第17話 信じるな

園田さんは、やはり思い出したくないことなのか、何度か口を開いて言葉をだそうとするが、それは、声として出ることなく、ただ、静寂だけがそこにあった。


ただ、黙って園田さんの様子を見つめてた吉田君は何かの決心がついたのか


「言う事無いなら、この話はなしだな。じゃあ、僕は行くよ。こんな無駄なことに時間を使う気はないよ。」


と、席を立った瞬間、園田さんは吉田君の制服の端を掴むと


「わかったわ。話すわ、だから行かないで…」


と、今にも、泣き出しそうな顔で吉田君を引き留めた、もう、園田さんの瞳には後悔と悲しみで、今にも溢れそうになっていた。


吉田君は、園田さんが今度こそ語る決心がついたことを感じたのか、黙って席に戻った。


「あの時、私たちは


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ー玲、お前ゲーセン行ったことあるのか?ー


と村上君は、非常にご機嫌で、かなりハイテンションでニコニコしながら聞いてきた。


私は、すぐに首を横に振ると


ー私、ゲーセン行くと不良に襲われるから行くなって。それに、まわりの友達もみんなそんなとこいかないし…ー


村上君は、えっと信じられない顔をして、私の顔をまじまじと見つめて


ー玲、それ本気で言っているのか?-


と聞かれたので、素直にコクコクと首を縦に振ると


村上君は、頭を抱えた後、顔を空に向けて


ー70,80年代の年寄りの偏見じゃねぇか!今時そんなゲーセンあるか!ー


と絶叫した。


私は、ただ、思ったことを口にしただけなのに、村上君は、まるで教師の様に


ーいいか、玲、これから俺の言うことは、死んでも忘れるなー


   大人たちは、自分の都合のいいことしか言わない

      まして、子供にはなおのこと自分の都合のいいように扱う

         なにより、一番面白いこと、楽しいことなど

             そんなこと、自分だけのものにして

                子供に対して明かすことなどない

                    だから、大人の言うことは


           ー   信じるな  ー


私は、今まで、お父さんやお母さんの言うことは絶対に正しいと思って生活していたのに、村上君ははっきりと否定した。それが、私のためではなく自分の都合のいい為にしているという。


ゲーセンに着く前までは、きっと反抗期かもしくは、村上君が不良なんだと思った。


けど、実際にゲーセンに着くと、私の世界が一変した。


夜なのに、明々と輝く店頭に誘われる様に店内に入ると、今まで見たことのない世界が広がっていた。


きっと、不良が店内で煙草を吸いながらガンをつけてくるんじゃないかと、怖かったけど、そんなことはなく、色とりどりのゲームが所狭しと並んでいて、思ったよりも清潔感があるイメージがあった。


そんな、世界を村上君はキョロキョロと見渡して


ーうーん、玲の好みに合いそうなのは~クレーンゲーム…あれは俺が苦手だから、なしで、おっ、あれがあるー


と、村上君は私の手を引いて、巨大なモニターの前に鍵盤があるゲームに連れてこられた。


ー玲、ここでピアノ上級者の腕前を見せてもらうぞ、俺と勝負だ!-


と言って、村上君は財布を取り出して、百円玉を探している間


ー村上君、一体このゲームって何なの?-


と聞くと、村上君は探しながら


ー音ゲーっていうジャンルで正式名は音楽ゲームな、これから俺がやるから、真似すればすぐわかるぜー


と言って、百円玉を投入した。


私は、ゲームは基本的に禁止されているから、生まれて初めてのゲームだったけど、かなり衝撃的だった。


音楽に合わせて鍵盤を押す、ただそれだけど、ジャンルが様々で何より、自分の音楽ジャンルがとても果てしなく広がっていく感覚が体全体に感じられた。心と体がポップな音楽と一体になるのは、本当に楽しくて時間を忘れて村上君と遊んだ。


そして、村上君の所持金が尽きると、村上君は存分に満足したのか


ー玲、そろそろに終わりにしようか、じゃ、また明日なー


と、言って村上君と私は互いに手を振りながら別れた。


問題は、私の家で起こった。


帰りの遅いのを心配したお母さんが街へ私を探しに行くとたまたま、私と村上君がゲーセンに入って遊んでいるのを目撃して、そして、一緒に遊んでいるところを影に隠れて一部始終を見て、となりに遊んでいる男は誰で、娘を不良の道へたぶらかそうとしている不届き者に対して、怒りが燃えて、お母さんは恐ろしい行動力とスピードで村上君の素性をPTAを通して、無理やり学校に問いただして、あまつさえ彼の家族構成や成績、性格などを知って、一番狡猾な方法で村上君を苦しめる策を巡らし、ありもしない、悪行や非行などを教員へ苦情を出し、また、村上君の家族への誹謗中傷を上流階級の父兄の連携を見事に使って、村上君をたった半日で停学へと追いやり、それでも飽き足らず、村上君のお母さんの職場にすら悪評を持ち込んで解雇へと追いやった。そんな、急な不幸の連続で精神的に参ったお母さんが村上君が寝ている時に無理心中へと運ばせる結果となった。


それで、やっとか気が済んだのかお母さんは、ある日、なぜ村上君が亡くなったのか何も知らない私に


ー玲、今まで怖かったでしょ、あの不良は始末したから、実はね…ー


と事の次第を話をした。私はあまりのショックで涙すら出ず、生まれて初めて心の底からお母さんを憎く思った。その時、村上君の一言が私への遺言の様に頭の中に響いた


―  信じるな  ー

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