第18話 天国のあいつが喜ぶから

その場には、ただマクドナルドの明るいBGMが私たちと対照的に流れていた。


園田さんと吉田君は二人ともやはり思うことがあるのだろう。なにか、心の中で思いめぐらしているみたいだった。


そして、園田さんは吉田君に訴えかけるように吉田君の瞳を見つめながら


「私は、思ったわ。この人たちは、私を大事にしてると言いながら、ペットの様に扱って個人として、一人の人として認めてないって、だから、私はその日から、お父さんとお母さんから距離をとって疑うことにしたわ。村上君の最後の言葉が


ー  信じるな  ー


だから、お父さんやお母さんの言うことは信じないことにしたわ。高校も、お父さんやお母さんはお金のかかる所謂お嬢様学校を勧めてきたけど、私は拒否した。それで、喧嘩にはなったけど、結局今の学校で落ち着いて今に至るというわけ。私は、独りで生活できるような能力がないのは重々承知してるから、吉田君みたいに一人暮らしなんて今できないけど、いつかはあの家から出ていかないと、自分がダメな人間になるのだけは今では、はっきりとわかったわ。」


吉田君は、園田さんが語るのを黙って聞いて、真剣な目で園田さんの瞳を見つめ返していた。


そして、吉田君は確信を得たのかふっと微笑んで


「こんなところあいつに見られたら、きっと激怒して、成仏できないだろうな。」


と言って、右手を園田さんへと差し出すと


「言いたくないこと、言わせてしまってごめん。これから、あいつがあっちの世界で感動して涙を流すくらい素晴らし演奏ができるように一緒に頑張ろう。」


と、今までのわだかまりが決着したのか明るい笑顔を園田さんへ向けていた。


そんな、吉田君が園田さんは、意外だったのだろう、吉田君の手を顔を何回か見返して、赦されたことが判ったのか、心の重しがとれたかのような晴れ晴れとした満面の笑顔で


「ありがとう!これから、よろしくね。」


と、私たちの定期演奏会におけるアンサンブルの演奏へと一歩踏み出した。


その後、私たちはファミレスで解散することにして、各々自分の家へと帰った。


私は家へと着いて、自分の部屋でベッドであおむけになりながら、村上君が残した楽譜のコピーを見つめていた。


村上君の体格や性格を聞いて、空想上の村上君を考えると、きっと楽譜も殴り書きの様な読めない代物かと思ったけど、ずいぶん丁寧に綺麗にまとまって書かれていた。

その楽譜からは、奏者への敬意と感謝がありありと読み取れるものだった。


ー翌日の放課後から私たちは、四階にある1年B組の教室を借りてひたすら練習する日々が続いたー


「創君、そこの出だしちょっと遅いよ、それにだんだん吹いていくうちに、テンポが遅くなって、全体的にだるい感じになるから、そこは、直したほうがいいよ。」


と、吉田君は、繰り返す合奏の中で、私に色々と指摘してくれた。


そのたびに私は、吉田君が見ているチューバ吹きは私ではなくて、きっと村上君なのだろうと、思わざるを得なかった。


なぜなら、吉田君の中の最高のチューバ吹きは村上君なのだから、私をそれに少しでも近づけたいのではないかと…今も色々要求してくる課題を頭の中で整理しながら、始めて1か月、2か月の初心者には到底無理なことだと訴えて言い返してやりたいかった。今の私は、音階を吹くより以前の音を綺麗に出すという事さえ、十分にできてなかったのだから。けど、私はあえて本音は言わなかった。


一体、吉田君の心からの想い、中学にやりたかった親友とのアンサンブルを、叶わなかった願いを実現したいという願望は我がままと言ってしまって、切り捨てるなんて私には到底無理だった。


そんな吉田君と私のやりとりを園田さんは黙って見守っていた。きっと中学の頃の吉田君と村上君と、そして今の私と吉田君を重ね合わせているんだろう、なんだか懐かしそうに、また悲しそうな瞳で見つめていた。


ーそして、定期演奏会前日にー


定期演奏会前日という事で、地元の文化会館の大ホールを1日貸切って、リハーサルを行う事となった。


私は、初めての演奏会ということで昨日の夜から緊張でまともに眠れていなかった。


演奏会は三部構成で、一部はクラシックがメインのリストで二部は一年生の紹介を兼ねてアンサンブルの演奏、三部はポップ、カジュアル曲がメインとなっている。私には強い味方の部長がいるので、部長の影に隠れて吹けば、怖くないけど、一番怖いのが二部のアンサンブルだった。失敗すればどんな素人でも一目で失敗したと分かってしまう、それに、最悪の場合演奏を続行することができなくなることだってあるかもしれない。私は、いつもは槇原敬之を流してるCDプレイヤーはここ2か月近くはひたすら、ジブリの紅の豚のサントラを流して、少しでもうまく、そして、かつて吹くべきだった村上君に近づけるように注意深く、真剣に聞き返していた。


そして、リハーサルは進み二部へのリハーサルとなった、私たちはリハーサルの出番が来るまで袖で待機しながら、吉田君は最終確認をした後、覚悟と意志をともった瞳を私と園田さんに向けると


「明日はお客さんへのための演奏を全力でやろう、けどリハはあいつのための演奏を全力でやって、あいつを喜ばせてあげて欲しい、きっとそれが一番


ー  天国のあいつが喜ぶから ー

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