ペット不可だと聞いている

@2321umoyukaku_2319

第1話

 新居の条件は、それほど多くない。譲れないのはペット不可。それだけだった。

 どうしてかって? 動物が嫌いだから。獣臭いのは苦手。昔から嫌い。もう直りようのない性格だから、どうしようもない。

 ペットを飼ったことが一度でもあると、その匂いが部屋にこびりついて取れない。壁や天井に沁みついてしまうのだろう。壁紙を変えたくらいじゃあ、駄目だ。

 そんなだから、住宅の内見をするときは、最大の注意を払った。

 厳しいチェックを通過した部屋が、ここだ。絶対にペットを飼った先住者はいないと不動産会社の担当者は断言したし、こっちもそう思った……それなのに!

 引っ越した高級タワーマンションの一室で、マンムーチョ・ムーンシャイン月影氏(仮名)は、上記のようなことを考えながら頭を抱えた。動物の匂いがしたからだ。住宅の内見をしたときは、どの部屋からも獣の匂いはしなかった。それだから、このマンションを選んだのだ。高い金を出して買ったのに!

 不動産屋へ文句を言ってやろうか……と思ったが、向こうから「証拠はありますか?」と言われたら、どうしよう? と躊躇した。やはり何らかの証拠は必要だろう。だが、証拠を用意するには、どうしたらいいのか? 匂いを測定すればいいのだろうか? しかし、ペットの残り香は極めて微量だ。普通に調べて測定可能とは思えない。あくまでも感覚的な話となれば、不動産屋は納得しないだろう。金を返せ! と喚いたところで無駄だ。

 それでは泣き寝入りか? いや、それでは納得できない! ああ、何とかならないものか……と夜景を見ながらマンムーチョ・ムーンシャイン月影氏が肩を落としていた、そのときだ。

「お困りのようですな。お力になってあげましょう」

 背後からの突然の申出にマンムーチョ・ムーンシャイン月影氏は人生最大と言ってもいいくらいのショックを受けた。自分以外に誰もいない部屋なのに、誰かが話しかけてきたのである。その場で悲鳴を上げて卒倒しても誰も笑わないだろう。

 話しかけてきた相手は笑った。

「わはは、驚かれたようですな。まあ、それが当然です。実は私は化け猫です。いやいや、今から悲鳴を上げなくてもよろしいですよ。祟るとか呪うとか、そんなのはとっくの昔に忘れたので」

 マンムーチョ・ムーンシャイン月影氏は、恐る恐る振り返った。誰もいない。だが、これは聞こえてきた。

「姿は見えないですよ。魂だけの存在ですから。そんな私で良ければ、何なりとお役に立ちましょう」

 その化け猫が言うには、この建物がある場所は、かつて武家屋敷だった。そこで猫が殺され、その猫が化け猫になって祟りを起こしたのだが、それで気が済んだので、今は悠々自適の幽霊ライフを満喫しているとのことだった。

「ふらふらと浮遊しておりましたら、お困りの方がおられた。これは何とかしてあげたいと思いましたので」

 マンムーチョ・ムーンシャイン月影氏は聞いてみた。

「魂だけになっても、猫の匂いがあるの?」

 化け猫は答えた。

「多少は」

「それじゃ、出ていってくれる? 動物の匂い、苦手なんだ」

「そうでしたか、それは失礼を致しました」

 獣の匂いが消え、マンムーチョ・ムーンシャイン月影氏は満足した。

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