【KAC20242】魔法使いの家

有明 榮

魔法使いの家

 こちらになります、と扉が開いて、僕は部屋に入った。


 鉄筋コンクリート造だが表面を大理石で覆った、その一風変わった地上25階建てのマンションの、20階にあるその部屋は、研ぎたての包丁のようにうっすらと鈍く輝いていた。玄関を上がると正面の部屋はリビングになっていて、壁一面にわたって拡がる窓の外にはバルコニーが設けられている。


 右を向くとキッチンがあり、そこは浴室とその奥にあるトイレと、その向かい側にあるもう一つの部屋に挟まれる形になっている。あの部屋の用途は一旦保留だな。位置取りが微妙だし、用途に合わせて部屋を設えるなら、反対側のふた部屋で十分だろう。


 そう思いながら左を向くと、部屋が縦に二つ並んでいる。一つは思い切ってベッドルームにしてしまおう。残りのひと部屋は、個人の為の一室……というより、いっそ書斎にしてしまうのが都合がいいかもしれない。何しろ今の部屋は本棚に収まり切れないくらいの量がある。


 総じて、リビングルームが中心に据えられた横長の間取り、いわゆる「ワイドスパン」というものである。


 僕は靴を脱いで、砂糖菓子に触るような足取りでそろりそろりと部屋の中心まで進んだ。そこから一周ぐるりと見まわすと、


「じゃあ、とりあえずサインだけしちゃおっかな」と僕は案内してくれた不動産会社の社員に言った。


「え、もう決めてしまわれるのですか? 候補は他にもございますが……」


「ここにするよ。直感だけど、なんとなく良いと思っちゃったから」


「……なるほど。では、こちらの書面にサインをいただけますか? 詳細は後でご説明いたします」


「いや、それも省いちゃおう。どうせ、今とほとんど変わらないはずだから」


「いえいえ、そんなことは……。何しろお客様ほどの方が選ばれた部屋ですから、きっと大賑わいになると思いますよ」


「そうかなあ。僕としては静かな方が好きなんだけど」


「いえいえ、そうおっしゃらずに。探せば沢山仕掛けがございますから、ぜひお探しになってください」


「だろうねえ。僕なりに改造するのが楽しみだよ」


 僕がそう言って指を一振りすると、契約書にサインが現れた。


 その書面の一番上には、「クエストルーム使用契約書」とある。


 僕は、ダンジョンの一室の番人である。


 僕の部屋を突破した者は、誰一人としていない。


 彼等の記憶は、すべて本の中に刻まれている。

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