第15話 「旅館、大浴場、星屑の宴」



 かぽん。と、何かが響く音がする。


 白い煙に満ちた空間のど真ん中に巨大な湯がはる。

 滝のような水音。石鹸と木の香。全てが暖かい楽園。


 そう、ここは共同施設の大浴場だった。


 しかも、貸切だった。


「流れ星ひやっほおおおおおおおおおおおおおおお!」


 どばぁぁぁぁぁぁ!と湯飛沫が舞う。

 宇宙ゴミ或いは人類のゴミ。モラルもクソもないイカれた人工衛星ロイ=スリアが湯の中に着弾した。


「おい!貴殿にはマナーと言うものが無いのかッ!」


 珍しくコウキの隣で声を荒げるあのマリードも、フルチン姿ではちょっと面白かった。鎧のような筋肉ではあるが、それでも何処か滑稽に思えてしまうのは男に与えられた弱点が顕になっている所為だろう。


「美しいフォーミングだ。ロイ」

「ネイ、こんな時でもリスペクトの方を優先できるんだな」


 コウキはこの銀髪エルフ耳を心から尊敬してしまう。と言うかネイは華奢で細く、コウキよりも色白の体が後ろから見ると女性にしか見えない。


 試しに前を見たが、そんな姿でも男だった。

 やっぱり股間は面白い。


「貴殿は湯浴みをしたのか!?汚れた体で湯船に――」

「マリード!そんなに怒んなって!ちんこ縮むぞ包茎!」


「我は!それなりに!デカい!」


 バァーン!と仁王立ちするマリード。


「おい、キャラぶっ壊れてないか」

「デカいことは良いことだ、マリード」

「ネイお前もなんかやっぱ違くないか」


 全員ハイテンションだ。それもそのはず。


 単純に男の子は大浴場がとても好きなのである。

 マリードは規格外としてもみんな14歳の男の子だ。

 しかも今は女子がいない、誰もこの夜を止めれない。


「マリード、ネイ、とりあえず俺たちも……」

「無論だ。早く湯浴みを済まそう」

「平泳ぎもいいな!ロイ」


 すかさずコウキはマリードとネイの手を取った。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「な――ッッッ!」

「成程!最高だコウキ!」


 走る、走る、走る、そして飛ぶ!!

 俺たちは人工衛星、宇宙、いいや人類のゴミ!!


 どっっっばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! と。


 湯浴みもせず走り出した3本の股間が、勢いよく大浴場に落ちる。湯の波に流されるロイが楽しそうに水面に揺蕩う。


「不覚だ。人生の恥となることだろう」

「マリード、今日だけは何も気にせずいこう」

「コウキ!貴殿もそっち側か!」

「いいのいいの、俺たち頑張ったからご褒美だよ」


 湯に浸かり、笑いながらコウキが応える。

 ネイと言えば、ロイが泳ぎ方を教えているところだ。


「こうか?」

「そうそう、そうやって泳ぐんだ!!」

「教育熱心だな!ロイ!」

「ボクは天才だからなぁ!まかせとけ!」


 目の前でばしゃばしゃやられて、マリードは不愉快そうだった。しかし、そんな中にも綻びが生まれており、楽しんでいることが伺える。


「いい湯だな、マリード」

「湯浴みをすればな」

「まだ言うかよ」

「もう言わぬ」


 マリードの方を見たコウキだが、当人は天井を見上げながら気持ちよさそうに湯に浸かっていた。その姿にコウキが満足すると、4人は横並びになって湯に浮かぶ。


「最高だな」

「あぁ、偶には良いだろう」

「私もこんな気分は初めてだ」

「オマエら、先陣切ったのはボクだからな‼︎」


 それって偉いのか?とコウキが言って、4人の笑い声が大浴場に響いた。浮かびながら、今日の近況報告会が始まった。


「ボクとネイは今日は体を休めながら最終調整したぜ」

「あぁ、私もロイとは漸く対等に戦えるようになって、教える側なのに立場が危ぶまれそうな勢いだ」

「オマエは謙遜してばっかだな!勝てる訳ねぇだろ!」

「貴殿の成長は我も感じているぞ」

「急に誉めんな!気持ち悪いだろ!」


 ロイが湯に浮かびながらマリードを見る。マリードは気持ちよさそうな表情で「まぁ我にはまだ遠いがな」と結論つけた。


「ボクだってもうCランク折り返し地点はすぎてるんだぞ」

「まじか、ロイ凄いな。今回のデスフラッグでBになるんじゃないか?」

「コウキ。これは本当の話だ。おそらく目と鼻の先までは進むことだろう」

「すげぇ……」


 暫くロイとネイの修行の話や業の話をしていく。

 湯の温度はちょうど良く、ぬるくは無いがのぼせもしない温度で4人の会話が弾んでいく。


「――なぁロイ」

「なんだよ」

「家族の話、聞かせてくれないか」

「どうした急に!?普通の家庭だったぜ」

「どう普通だったんだ?普通って何だ?俺、家族のことも思い出せなくてロイやみんなが羨ましいんだ」

「――コウキ。貴殿はそう言えば記憶が無いのだったな」


 マリードが思い出したようにコウキをみた。コウキは特に気にしてないような声色で話を続ける。


「偶に自問自答するけど何もないんだ。別に重い話ってわけでも無い。ただ、家族そのものが何だか分からないってことは、愛が何なのか分からない、愛がないって事なのかなって」

「私はそうは思わない」

「我もだ」


 仲間はコウキの存在を肯定した。

 その先は本人の問題だからそれ以上語ることはなかったが、ロイだけは違った。


「オマエには愛があるとボクは思ってる。ボクが最も愛の絆を感じたのは妹のモナだ。足は壊れて魔獣に食われるのに、声も出さず弱音も吐かずサヨナラも言わずにボクを逃した大馬鹿者だ。オマエはボクの妹に似てる」

「それ俺が大馬鹿者って話か?」

「そうだ!ボクの中で愛がある奴はみんな大馬鹿者だ!!」

「何だそれ、風評被害だな」


 コウキは妹の惨状には触れないように配慮したが、急にむず痒くなってより話を逸らした。他の2人はその会話をゆっくりと揺れる湯船の中で聴く。


「いいか。オマエ、二度と愛がないとか言うなよ。オマエに愛を感じる人がいたら、その絆を穢すことになる」

「…………そうかもな。悪い」

「バカがよ。どうせ人を好きになることが怖いんだろ」

「なんかロイ、いつも大事な時は鋭いよな」

「何年ルームメイトやってると思ってんだ」

「二ヶ月な」

「まじか!?まだ二ヶ月かよ!!きちぃ」


 ロイが不服そうに呟いた。


「とにかくオマエは大丈夫だ。ボクが言うんだから間違いねえ。ボクの家族はな、何も残さなかったけどこの命だけは繋いでくれた。それを与える側も、与えられる側も、愛を知らないと成し得ないことだとボクは思う」

「いい家族だったんだな」

「勿論だ。皆本当に馬鹿でさ、ボクの誕生日の前日なんか妹が黄色いリボンを……」


 暫くロイの思い出話に華を咲かせて、4人は入浴を楽しんだ。

 すぎてゆく時間の中で、各々の話をしていく。


 ロイの話、ネイの話、そしてマリードが実はアイドルオタクという話。

 こうして今度はコウキの番になった。


 切り出したのは、マリードだった。


「そういえばコウキは今日のオフは何をしたのだ?」

「えっ」


 かぽん。と言う音が響いた。


「今日か。今日はエリエリと居たよ」


 かぽん。と言う音がまた響いた。


「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」


 3人がまさかの人物の登場に、同時に驚きを見せる。


「ちょ、ま、オマエ!!どういう事だ!?」

「やるじゃないかコウキ!どう過ごしたんだ?」

「ふん!抜け目ないな!」


 各々が感想を述べる。もう話すしかないようだ。


「行きたいコーヒー屋があったんだよ」

「あのおっぱ――エリエリとか!?進みすぎじゃね!」

「いいや、目的はコーヒーだよ。1人で行けなくて」

「だとしても何故エリエリなんだよ他にいたろ!」

「話してみたかったんだよ」

「すけべバカ野郎がよ!話くらい学校でしろっての!」


 ロイがイジり半分、動揺半分で話してきた。

 おそらくテイナの事が頭に過ったのだろう。今回は理由がある為コウキはちゃんと話をする。


「俺たちってエリエリがいないと繋がってないと思わないか?」

「――、それは」

「ロイ、これはコウキが正しい」

「異論ないな」

「エリエリは体が弱いって言ってただろ?手術すんだって。俺たちの戦いは明日でも、エリエリの方は半年後かもしんない。恩返しがしたかったんだ。コーヒーが好きって言ってたから、喜ぶかと思って」


 かぽん。と言う音が再び響く。


「そういうのは皆でやればいいだろ!バカがよ!」

「そうだ、水くさいぞコウキ」

「それは思ったよ、でも思いついちゃった上に、今日は皆が予定あったの知ってたからさ」


 なるほど。と3人は落とし所を見つけた。

 しかし、ある程度察しのいいロイはもう少し深く切り込んだ。


「で、内容はどんな感じだったんだ?」

「街行ってコーヒー行って、ついでにぶらぶら遊んで帰ったよ。途中でキオラとミアとたまたま会って、お昼は4人で食べた。だからあの情報交換もできたかなって感じ」

「ふーん、まぁいいか。変化は無しって訳ね」

「…………」


 コウキは考えた。変化なら大いにある。

 名前で呼ばれてる上に話し方も違う。かと言って恋愛的な発展なし。

 でも肯定したら嘘になるだろうと確信する。


「変化はあったよ」


 かぽん。と言う音がまた響いた。


「…………どんなだ?」


 恐る恐るロイが聞く。


「俺が少年って呼ばれてるだろ?あれ無しになった」

「………………………へ?」

「考えてみてくれ、俺たちはいずれオジサンになるのにずっと少年は嫌だろ?というかもうすぐ青年」

「ま、まぁそうだけども…………」

「俺態度に出やすいから察してくれてたのかな?それを辞める提案をくれた。それだけだよ」


 コウキはなるべく事実を曲げないように、かと言って正確にしないよう伝えた。聞いたロイが「そ、そうかよ!」と答えた。


 うまくいった、そんな時だった。


「コウキは実際誰が好きなんだ?」

「え――、」


 ネイが聞いた時、かぽん。と言う音が重なった。

 ロイはここで何かを察してしまった。


「ば、ばかオマエ!こいつはさっき愛がわかんねーとかそういうような事言ってたんだぞ!だから考えたこともないはずだ!」

「ならば、あるという前提で考えて話すのならば誰だ?」


 何故かフォローし始めたロイに、悪意なく追撃するマリード。


「マリードの言う通りだ。テイナには好かれ、ミアには憧れを抱き、エリエリとは上手くデートしている。素晴らしいとは思うが各々深い進展や色恋沙汰はない。ならばそこからなんとか1人選ぶのなら誰なんだ?一応ライラも付けようか?」


「――、」


 コウキは出てきた名前を1人ずつ考えた。思考、長考。


 じっくり考えた答えを導き出す。


「俺は――――、」

「……コウキか?」


 コウキの言葉をギリギリでとどめたのは、親友だった。


「キオラか!?」

「あぁそうだ。クラスメイトも一緒なのか」

「そうだよ」


 突然のキオラの登場にコウキとロイは安堵し、ネイとマリードは聴きそびれる。しかし2人とも特に深い意味はなく聞いていた為、それ以上コウキを言及することはなかった。


「僕もだ。時期に全員来るだろう」

「そうか、キオラもクラスでか」


 そしてこの後のキオラの発言が男子たちへ衝撃をもたらす結果になることを、既に色々察したロイが予感する。


「あぁ、前夜祭をするついでにな。もうミアたちは先に風呂にいるはずだ。――すぐ隣は女湯だから、あまり騒ぐと怒られるぞ」


「「「…………え?」」」


 ロイが頭を抱え、他の3人は驚きの後に絶句する。

 この風呂には、7人揃って来ていたのだ。


「……俺たちの声、隣に聞こえてたのか?」


 王者のように騒いだ4人。

 賢者のように冷静にシャワーを浴びる。

 愚者のように直ぐその場を去った。



××××××××××××××××××××



 時は遡り女湯。


「広いね〜」

「そうだねぇいい湯だねぇ」

「久しぶりね」


 テイナ、エリエリ、ライラの三人が入浴場に到着。

 かぽん。と、何かが響く音が直ぐになった。

 

「え、ミアさん?」

「あ」


 音の方向を見れば、そこには湯浴みをするミアの姿があった。

 テイナの気付きと同時に、エリエリも存在に気付く。


「んおおミア氏、さっきぶり」

「テイナ、あとエリエリ……隣は知らない」

「この子はね、わたーしのクラスメイトのライラだよ!」

「ライラ」


 エリエリがライラを紹介。

 ミアが名前を呼ぶとライラは無言と真顔で軽くお辞儀をする。3人はバスタオルで体を包んでいるが、ミアは何もつけずに湯を浴びていた。


 隣からはロイの物凄い叫び声と湯飛沫の音、マリードやら男子の騒ぎ声が聞こえる。女子たちのあるあるみたいなものなので聞こえないフリをする。


「湯浴みだけ済まして先入っちゃおっか」

「賛成だぜぇ、そうしようぜぇ」

「ええ」

「わたしも、混ざってい?」


 ミアはやや早めに入浴しているのか、まだクラスの女子が来ないため3人の中に混ざることにした。女子トークに華を咲かせるのはミアも好きだったようだ。


 4人で早々に湯浴みを済まして湯船に浸かる。

 暖かい湯に肩まで沈めて、体の力が抜けていく。


「わーいおふろ!おっきい!最高じゃん〜」

「んあー超いい湯だ!なんぞこれ!」

「ふう」

「およぎたい」

「ミアさんダメだよ〜ただでさえ煩いんだから」


『我は!それなりに!デカい!』


 マリードのアホみたいな声は女風呂に確り響いた。


「ぬおおお!喧騒さえなければ……いい湯だった!」

「えってか、マリード君キャラ崩壊してない……?」

「なにがおおきいの?」

「ミアさーんそれもダメだよ〜」

「ミア氏、決まってるだろぉ?アレだよアレ!ちん――」

「はいダメ〜」


 ツッコミに徹するテイナがエリエリを湯に沈める。


「ぶはっ!?しっ、死を実感したぞぁ!」

「ごめーんエリエリさん!一瞬死んでもらおうかと」

「一瞬の死!?テイナそれ結構サイコパス!!」

「なにがおおきいの?」

「大きさは大切じゃないわ」


 繰り返すミアに突然ライラが不穏なことを言い出す。勿論それに一番びっくりしたテイナがあわあわと焦り出した。


「ライラさんそれはちょっと――ってか経験者!?」

「なんだぁテイナ、知らんのかい?ライラはヤリマ――」


 今度はライラに沈められたエリエリ。

 これは沈められていると言っていいのか。

 湯船の底にめり込んでる気がしてテイナは冷や汗を浮かべた。


「私は経験者ではないわ」

「ぶごごぉ!ぶごごごごごごごぉぉぉ!!」

「そっ、そうなんだ……びっくりした」

「ええ」

「ぶごぉ!ぶごごぉぉ!ぶごごごごごぉぉぉぉ……」

「そ、そろそろ出してあげないと死ぬんじゃないかな?」

「これ?」

「ぶくぶくぶくぶく…………ぶくぶく……ぶく…………」

「やりまってなに?」


 めちゃくちゃになった会話の流れに、ライラが溜息をつきながら手を離した。底から勢いよく出てきた、ピンク髪の巨乳。

 お化けみたいだ。


「ぶはぁ!ぜぇ、ぜぇ、じぬがどおもっだ」

「エリエリが悪いわ」

「私も……流石にちょっと言われたら嫌かも」

「ごべんよ〜!悪気はなかったんだよぉ!」

「もういいわ」

「やりまってなに?」

「そりゃあミア氏、ありがとうって意味――ぶごごぉ!」


 やはりライラに沈められるエリエリ。「ミアさん、もうそれ禁止」とテイナがまとめる。早めのギブアップをかけたエリエリをライラが解放すると、死にかけのピンクのお化け巨乳が湯から登場。


「ぜぇ、ぜひゅー。な゛にも、な゛がった」


 全員一旦無視しておいた。


 気を取り直して4人でゆっくりと浸かる。


「それにしても男の子げんきだね〜」

「んまぁ、年頃って感じだぜぇ」


 騒がしい音を聞きながら無言で温まっていると、その声は聞こえてきた。


『うおおおおおおおおおおおおおおおおお!』


「あ、こーき」

「えぇ、コーキまで騒いでるの……ちょっと可愛い」

「テイナちょい甘くねぇ?明らかに1番声おっきいぞぃ」

「えへへ」

「こーきは何しててもいい」

「ミア氏も様子おかしくねぇ?そんな感じ!?」

「ミアさんって、その……コーキのことどう思うの?」


 エリエリが道化に徹していると、テイナが突然切り出した。道化を演じる意味がほぼなくなった瞬間である。


「こーきは、大切」

「大切……?曖昧な回答?」

「うぉいテイナ!?斬り込みすぎではあらぬか」

「テイナはどう?」


 テイナの煽りにも動じず、変わらずマイペースなミアが逆に聞き返した。テイナの回答は決まっている。


「好きだよ」

「そ」


 安心したように笑って、以降は興味がなさそうだった。

 それがなんだかテイナには蟠りになってしまう。


「なんかアタシばっか本気になって馬鹿みたい……」

「いいこと」

「いやミアさんに言われても」

「こーきが幸せになるなら、それはいいこと」


 ミアは穏やかな顔でそう言った。

 テイナはその表情が余裕の一つに思えてしまう。


「――っ!……なんか負けた気分」

「どうして?」

「だってミアさん。気持ち伝えないのか考えてないのか分かんないけど、曖昧なままずるずるしてるじゃん」

「そう?」

「そうだよっ、なのに幸せを願うとか……アタシには分かんない。願うくらいなら叶えてあげたいと思えない?」


 恋愛だとか友達だとかを置いて、テイナの真っ直ぐな言葉はミアよりもエリエリの胸をチクチクと突いていった。


「それは、こーきを幸せにしたいってこと?」

「違う。好きだからこーきと幸せを作りたいの」


「幸せって、そばにいたら作れる?」

「――――、」


「幸せって、近くにいないとだめ?」

「それは――、」


「自分が幸せになりたいだけじゃない?」

「違うよ……」


「わたしには、みんなの恋の好きの気持ちわからない。それは触れて確かめる事ばかり。だからわからない。でも幸せの気持ちわかる。幸せは、そばにいなくても作れる」


 あくまで淡々と、説明するようにミアは言う。


「だから好きが分かるまで、こーきの近くにいる意味はない。こーきの幸せを願う。今のわたしはそれだけ」


 好きの基準や価値観でしかなく、テイナにとってそれは好きにも近い話だった。それでも本人が違うと言うならばこれ以上は平行線だと、テイナは根負けして黙った。

 

 4人の沈黙が続いて声だけが響いた。


『偶に自問自答するけど何もないんだ。別に重い話ってわけでも無い。ただ、家族そのものが何だか分からないってことは、愛が何なのか分からない、愛がないって事なのかなって』


 テイナはその言葉にミアの価値観を重ねてしまう。

 2人の価値観は、きっと異なるけど似ている。


 4人はただ、無言を貫いた。

 気まずいと言うよりも、男子の真面目な話の中でふざける気になれなかっただけだ。


『勿論だ。皆本当に馬鹿でさ、ボクの誕生日の前日なんか妹が黄色いリボンを……』


「一回シャワー浴びに行かない?」

「それさんせーい!」

「そうね」

「いく」


 ロイの雑談になってきたあたりで4人は一度シャワーを浴びる。湯船から上がり、横並びに座った。順番は左から右にエリエリ、テイナ、ミア、ライラと言う順番だ。


「テイナ、胸おおきい」

「えっ!?そ、そう?ミアさんもお母さん?大きいからそのうち膨らむよ!それに、エリエリさんの方が大きいし」

「んぇ!困ったからってわたーしにふるなよぉ!?」

「エリエリはおおきすぎ」

「なぁんか表現に悪意ない?ミア氏!美しさで言えばどう考えてもライラだよ!」

「……ライラ、たしかに」


 ライラは必要のない会話だと思いとりあえず無視した。

 そして、各々が体を洗う時にその声は聞こえてきた。


『そういえばコウキは今日のオフは何をしたのだ?』


 かぽん。と。エリエリが桶を滑らせた。

 頭を洗っているテイナがそれを見て「どうしたの?」と言いながら流す為に桶を取ろうとした。


『今日か。今日はエリエリと居たよ』


 かぽん。と、今度はテイナが桶を滑らした。


「………………………………え?」


『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?』


 男子3人の驚きの声が女湯にまで響く。


「エリエリさん」

「……………………」

「……どう言う事?」


 不安そうにテイナが覗く。エリエリは言葉に詰まった。

 なんとか振り絞ろうとして、頭が真っ白になる。それでも話さなければならないから言葉を頭で作り出した。


「たたた、たぶん!この話聞いてれば分かるぜよ?」


 人任せにするしかなかった。テイナもまた、目の前の人よりもコウキの話を聞く方が正しいと判断した。


『行きたいコーヒー屋があったんだよ』


『話してみたかったんだよ』


『俺たちってエリエリがいないと繋がってないと思わないか?』


「なるほど」


 そこまで聞いて、テイナはようやく理解した。

 それを見たエリエリが、罪悪感により謝罪する。


「言わなかった事はごめんだよ。今日の事は何故誘われたのか本当の意味で信じれなくて、思考停止しちゃってた」

「言ってる意味が遠増しでアタシにはよく分からないよ。何があったのかを知らないから。でもそこは大丈夫」


 エリエリ自身も何故誘われたのか本心では理解していない。


 見た目が変じゃないことくらい自分でも分かっていた。

 だから寄ってくる人だって居たし、あの時のプレゼントだってその場しのぎの取り繕いかもしれないと感じるほどには、コウキの行動の意味を信じきれていない。


 それはコウキの言葉足らずが原因であり、ふわふわ浮いて何を信じればいいのか分からない危うさに、変わりゆくエリエリが意図も理解せず乗っかった事による現実逃避。


 言葉や性格を変えてまで人と壁を作っているエリエリには、どこまでが本心で何を信じればいいのかが分からない。


 いっそここで、全て嘘だったと言って欲しいほどだ。


 しかしその時だった。


『エリエリは体が弱いって言ってただろ?手術すんだって。俺たちの戦いは明日でも、エリエリの方は半年後かもしんない。恩返しがしたかったんだ。コーヒーが好きって言ってたから、喜ぶかと思って』


「――――、」


 かぽん。と。

 桶をまた落としたエリエリが、両手で顔を隠して縮こまる。

 テイナがエリエリを見る。少女の頬は赤く染まり、目は少し泳いでいた。


 エリエリの心臓の鼓動が高鳴る。


 意味もなく、彼の笑顔が過ぎる。


 取り繕ってばかりの自分と本来の自分を、比較する事なくどっちも素敵だと言った真っ直ぐな瞳を思い出す。

 紐を解くように優しくもう1人の自分を引き出してくれる空気と、それを態々示唆しない優しさを回想する。


 人は嘘ばかり吐く。


 だから今回も、あらゆるコウキの台詞はただの言い訳だと思ってた自分がどこかにいる。何故なら隣にこんなに可愛い子が好意を持っていると彼は自覚してる。何かをプレゼントをするのも、そんな自分が好きなだけで人を振り回すような、どこにでも居る軽い人だと思っていた。


 私の顔が欲しいだけ、胸が欲しいだけ、その先の肉が欲しいだけ、心と言っても表面上の性格が欲しいだけ。周りよりも少し早く発育した彼女はそうやって歪んで相手を判断するようになっていた。


 それが今この瞬間。

 真っ直ぐな思いと言葉に思ってしまったことがある。


 ――もっとこの人に、本当の自分を見てもらいたい。


「…………だめだ」


 ――友達の私と異性の私、両方沢山知って欲しい。


 コウキの声が脳裏に反響する。


《恩返しがしたかったんだ。コーヒーが好きって言ってたから、喜ぶかと思って》


 心が爆発する。


「…………私、好きかもしれない」


 誰にも聞こえない声で絞り出した。

 故にテイナはその声を聞く事はできなかった。


 ただ蹲ったエリエリを見て、体調不良かと心配した。


「エリエリさん、大丈夫?」

「……うん。ごめん」


 エリエリはもう頭がパンクしていた。

 それでも返事をしたのは、テイナに変わったかもしれない想いをまだ報告していないからだ。それが凄く卑怯な事だと感じてしまっている。整理がつくまでは平常心で居ようと努力した。


『街行ってコーヒー行って、ついでにぶらぶら遊んで帰ったよ。途中でキオラとミアとたまたま会って、お昼は4人で食べた。だからあの情報交換もできたかなって感じ』


「あ、お兄ぃとミアさんも居たんだ」

「そうだね、途中で合流したよ」


 なるべく顔を上げようと髪を洗い始めるエリエリ。

 テイナも身体を洗いながら聞き耳を立てた。


『ふーん、まぁいいか。変化は無しって訳ね』


『変化はあったよ』


 かぽん。と言う音が響いた。もちろんテイナだ。

 ガクガクと雑な絵のように硬直しつつエリエリを見る。


「ほ、ほんと……?」

「えぇと……ごめん、ここは本当に分からないかも」


 それはエリエリの本心だ。

 恋愛的な発展はあの時はない。強いて言うなら、もしかしたら今なのかもしれないが……それを確かめるにはちゃんと時間が必要だった。


『俺が少年って呼ばれてるだろ?あれ無しになった』


「まって、もはやコーキが何言ってるか分からない」

「あはは……。らしいっちゃらしいけどね……」


「でもなんだかんだあれだね。そういう細かいことでも伝えちゃう分、コーキはやっぱり優しいし、普通に気は多いタイプ。やっぱ女泣かせって感じ」

「そうなんだ……」


 いまのエリエリには、それを否定も肯定もする権利はなかった。その為返事を流していると、テイナが言葉を続ける。


「エリエリさん。アタシね、最終的には2人がどうだったかはどうでもいいよ。最初にショックは受けるけど。コーキは魅力的だから、もしかしたらもう好きだったりしそうってくらいに思ってる。彼女じゃないし止める権利もない。打ち明けなくったって構わない。アタシはアタシだから」

「……………………うん」


 2人の会話に「全然良さが分からん」と呟いたライラを、興味深そうにミアが覗いている。2人はもうそろそろ洗い終わりそうだった。


「でも、1番嫌なのはエリエリさんとの仲が悪くなること。ライバルになったとしても、アタシはエリエリさんは好きだと思うから」

「…………ありがとう」

「うん!」


 複雑な表情のあと、首を振ってエリエリが柔らかな笑顔を作った。強くあろうとするテイナに甘えるその形も、彼女にとって今日だけは救いだった。すぐにテイナも笑って返した。

 

 ライラは細く張った糸のように、いつ切れるかも分からない2人の関係に内心では警戒していたが杞憂だったようだ。


「女の1人も安心させられないなんて」

「えへへ、アタシが盲目なんだよライラさん」

「やっぱり、彼はモテないわ」

「ライラ、こーきすき?」

「好きじゃないわ」

「あはは、ライラさん男の子だったら超モテそう」

「ライラはこう見えて超優しいかんねぇ」


 呆れるライラを見たテイナが少し笑う。

 結果、4人は仲良くまとまった。身体を洗い終え帰ろうと桶を持ち立ち上がる。

 脱衣所へ向かおうとした矢先。


『コウキは実際誰が好きなんだ?』


 かぽん。と重なる音。

 全員の桶が同時に落ちた瞬間だった。


 エリエリはやっと切替できそうな心がギュッとなる。

 テイナは聞きたくて仕方ないのに緊張で硬直する。

 ミアは自分もやってみたいと思って落としただけだ。

 ライラは男の馬鹿さ加減に絶望と怒りを覚えていた。


『――あるという前提で考えて話すのならば誰だ?』


 タオルを巻くのも忘れて、その場で立ち尽くす4人。

 せっかくまとまりそうだったのにと、ライラが頭を抱えそうになる。エリエリは動揺し、テイナは顔を赤く染めながら驚く。ミアは寒いから早く戻りたかった。


『1人選ぶのなら誰なんだ?一応ライラも付けようか?』


「ついでみたいに私を入れるな」

「一応はいってるみたい」

「4人とも馬鹿」

「おとこ、くだらないって本に書いてあった」


 ライラとミアがやりとりしているが、もうテイナの耳には聞こえていなかった。この瞬間の男湯の沈黙が続くたびに心臓の鼓動が煩くなる。ぎゅっと締められる感覚があった。


『俺は――、』


 ――――来る。


『……コウキか?』


「「…………………………………………あっ」」


 テイナとエリエリが、同時に呆けた声を出した。

 空気が読めないのか読めすぎるのか分からない馬鹿兄貴の声がする。少しでも聞き耳を立てていた、期待してしまった自分を恥ずかしくなりながらもテイナは怒りの方が勝った。


 一方ライラは続きが来ない事に安心している。

 この流れならもう何かが起こる事は無いだろう。


『あぁ、前夜祭をするついでにな。もうミアたちは先に風呂にいるはずだ。――すぐ隣は女湯だから、あまり騒ぐと怒られるぞ』


 こうして、女湯騒動は幕を閉じる事になる。


『……俺たちの声、隣に聞こえてたのか?』


 俯くテイナが、心底悔しそうに桶を拾った。


「――馬鹿お兄ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」


 高く高く、もっと高く。

 仕切りの向こう側にある男湯へ桶を投げたのだった。


 4人は早々に脱衣所へ行く。


『あれ、上から星がふっ――ぶごぉぉッ!?』


 投げた桶はキオラではなくロイに直撃。

 こうして大浴場星屑着弾事件は幕を閉じた。



××××××××××××××××××××



 共同施設には旅館が併設されている。

 これらは申請さえ済ませば借りることができた。

 だが審査はある程度厳しく中々通らないのが現状だ。


 今回借りる事が出来たのは他でも無い。ここには明日のデスフラッグに参加するノアール一学年の特別生が集結していて、翌日は試験日だったためだ。


 襖と畳、敷かれた布団が広がる大部屋の中心。

 浴衣姿のコウキたちは包帯を片手に作業中だ。

 

「ひぁふぇいひえ」


 顔がボコボコになったロイを3人の男たちが治療中。

 治癒魔法がある世界で包帯はあまり必要ない。しかし面白いので意味もなくコウキはぐるぐる巻きにした。ロイは馬鹿だから、治療熱心なコウキに感謝している。


「おまたせ〜」

「いやはや女子部屋と比較すると味気ないねぇ男子部屋」


 テイナ、エリエリ、ライラの3人が浴衣姿で入室してきた。旅館は男子部屋と女子部屋で分かれているものの、こういう時はその意味を成さない。


「――ってロイ君!?どしたのその顔!!」

「ふぁふぁえおひあ、ふっふぇひはんは」

「流れ星が降ってきたらしい。先陣切って人工衛星の墜落みたいに飛び込んでたから、自分に返ってきたっぽい」

「な、なにそれ…………」

「コウキ。どう見てもあれは風呂桶だったと思うぞ」


「「「あ」」」


 女たち3人が何かを確信した。

 コウキとネイが疑問を浮かべるが、その話がこれ以上続く事は無い。


「ネイとコウキ。そろそろロイが窒息死する」

「――あ」


 マリードがそう言うと包帯を撒き続けていた2人がロイの首や口までぐるぐる巻きにしている事に気付く。慌てて解くが既に気絶していた。


「安らかに、ロイ」

「――殺すな!?ボクは死んでねぇぞ!」


 手を合わせるコウキ。すぐにロイが目覚めて指摘した。

 完全復活したようで「お泊まりだぁぁぁ!」等と叫んでいる。


「ふっふっふっ。みなみなさま、早めに夕飯食べて集合したからお腹空いてるんじゃなぁい?わたーしお菓子買ってきたぜぇ?いるだろ、なあなあ?」

「うおおおおぉぉエリエリナイス!頂くぜ!」


 エリエリがニヤニヤしながら両手いっぱいの袋を部屋の真ん中に置いた。部屋中を走り回るロイが駆け寄って袋を開ける。


「床で食べるの?アタシテーブル持ってくるよ!」

「いいんだよテイナ。こういうのはお行儀悪いから楽しいんだ」


 コウキがはしゃぐロイとエリエリを見ながら言う。


「えっ全然分かんない」

「我も同感だ。コウキは突然この類のマナーに欠ける」

「非常識」


 テイナ、マリード、ライラの常識組がそう言った。


「ライラ、良いのではないか?私はコウキに賛成しよう」

「好きにしたら。私は食べない」


 中立だったネイが味方についた。

 散らばった箱からお菓子を取り出したコウキが言う。


「なんで食べないんだ?やっぱり床は苦手かな」

「違うわ」

「え、じゃあ何だよ。食べなよ美味いぞ」


 チョコレートで包まれた一口サイズのスポンジケーキをライラに差し出した。

 通称チョコピエだ。ライラがそれを一度見るが特に受け取る様子はない。


「行儀悪くて怒ってるのか?」

「違うわ」

「ふーん。チョコピエ超美味いのに」


 コウキはいまいち分からないと思ったが、それ以上押し付けるのも変なので差し出したチョコピエを自分の口に運んだ。


 ライラが一瞬その光景を栗色の瞳で見た気がした。

 切ない視線に何事かとコウキが見つめると、ライラはそっぽを向いて目を逸らす。


「………………………………太るから」

「へ?」


 コウキが間抜けな声を出す。


「…………」

「なるほど!それは失礼したライラ!」


 ネイが「私たちの配慮が足りなかったようだ!」とハッキリ伝えるが、それも無視してライラは知らんぷりする。コウキからするとライラは凄く大人に見えていたので、同じ年の子が言いそうな所作やセリフが新鮮だった。


「ライラ、女の子っぽい一面もあるんだな」

「貴方が言うとキモいわ」

「えっ……ショックだ」


 真っ直ぐ突き放されてちょっと落ち込んでいると、近くでマリードと話をしていたテイナがコウキを見る。


「あーコーキ!また女の子に失礼な事してるの〜?」

「いやいやいや、俺はただチョコピエを」

「済まないテイナ、私たちがデリカシーのない行いをした!」

「おいネイややこしいこと言うな」

「キモいわ」

「ほらなんかライラさん怒ってんじゃん!!」


 奥の方ではロイとエリエリがお菓子を持って変な踊りをしていたり、その光景を見てマリードが呆れていたりした。賑やかな時間が男子部屋を包み込む。


 しばらくすると、少し遠くでロイといたエリエリがどたどたと走ってきて、コウキに変な形のスナック菓子を突き出した。


「コウキコウキ!見て、このお菓子カエルっぽい!」

「好きだなカエルの話」

「――、」


 初めてエリエリがコウキを名前呼びした姿を見た5人。

 その中で、思ったよりも破壊力を感じたのはテイナだ。

 だが何も言わずにすぐ切り替えようとする。各々は周りの人たちと会話を続けて、一瞬驚きを見せた全体の空気は元に戻った。


 直に慣れる話だろうが、この日だけは新鮮だ。


「こっちは本物と違って美味しそうだよね!」

「本物の、しかも生のカエルの味を知ってるのは多分エリエリくらいだけどな」

「あはは。生きてる年月が違うんだよ!」

「同じ歳だけどな」


 にっこりと楽しそうに笑うエリエリにいつも通りのテンションでツッコミを入れる。カエルの話に飽きたのか早々に戻って、踊りを続けているロイに参加していた。


「明日は不安か?」


 隣にいたネイがコウキに話す。

 近くにいたテイナとライラも参加するようにコウキを見た。マリードは何故か分からないが踊りに加わっていた。アイツ踊れるのか、とコウキが思う。


「んー、でも今となっては楽しみの方が大きいな」

「アタシも!なんか全国放送?されるみたいだよ」

「思ったより規模が大きいんだよね確か」

「その通りだコウキ。戦地にも映像モノリスは配置されていて有数の騎士たちも見ているかも知れない」

「へぇ」

「メイクちゃんとしなくちゃ」

「テイナ、種目変わってないかそれ」


 3人が話をする光景を見ながら、ライラは美味しそうなお菓子も視界の端に入れた。見るだけなら太らないのでせめて目で楽しもうとしている。


 そんなこんなで時間は過ぎて行き、気がつけば座っているライラの周りを6人がくるっと囲んで盆踊りをしていた。ライラは非常に不愉快そうだが、笑顔ではしゃぐ6人に何も言えない。

 実に奇妙な光景だ。


 その後はカードゲームをしたり、じゃんけん勝負の一発芸をしたり、ボードゲームで遊んだり歌ったり、時には組み手や枕投げなんかをして過ごし、前日の夜を謳歌した。最も14歳らしい過ごし方と言っていいだろう。


「はぁ、はぁ……疲れたもう動けない……」


 ロイと枕投げを終えたコウキが呟いた。

 今は床一面に敷いた布団に7人が雑に寝転がり天井を見上げている。


 各々掛け布団をお腹に敷いたり、下敷きにしたりしていた。丁寧に肩から爪先まできっちりかけているのはマリードとライラだ。性格が出ている。


「あーたのしかったぁ」

「テイナ、お歌が上手だったねぇ」

「エリエリさんはカードゲーム強すぎだよ〜」


「私はボードゲームには自信があったのだが……ライラに負けるとは。流石だ」

「貴方あれで自信あったの」


「ふん。我の芸に笑わぬ貴殿らの理解の無さは以上だ」

「おいおいマリード。あの芋虫の進化とかいうネタは高度すぎると思うぞ。マジでなんだったんだあれ」


 今日のマリードのキャラ崩壊は異常だった。しかし、コウキが見ていたマリードが全てではないのだろう。色々な一面が見えて良かったと結論付けた。


「結局、新しい情報で危機感持ったから集まったけど。ボクたち遊んでるだけじゃねぇ?」

「ロイ、良いではないか。正直私はこういった時間を過ごすのは初めてだ。少なからず無駄ではないと感じる」

「ネイ君って意外に楽しむタイプだよね〜。あんまり興味ないのかなって思ってた」

「おいおぃテイナ、それを言うならマリード氏だぜぃ?」

「我は協調性を重んじるタイプなのだ」

「芋虫の進化が?」


 コウキのツッコミで全員の笑い声が響く。

 夜も更けてきてそろそろ眠りにつく時間帯だった。


「灯り消すか……。テイナたちはどうするんだ?」

「んー、来る前に話してたんだけど今日はここで寝る」


 コウキは隣にいるテイナに話かけて、テイナは天井を見上げながらそう言った。意外だな、とコウキは思いながら口にはしなかった。


「ロイ〜発光石消してくれ〜」

「なんでボクなんだよ?オマエの方が近いだろ!」

「主催だろ、今日の。あと先陣じゃん、星屑の」

「ったく、何なんだよもう」


 ちょっと怒りながらもロイは灯りを消す。

 天上に吊るされた魔法石である発光石に触れ、部屋は瞬時に真っ暗になった。


 各々が頭の方を中心に合わせる形で、コウキから右回りにテイナ、エリエリ、ライラ、マリード、ネイ、ロイという順番で横になっている。


「……明日が終われば、パーティも解散だな」


 しばらくして暗闇の中、ふとコウキが呟いた。

 全員が静かになったがロイが起きている事を自覚していた。そのため、ロイに一度話しかけた。


「オマエまた悲観的な事言ってんのか」


 ロイが周りを起こさぬよう普段よりも小さな声で言う。

 だが、全員しっかり起きていたし聞こえていた。


 2人は気付かないまま話をする。


「いいや、違うよ。今日を噛み締めたくて言ったんだ」

「そんなもん、明日も似たような事したらいい」

「明日終われば機会は減る。今日は今日しかないだろ」


 コウキは声色がネガティブにならないよう話した。


「俺は今日、自分のやりたい事して朝から幸せだった」

「そうかよ」


 エリエリの布団を持つ手が強くなる。


「それで終わると思ったら、またこんなに楽しい今だ」

「ああそうだな」


 マリードとネイが静かに笑う。


「大人だと思ってたライラの変な一面も見たしな」

「しらねー」


 余計なお世話だとライラは思った。


「キッカケをくれたのはロイ、お前だよ。ありがとう」

「きもちわりぃな」


 バカがよ、とロイが呟いた。


「凄く幸せだ。本当に、凄く幸せな一日だ」

「……言ってろ」


 ロイがコウキに背を向ける。

 愛する家族を思い出して年相応に感極まった。

 家族の愛とコウキの言葉が重なる。

 心から幸せな気持ちになる自分を隠すよう目を閉じた。


「俺たちは似てるって勝手に思ってる。その……家族がいないロイと、家族を知らない俺、みたいな。俺は多分寂しさから、今仲間に囲まれて幸せなのかもしれない。家族ってこんな感じなのかな?」

「……………………」


「こうやって幸福に思う時、きっとロイも幸せなんじゃないかなって思ってる……いや、違うな。そう思いたい。お前も嬉しくないか?こんな仲間に出会えて」

「……………………」


「俺は明日――、絶対に勝ちたい。この仲間と勝利を共有したい。そして1番強くなりたい。いつかミアを超えるくらい強くなって、家族みたいな仲間を守れるようになりたい」

「……………………」


「変なこと話すぎたね。寝るよ」

「……………………」


 ロイは長ったらしく話をするコウキが馬鹿だと思った。そう思いながら、心の奥で願う言葉があった。


 ――ぱぱ、まま、そしてモナ。


 ――どうかコイツを、勝利に導いてくれ。


「……………………バカがよ」


 ロイの声は誰にも聞こえない。それでいいと思ったのは、ロイ自身が聞いたからに他ならない。


 いつだって1番バカなのは――、


 ――そして深夜。

 寝静まった頃にテイナは目を開ける。

 コウキの寝顔を隣で見て、ロイとの会話を思い出す。


 支えてあげたくなる胸の内とその権利のない自分に様々な感情を抱いていた。何故か大浴場でのミアの言葉も反響して、モヤモヤした気持ちが生まれる。


 自分にできること、それは本来無条件に与える事だ。

 見返りを求めない事が愛なのかも知れない。

 でもテイナはコウキに恋をしている自覚がある。


「コウキ…………寝た?」


 小さな声で語りかけるが返事はない。


 静かな息遣いを感じて、そっと手を伸ばす。


 コウキの幸せを願うならきっと自分はこんなに近くに居なくたっていい。ミアの言葉は正しかった。きっとミアはコウキを愛している。だがテイナはコウキに恋している。そこに愛があるのかをまだ知らない。


 だから、寝ている手をそっと握る。


「ごめん。それでも私は貴方が好きなの」


 15歳の少女にはこの感情を噛み砕けなかった。


 目を閉じる。

 コウキの手の温もりを感じながら、深く深く眠った。


「――――、」


 コウキは手の感触とテイナの言葉をそのままにする。

 握った手は、繋いだ手になることはない。


 それでも少女の幸せを願いながら。

 ようやく眠りについた。



××××××××××××××××××××



「おはよう」


 そして朝はやってきた。


 目を覚ました7人全員がいる。

 寝癖もそのままに、立ち上がって輪になる。


「今日の為にここまでやって来た」


 コウキが6人全員を1人ずつ見て話をする。


「自分と……仲間を信じよう」


 右手を伸ばす。

 6人が1人ずつ、その手を重ねる。


 見届けたコウキは大きく息を吸う。


「絶対に――――、勝つッッッッッッッッ!!!」


 大一番の叫び声と共に、全員が応じた。


 其々が準備のために動き出す。決戦の日、ノアールパーティの覚悟か決まった。


「絶対の、絶対だ」


 そう呟いてコウキは旅館を後にする。

 錯綜迷宮デリオロスゲートの攻略が今、始まる。



序章『錯綜迷宮選抜編』 終了


××××××××××××××××××××





あとがき

こんにちは、神里です。

序章終わりました。


準備段階でストーリー進んでないんじゃない?と思いながら執筆した序章です。そして私も14歳のような恋がしたいです。内容については短編小説予定だった話を沢山繋げて作っています。読み切り感ちょっと残りますが、一章デスフラッグ編の準備ができたのではないかと思っています。ここからはストーリーが暗くなります。不穏ですが頑張ります。


評価やいいねフォロー等、励みになります。

引き続きご挨拶にもいきます。仲良くしてください。


次回、一章『デスフラッグ編』です。


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