にしばらく住まわせてくれないだろうか」


 話を聞けば、乗ってきた宇宙船は往路のプログラムだけという最小限の簡素な造りだそう。

 地球にやってきたのも次の住処にできるかどうかの内見が目的で、数か月から年単位の内見になるので活動拠点にもしたいそうだ。


「無理を言っているのは重々承知している。もちろん対価は払うつもりだ」


 深々と頭を下げて懇願するその姿は、サラリーマンが上司や取引先に謝っているように見えて心が痛い。ここまでされて突き放すのも後味が悪いし、対価が何なのかも興味が湧いてきたというのが正直なところ。

 親にはどう説明しようと考えながらも承諾した。

 

 見た目はただの人間だし、日本語は普通に話しているし、丁寧でまったく攻撃的じゃない。

 こういう宇宙人ならたしかに人間社会、特に日本なら紛れ込んでいても全体に見抜けないなと、ふと考えてしまう。

 知り合いの顔を脳裏に浮かばせ、一緒に人間不信という文字がよぎったのは秘密だ。

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