<第三話> 対魔術師

「んにゃ……んあ?」


まだ完全に開ききっていない目を根性で開けながら目を覚ました。

ぼやけた視界では景色がいまいち見えない。

目を擦ろうと腕をあげようとする。

しかしどういう訳か体が思うように動かない。

いや――――動いている。

今こうしている間も"歩いている"

自分の意志と関係なく濡れて水溜まりのできたアスファルトの上を確かに歩いている。

意識をハッキリさせるとようやくその動く足を止めることが出来た。


動く。


自分の意思で動かせる。

さっきまで自動で動いていた足を自らの意思で動かせる。

手を握ったり開いたりしてみる。

よし異常なし。

もはや今更目を擦る必要も無いほど、視界はハッキリしてしまった。

なんだか他人の体に憑依したみたいだ。

でも確かに体は希月旭自分のものだった。


「え……?」


おかしい。

何もかもがおかしい。

あたりは明るく時間は4時頃といったところか。

周りにはビルが建っている。

何故か自分は歩道で佇んでいた。


おかしい。

俺は確かに自分の部屋で寝ていたはずだ。

いつものように夕飯を食べて、アニメを見て、勉強なんかせず寝た。


それなのになぜ雨の湿気でぬるくなった風に吹かれ学園に程近い裏路地を歩いていたのだろう。


急なことに脳が追いつかない。


「これ夢か」


その場に座り込み、あぐらをかいて頭を抱える。


つねっても目ぇ覚めねぇ……

いやこれ転生する時にもやったわ


デジャブを感じつつ立ち上がる。

スマホを取り出し時刻を調べる。


「16時半……学校終わりか……?」


ロック画面を見ていると、違和感に気付く。


「なっ……おい……」


時刻以外の日付や曜日の部分が墨でもついたように真っ黒く塗りつぶされていたり、文字化けしたりしていた。


やべぇやべぇこのスマホまだ1年も使ってねぇぞ

落とした?

いや画面は割れてない


ホーム画面にいくと、至って普通のいつもの画面が表示された。

とりあえず故障の可能性は消えた。


「やべ……手癖でソシャゲ開こうとしちまっt……」


「え?」


今度はマップやカレンダーアプリが真っ黒になっていた。

何度もタップするが応答がない。


多分これ時刻以外の情報を取れないようになってるんじゃねぇか……?


スマホの画面を凝視していたその時ー


誰だ


嫌な予感がする。


スマホに向いていた視線が上を向く。

焦点がスマホの画面に行っていて気づかなかった。

目の前に膝まで隠された黒いジャケットを着た男が立っている。

顔はフードで隠れて見えない。

男は手をこちらに向けると何かを呟いた。


「切断せし空風:一殺那」


旭は自分でもわかるほど目を見開いた。

聞いたことある詠唱。

間違いなくそれは授業の一端で聞いた魔術師の詠唱━━━


咄嗟に身を右に捩る。


体が右へ飛ぶ。


先程までいた場所に空気さえ切り裂くほどの速さで攻撃が炸裂する。

その攻撃の先にはまるで大砲でも直撃したかのように、地面がえぐれている。


やや不自然な形で避けたせいか、腹部から足首まで変な痛みが残る。

それと同時に左の腕がキリキリと痛むのを感じた。


クソっ避けきれなかったのか……


制服の左腕の部分が鋭く切れている。

血が腕を伝う感覚が気持ち悪く広がる。


ヤバい

体も脳も精神も旭自身も全身で恐怖を感じた。

男はまた腕を挙げた。


逃げろ

どこから出た司令か。

考える暇もなく旭は走り出した。


あいつから数センチでも離れるように、

とにかく走るー

数歩踏み出した段階で後ろから

ジェット機が横切るような音がして咄嗟に前に倒れる。

頭上を先程の旋風がつんざく。


はぁ……はあ……


立ち上がると再び走り出す。


魔術師は1度詠唱すればしばらくは再詠唱の必要が無い。

さっきまでのように分かりやすく示してはくれない。


揺れる視界の中ふと横を見るとビルとビルの間の狭い道が左に見えた。

半ばそこに追い込まれるようにして狭い脇道に入る。


入ったその瞬間眼前に広がる絶望に旭は酷く後悔した。

両脇のビルは相当な大きさがあるようで、次の分岐点まで軽く50mはある。

それまで人が2人分ギリギリ横切れるか程の幅しか無かった。


これじゃあの魔法は避けれねぇ……


あらゆる可能性を考える。

どこぞのゲームのように壁をジャンプして上まで━━━

と馬鹿な発想から、相手に逆に詰め寄るという大胆な発想まで軽く10は超える案を出すが、どれも現実性、恐怖感から0コンマ数秒で否定される。

もう戻る時間が無い。


――――超能力――――


頭によぎるその単語で旭は魔術師の詠唱を聞いた時と同じように目を見開いた。

産まれてきて数える程しか行使したことがなかったが、不思議と自信だけが旭を満たす。


右手を広げ、あかりが差し込む自分が通った入口に向ける。


条件は……クリア


予備動作

完了


魔術のように詠唱はいらない。

イメージするは脳内

名称を想像


血戦復讎テールムブラッド


右手のひらの先から刃渡り6cm程のナイフが一瞬で具象化される。

創造したナイフは風に揺れる草のように手の数センチ上の空中で上下に少し揺れている。

一般の人間は物体操作や念動系を用いて物体を空間に静止させるのは困難だと言っていた教師の言葉を思い出す。


男の姿が見えた。

その瞬間に旭は手の先のナイフを射出する。


速度は劣っているものの相手は予想していなかったのか、やや驚いた様子で避ける。

狭い入口では男が避けただけでその姿が視認出来なくなる。


だけど好都合だな。

こうも狭い通路だともう迂闊には入れねぇだろ。


急いで走り出す。

とにかく開けた分岐点まで行かなければ。


希月旭の超能力【血戦復讎テールムブラッド】は自分が受けた傷と同等の傷を相手に負わせることが可能な武器、あるいは能力を手に入れる能力ー

さっきの左腕の切り傷を条件に、能力を発動した。


なるほど

今回は武器か

この傷じゃ剣は出ないか……


武器か能力か選択権は旭にはない。

顕現した力で戦うしかない。

旭は再び目の前にナイフを具象化させる。


相手に同じかそれ以上の傷を与えるまで、傷と同じ数の武器と能力を無限に使える。


なんとなく手ぶらでいるのが恐ろしかったのか、ナイフを手に取る。


よし。


ようやく分岐点まできた。


右か直進か。

選択肢などあってないようなものだった。

直進すればまた数メートル先まで真っ直ぐな道が続く。


右に曲がると広い交差点があるようで、光が差し込んでいた。

右から左に自動車が横切るのが見えた。


あぁ……


希望の光が差し込むその道へ旭は走り出した。


1歩1歩確実に歩みを進める。


誰か……!!


「………………」


ようやく光溢れる世界へ踏み出したその瞬間だった。


目の前にあの男が立っていた。

しかも気がつけば路地裏の行き止まりに景色が変わっていた。


「あえ……!?」


風の刃が旭の腹部を突き抜けた。

意識がなくなり後ろに仰け反る。

視線が空を仰いだその瞬間に━━━



「あがああっっっっっぁ!?!??!?」


激しい嗚咽の後旭は飛び起きた。

全身の汗が止まらない。


はァ……はァ……


な、なん……


目を覚ましたその場所は間違いなく旭の自室。

夢であったことが確定した。


じゃあ……なんで意識が……


なんとなく腹部を触る。


痛み


感覚


匂い


景色


全てが鮮明に思い出される。

無い傷が痛むほどに。


横でうるさくなるアラームを止めると、スマホを操作する。


▽夢 意識ある


「明晰夢……?いや……そんな生ぬるいもんじゃ……」


▽殺される夢


悪いものじゃない?

実際そんなことどうでもよかったのだろう。

ただ、自身の知る場所で現実のような殺され方をしたただそのトラウマだけが残った。

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