第23話 教会神父とスライム娘



 日を改めた次の日。俺らは教会へと向い、ヨゼフに挨拶する。


「こんにちはーっ!」

「おやおや、皆さんお揃いで」


 アリアが元気良く手を振るとヨゼフは優しく微笑み、軽くお辞儀をした。


「今日はどうなさいましたか?」

「スライム事件について報告があります」


 ヨゼフの質問にシャルが答える。


「そうでしたか。先日は教会に地下があったと聞いていましたがどうでしたか?」

「はい。地下には研究施設のようなものがあり、施設は解体中です。完全に埋め立てようと思っています。それとなのですが……」


 シャルが言い淀み、リリムを見た。その後、俺を見てくる。


 ……まるで残りの説明をさせたいようだ。まあ、いいだろう。


「スライムの発生原因は地下の施設が原因だった。だから、解体すれば事件は解決する。それとは別件でリリムについても話がしたい」


 俺がそう伝えるとヨゼフは驚いた顔をした。


「スライムの件は解決するのですね」

「ああ、そうだ。ダメならもう一度俺らを呼んでくれ。今のところは他の要因がないから再調査する」

「わかりました。ありがとうございます」


 今のところ、地下施設を解体中にスライムは地下にしか発生していない。地下に発生したスライムが地上に出てきたので間違いなさそうだ。


「それでリリムさんの件とはなんですか?」


 ヨゼフが不思議そうに訊ねてきた。見たところ心当たりが何もなさそうで驚いているような気もする。


「ああ、それなんだけど、リリムがスライムって言う話を信じてくれるか?」

「……突然ですね。信じろ、というのであれば証拠もあるのでしょう。信じるしかない話に聞こえます」


 ヨゼフがリリムに視線を向ける。その視線にリリムは怯えるように少し震えていた。


「あ、あの。私……」


 リリムが声を震わせながら強い眼差しでヨゼフを見た。


「私は魔族です」


 そう言ったリリムは片手を小さく上げて、その手をスライムの形状にして動かした。


 リリムは人間の姿にも関わらず片手がスライムという異様な様子をしている。魔族と言われれば信じざるおえない。


 それを見たヨゼフは驚いたように目をぱちくりとさせた。そして、メガネをあげてリリムをもう一度見た後、優しく微笑んだ。


「どうやら本当のようですね。リシュタル様の言葉を信じるしかありません」

「あ、あの! 私を殺そうとか、思いませんか?」


 何事もないように話しているヨゼフにリリムは不安そうに訊ねた。


 人間と魔族だ。その関係は敵同士。殺し、殺される関係である。


 人間は魔族を悪とし、魔族を排除する。その逆はどうなのだろうか。魔族ではない俺にはわからないが、リリムのことはわかる。


 リリムにとって、人間は畏怖の対象であり、恋慕の相手であるのだ。


 だから、好きな相手に怖がられるのは怖い。


 ヨゼフは優しい微笑みを絶やさない。それは神父としてなのか、一人の人間としてなのか。


「殺しませんよ。『汝、殺すなかれ。汝、謀殺を犯すなかれ。汝、敵を愛せよ』。主神ニケ様の言葉には殺人を犯してはならない。敵を愛するように教えがあります。そもそも、あなたは同じ神を信じる同宗ではありませんか」


 同宗としてだったか。ひとまず、ヨゼフに怖がられているようではないようだ。リリムの顔を伺うと嬉しそうに顔を赤くしていた。


「……よかったね」


 俺の肩を小突いたアリアが耳元で言う。思春期の男の子だったなら勘違いしそうな行動だな。まあ、十六年にプラス二十年の人生を過ごしている俺には効かないがな。


「そうだな」


 クールにそう言って、微笑むヨゼフと嬉しそうなリリムを見る。


 ヨゼフがいくつなのかは知らない。金髪オールバックな髪型なので見た目の年齢も二十歳半ばぐらいという印象だ。対してリリムは二十歳手前ぐらいに見える。


 その二人の姿とリリムの真っ直ぐな行動は見ていて初々しい。


 “恋心とは”なんて語った昨日であったが、この光景こそが恋模様なんだろう。


 ちらりとシャルを見れば眉間にシワを寄せて難しそうな表情をしていた。


 彼女は十代半ばぐらいだ。恋に縁がなかった彼女もいずれは経験して、徐々に理解していくだろう。


「あ、よろしければリリムさんにお願いしたいことができました。もしよかったら修道院でシスターを致しませんか?」


 村の教会の隣にある修道院。身寄りのない子供たちが生活していたり、村の子供がやってきて文字の読み書きや計算を習ったりする場所だ。


 シスターは修道院で子供たちの生活や学習を手助けする人を指す。


 そして、神父であるヨゼフもそこで生活している。つまり、共同生活のお誘い。いや、言い換えよう。


 スライム娘とドキドキ共同生活〜それは触手との出会い〜


 言い換えるとエロい。とてもエロいんだ。


「……っ! はいっ!」


 嬉しそうに無邪気に喜ぶリリムは二つ返事で答えた。


 リリムの気持ちとは裏腹にヨゼフの心は慈善思想に溢れているのだろう。魔族ならば生活に窮している可能性を考慮したのかもしれない。


 ともかく、リリムの今後の生活もヨゼフによって保証された。


 スライム事件も解決し、リリムの件も解決。これで依頼は完了したと言ってもいい。

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