<第十四話 >血戦復讎

どれくらい静寂に身を置いたのだろうか。

目覚ましももはや諦め沈黙した。

かろうじて起き上がったものの、ベットの脇でうずくまってそれきり。

もはや自分は朽ち果てたも同然だった。


ただの夢と片付けるには鮮明すぎる記憶と恐怖が脳を支配する。

穏本人が生きているのかどうかは気にならなかった。


それは昨日夢と現実が関係しないのを確認したからでは無い。


「殺した」確証がそうさせるのだ。




━━━チャイムが鳴った。


何も感じない。

鳥類の鳴き声、ノイズ、家鳴り。

それら普段は気にもとめないような音と同類に感じる程旭は塞ぎ込んでいた。



━━━再びチャイムが鳴る。


幻聴かと思われるほどに微かに聞こえた。

その時にはまた夢のあの血しぶきが上がるその瞬間がフラッシュバックしていた。

もうとうになにも考えたくなくなっている。

今まで生活してきて見てきた夢のそれとは別格で、実際に経験したも同然に思えるその記憶はずっと旭の脳を侵食している。


その後もずっとチャイムは押されたが、何回音を発しようと、旭が脳で処理するころにはか細いモールス信号程度にしか届かなかった。





━━━もう何回目だ。


流石に無視も出来なくなるというものだ。

チャイムは既にリズムを刻み始めている。


ウグイスがホーホケキョでラップを始めたらそれはもう環境音の域ではない。


「━さひ━━よな?入るぞ」


耳が外界の音に意識を傾けた時、穏の声が聞こえた。

もういつからそこにいるのか分からなかったがしびれを切らした様子だった。


キィィィ


不意に玄関のドアがあいた。


「!?!??!?」


思わず旭は顔を上げた。

カーテンで締め切った部屋に眩しい光が差し込んだ。

穏と由香がそこにいた。


「おっいんじゃんかよーーー」


「いるのでしたら返事してくださいよ……床でくたびれてたらどうしようかと……」


「……?」


「待て……電子ロックは……」


「あっ……すみません私の【電掌支配レクスエレクトリカ】で…」


急にけたたましいブザーの音が部屋に響いた。


「うっるさッな、なんだ?」


警報の発生源は、


ドアだった。


「おい!!これぜってー由香の能力のせいだろ!!」


「おかしい……ちゃんと確認したはず……流石学園の……」


「あああーー!もういい!逃げるぞ!!!」


穏に腕を掴まれ引っ張られる。


まただ。

また。


この腕を掴まれて連れられる感覚。


魔術師から逃げた夢のあの光景と一致した。

酷く吐きそうな気を堪えて外へ飛び出した。


しばらく走っていると、ブザーの音はどんどんと遠くなってやがて聞こえなくなった。


「はぁ……はぁ……」


「能力なんか使って無理やり入るから警報鳴っちまったじゃねぇか……」


「じゃ、じゃあなんですー!?穏は応答なかったら黙って引き返すんつもりだったんです!?」


「そ、それは……」


「おい……お前ら……そもそもなんで俺まで連れ出されたんだ……」


サンダルだけかろうじて履けたが、部屋着で寝癖だらけの格好だ。

気にしている心持ちでもないのは確かだが。


「あ、あぁ……悪い……連れ出しちまって……でもお前を心配していたんだ。電話も出ないし。何があった?」


「……」


「お前を……殺した」


由香も穏も眉を歪めた。

言葉の意味を理解しようとしている様だ。


「どうして……近付くなって言っただろ!?」


「穏……!!!どうして……!!!お前は……」


抑えていた感情が少し制御を失って溢れ出した。

元々巻き込むつもりなんて無かった。

話したのは事実だが、共闘なんて初めから期待も何も望んじゃいなかった。

羽衣花を遠ざけて欲しかった。

たったそれだけだったのに。


「俺は旭に同伴したのか?」


「……馬鹿だろ。アイツは俺しか眼中に無いはずだったのに。それなのに……」


俯いているせいか声が沈む。


「俺は……足手まといだったか?」


悲しそうな声で問いかけてきた。

ふざけるな。



ふざけるな!!!!!!!!


「そんなわけないだろ!!!俺はお前の足を引っ張って!!結局守られたまま羽衣花だって、お前だって!!俺が殺した!!!」


考えないようにしていたはずなのに、嫌でも逃れられなくなってしまった。

最初に羽衣花が庇った時は最初に死んだのは自分だった。

だからその後のことは考えないように、蓋をしていれば抑えていられた。

でも今回は、見ないフリなんてできるわけが無い。


「……お前が……俺を殺したって、それ俺が言ったのか?」


確かに力強さを感じさせる声で穏はこちらを見て言った。


目は、合わせられない。


「……」


「いや……結果の話だ……同じこと……」


「もし。俺がお前を助けて死んだって話なら『殺した』なんて勘違いしてみろ。俺がぶん殴る」


直後に見ていた地面の石がぶれた。


石が吹っ飛んだのかと思ったがどうやら飛んだのは自分のようだった。


遅れて頬に痛みがやってきた。


え……?


「は……!?まだ俺何も言ってね……」


「わかるよ」


何も言えなかった。

根拠がないと言ったところで真実を問われては仕方がない。

実際それはあっているのだから。


「なんでわかったか教えてやるか?」


吹っ飛んで尻もちをついた旭に視点を合わせるように、しゃがみこんで歯を見せ微かに笑った。


「お前そうやっていつも勝手に自分のせいにするだろ。知ってる」


「いいか教えてやる。俺が死んだのは俺が弱いからだ」


「5回も死ねる命があって、それでなお倒せも逃げれもしなかった俺の責任だ」


穏に手を差し出され、立ち上がる。


「俺たちは死んでしまったのかもしれない。それでも今こうして生きている。なら命続く限り抵抗し続ける。違うか?」


「もし俺が死に様にクセェセリフでも行動でもしてたならよ、もうさせないでくれよ。理由はもう死にたくねぇとかじゃなく……」


「単純に恥ずいだろ……な……?だって俺……生きてんだぜ……?」


「……フっ……」


思わす笑ってしまいそうになった。

夢で見た最後は凄惨で悲劇的で、勇敢な最期だった。

しかし目の前にいる穏は授業中教科書を間違って読んで、笑われ顔を赤くしていたあの時と同じ顔をしていた。

なんだかそのギャップで、笑みがこぼれた。


気がつけば、音が、色が、感触がたちまち蘇って行くのを感じた。

生の実感とでも言うのだろうか。

朽ちて死んでいた旭の精神は今再起を遂げる。


「取り乱して悪かった。もう平気だ。お前の最後な……。俺だけが覚えておくよ。大切にな」


皮肉でもなんでも無い心からの感情だったが、穏には何かを含んだ言い方に思えたらしい。何かオタク特有の早口でアニメキャラのどうだかこうだか謎理論で言い訳を並べていた。


「ま、まあそんなことはいい!!!!俺に言わせれば旭の夢だって<万死回避>の1回に過ぎねぇよ。俺はこの能力でもう数え切れないくらい死んでる。でも何回も死んだからって諦める訳にはいかないんだよ。残りカウント0になった俺の肉体もいまこうして動いてる旭の身体も無事ならその時点で勝ちだ。それ以外の肉体は全て精神や思考を憑依させた人形だと思え。当然夢に出てる俺だってな」



「まぁ……お前の場合血も涙も記憶も全部継承されるもんだから精神壊れちまいそうだが……」


ここまで言っておいて途中で気づいたのかバツの悪そうな顔で頭を搔く。


「その理論で行くなら、俺は1度恐らくカウント0状態って言うのか?で『敗北』した穏を見た。確かにお前は今も生きてるけど……それで勝ってるなんて到底思えねぇよ……あれは遠くない未来なんだよ……!それで『今生きてるから』なんて気休めにもなんないぞ!!」


「そこだよなァ……俺は魔術師に5回も殺されてんだよな?いや、6回か。自分で言うのもなんだが、俺をそんな追い詰めるってソイツ相当だな、なぁ無理のない範囲でいい。教えてくれ。俺が一体どうやって死ん……負けたのか」


「取り敢えず何処か腰を下ろせる場所行きませんか?」


長く沈黙していた由香はそう口にした。

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