第32話 人生をかけたコンクール
私は、次の日、吉田君と部長、副部長と珠洲先生に相談したことがあるという事で、部活が終わった後、音楽室に残ってくれるようにお願いした。
外は完全に日が沈み、闇が世界を覆っていた、まるで園田さんの今の心を現わしてるかのように。それでも、窓を開けていると自然と心地いい涼しい風が音楽室に流れ込んでくる。私は、例え闇が世界を覆っていてる、きっとそんな状況でも今音楽室に入ってくる風の様にこの人たちが状況を少しでも良くしてくれるに違いないと、半ば私の勘がそう叫んでいた。
私の、顔がよほど深刻だったのだろう、あの部長ですら、ふざけたことをしないでただ黙って、私の口から語る言葉を待っていた。四人は、私に向かって、椅子に座り、一同心配そうな顔で見つめていた。私は、昨日、園田さんを抱きしめた後、今後の治療計画や病気の進行状況などの説明を聞いて、目の前が真っ白になった。ただ、本人の前では、いつもと変りなく明るく振舞ったつもりだけど園田さんの口調からもう悟られているのかもしれない。ただ、園田さんはその点で特に何も言わなかった。
― そう みんな 辛いのだ -
園田さん、本人はもちろん、あの性格がキツイお母さんですら精神的にやらているに違いない。そして、私がこのことを話すことによって辛さは伝染していくのだ。まるで、若いころにできた癌細胞の様に早くそして、恐ろしい力を持って私たちを襲ってくる。しかし、一人で悩んでいては、何も解決しない、例え辛さが伝染するにしても、仲間がいれば、その分だけ支えて助けて、そしていい解決策が生まれる可能性だってあるのだ。私は決意して、その一部の可能性に賭けてみることにした。
「みんな、今入院している園田さんについてだけど、筋肉が徐々に衰える難病に罹ったんだ。おそらく来年の春まで生きられない。だから、僕からもお願いしたい。彼女が、思い残すことない様な学校生活を送っていけるように、助けて欲しい。この通りです。」
と言って、私は席から立って深々と頭を下げた。そんな私を部長は、私の頭を撫でながら、真剣な口調で
「藤村君、いいから、顔を上げなさい。」
と言われて。私は、ゆっくりと顔を上げると妙に目の前の視覚がぼやけて見えた。私は、輪郭がはっきりしない部長らしき人の顔を見ると、どんな表情をしているの認識できなかったけど、震えた声で
「あなたが泣いていたら、玲ちゃんもっと悲しむわよ。」
と言って、部長はハンカチで私の涙を拭った。しかし、部長もまた目を真っ赤にして泣きながら私の涙を拭いている光景が私の視界がクリアになることに徐々にはっきりと映った。よく周りを見渡すと、部長、副部長は瞳から涙がこぼれ、吉田君は、下に顔を俯けて何かに堪えているようだった。珠洲先生だけは、面識がないのか、ごく冷静に
「では、藤村君、園田さんが再び学校に来れるのはいつ頃になるのかな?」
と、なるべく気を使っているのを悟られないように自然体に聞いてきた。そして、その場のみんなの気が落ち着くまでしばらく間、静寂だけがただ過ぎていった。
そして、どれくらいたったのだろう、私は自分が落ち着いてきたのでゆっくりと口を開けて
「おそらく、今年の夏の終わりから秋ごろには来られると言ってました。」
と、私が言うと、珠洲先生は立ち上がって、その場にいたみんなを励ます様に
「なら、全国大会に出て、園田さんに普門館に立ってもらおう。それが一番彼女にとって最高の高校生活になるんじゃないのかな?」
珠洲先生のその一言で、今まで園田さんを転校させないことや部の名誉のために全国へ行くという目的から、一変して、園田さん自身の人生のために全国に行くという、人ひとりの人生をかけた夏が始まることとなった。
― 翌日 -
部長は、部の練習の前に部員全員を音楽室に集合をかけた。必ず集合するようにと言う念をおした通達で事情を知らない部員は何事かと訝しむものも少なくない人数がいた。そして、全員が集まり、隅で珠洲先生が見守る中、部長は、決意を現わしたかのような凛とした声で
「みんな、もしかすると知ってる人もいると思うけど、夏季合宿で倒れた園田さんが、難病にかかり楽器もいずれ吹けなくなるという体になりました。そして、とても辛いことですが、来年の春までの命の保証はないそうです。」
と、言って部長は部員全体を見渡すと、一同それぞれ動揺の波が広がっているのがありありと見えた。しばらく様子を見て全員が状況が理解できたと部長は判断すると
「私たちにできることは、何か?それは、ただ一つです。最高の演奏を園田さんと一緒に普門館で演奏することです。今まで、私たちは部の名誉のためと思って練習していましたが、これから、私たちは一人の人の人生のための演奏をすることになったのです。私からもお願いします。園田さんのためにみんなの力をください。」
その時から
― 人生をかけたコンクール -
が始まった。
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