第15話賭け

「あついな、アンドレイ」

「大佐、大丈夫ですか?私たちは平気ですが」

 艦内の温度は上昇の一途だった。さしものボリスも打つ手がなくなっていた。敵軍はわき目もふらず追撃してくる。血の匂いをかぎつけたサメのようだった。敵を蹂躙できるという誘惑にあらがうことは不可能らしい。

ボリスの脳裏にひらめくものがあった。敵は追撃に必死になっている。うまくいけば敵を灼熱地獄に陥れることができるのではないか。自分以外の全員は朱色の肌を持つ水星人である。つまりこちらは無事でも、敵には致命傷となる温度帯がある。しかしそれを実行に移せば、彼自身は無傷ではいられない。逡巡したのは一瞬だった。彼は通信士に命じた。

「エイヘンバウム大佐を呼び出してくれ」

 すぐに応答があった。さすがのドミトリーも疲労の色が濃い。

「どうされた総司令、年寄りをこれ以上こき使おうという魂胆ですかな」

 ボリスは自らの考えを明かした。そして自らが倒れた場合に総司令官となることを打診した。色をなしたドミトリーの返答は鋭利だった。

「断る。総司令はひどく自分に酔っておられるようだ。死して英雄となられるのをお望みか?」

 皮肉に満ち溢れているが自分のことを救おうとしているのだとボリスはわかった。老練の大佐が自分のこと認め、惜しんでくれている。しかし彼の意志は固く、静かに返答する。

「大佐、私はそんなものには興味はありません。しかし……」

 ドミトリーの視線は炯々としてボリスを射る。彼はその言葉を口にするのにためらいがあった。自分の罪深さを重々承知していたのだ。私情によって叛逆し、私情によって多くの人間を死へと導いたことは、自分ひとりの死では償えないだろう。しかし抗いがたい本心だった。

「しかしどうしても友人の夢をかなえたいのです」

 ドミトリーは目を見開いて、かすかに驚いた。それは予想外だったらしい。

「私はどうしようなく、ウラジミールに魅せられてしまったのです」

「驚いたな。てっきり水星人を救うためとかぬかすと思っていたのだがな」

 ドミトリーは拍子抜けしたようだった。そして呆れたようにため息をついた。

「なにをいっても無駄なようですな」

 「いいでしょう」とつぶやくように言うと通信は切れた。そしてボリスは各艦に指示を出す。これが失敗すれば、もはや勝機はないだろう。最後にもっとも近い位置にいた軽巡宙艦に命令を下した。

「旗艦ヘルメースに攻撃を加えよ」

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