第5話 道のり


 黒のセダンに戻ると、もう一度、目的地を入力し直す。今度は、きちんと特定できた。二上山の麓、他の山脈との山間にあるようだ。つまり、ここから西へ向かう。

 案内に従いながら、車を走らせると、風景はどんどん森に変化していった。ここら一帯は杉ばかりである。ここも大昔に空襲があったのだろうか。そういえば、二上山のどこかに、空襲のために建てられた監視塔があると聞いたことがある。杉は冬でも青々としているが、どこかくすんで見える。

 村へ至る峠道は、崖や沢が隣り合わせで、一歩間違えれば即死である。その上、路面はうっすらと土埃がかぶっているのだ。自然とハンドルを握る手に力が入る。

 時たま、道の脇にプレハブ染みた店が出ている。大抵は、和菓子やたこ焼きなどを売っている。彼は、こういう店で時折、小休憩を挟んだ。なんだか懐かしい気分がした。妹と以前、こういう風に休んだものだ。

 巨大な壺の、透明な水は冷たく重く澄んでいる。梅雨にアジサイでも生けるのだろうか。魚がいないままなら、夏にボウフラが湧くだろう。


 *


 目的地周辺に到着したとき、ナビが案内を切り上げた。まだ、村までは、距離があったはずだ。なぜ、中断されたか調べてみると地図上では村へ至る道がない。

 彼は、仕方なくスマートフォンを取りだして、「さとりの探検記」の写真を参考に進むことにした。

 最初の入り口、それは田んぼのあぜ道である。行き止まりを予感させる細さ。一見すると、どこにも続いていないように思われたが、行き止まりと思った地点では、思いもよらないところから、砂利道が接続してくる。そんなことを繰り返しだった。

 非常に悪路だ。タイヤのゴムが小石を踏む締めて、ぶつぶつとしゃべりだす。起伏で車体全体がシーソーのように揺れる。時折、車体下部が下から突き上げられる。こんな道が十キロも続けば、内装のあちこちでこねられ、黒井はパテになってしまう思いだった。


 幸いなことに道はやがて舗装路になった。未舗装路は横から、T 字に合流するので九十度折れる。彼は、ようやくまともな道路を走ることが出来てほっとした。しかし、例の探検記は再読み込み直後に固まってしまった。

 一度、路肩に車を停めて、ダッシュボードから地図を取り出す。ブログの主は、電波が届かないことを見越して、これを作成したのだろう。

 地図によると、この道路は環状である。輪っかの南北を貫くように直線が引かれていて、これが内部への連絡だ。だからして、φ の記号。この図形を見ての通り、直線箇所は途中で途切れている。どうやらこれは、余白の都合ではないらしい。つまり、この道路はこのとおり、下界に通じていない。ナビが案内を諦めるわけだ。

 こんな突飛な道路が、今まで話題にもならず、どのように存在し続けていたのだろう。いや、そもそも、このような閉鎖性が、ここを秘境たらしめているのだ。


 さて、そんな片田村外周に巡らされた道路の奇妙な構造だが、実はダム工事に関係しているらしい。大昔、片田村は地形上の都合からダムの計画が持ち上がった。その際、外周に道路が引かれた。しかし、その後、計画がおじゃんになり、完成していた環状道路だけがそのまま残された。

 それから、村長の村おこし活動の一環で、周回路へ進行できるよう直線部分を敷設した。その道を、主要道につなげようとしが、途中で、財政上の理由から挫折したのだ。


 彼は、今いる場所に見当も付けず、ひたすら道に沿って移動する。この道を真っすぐ回っていれば、どこからでも、いつかは一文字へ繋がるのだ。そして、その理屈は通用した。信号のない十字路は、左手はガードレールと石のレンガでふさがれ、右手は集落へと向かっている。中央辺りに小さな酒屋、駄菓子屋、木造の小学校がある。それらは、ピンク色の細いアーチの口に、収まっている。

 なにが通り抜けることを想定したのか、ダンプでさえ引っかからない不必要なまで巨大な鉄の門。空がどんよりとした曇りなこと、村の様子も重なり、シュールレアリスム絵画じみている。その異様さ。直前まで来て、黒井は思わず、車から降りて眺めたくらいだ。言い知れぬ不安から、エンジンは切らないでおいた。


『ようこそ片田村へ』


 ペンキはところどころ剥げており、むき出しの鉄は錆びていた。廃テーマパークの入り口だって、ここまで退廃としていない。どうも、日常から遠い場所に、足を踏み入れてしまった感がある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る