第14話 「黄昏色のワンピース」



 デスフラッグ前日の朝。

 まだ陽も上らないが気温は比較的暖かい。コウキはロイを起こさないようにそっと起きて身支度を済ませる。ロイは入眠は浅いが目覚めの方は言うほど浅くない。それでも物音を立てない理由があった。


「毎週のように妹の名前寝言で呟いてちゃ、こっちも繊細になるよなあ」


 ぼやきながらロイの寝顔を見る。実に幸せそうで羨ましい。


「最初ロイは俺のこと、家族が生きてるかもしれないからいいって言ったけど……俺からしたらロイのずっと覚えてられる記憶がある事も羨ましいよ」


 ほとんど聞こえない声で呟く。

 普段は言い合えない小っ恥ずかしい事をコウキは隙を見て寝ているロイに伝えている。意味は特にないが、感謝や尊敬の念を相手に伝えなければ気が済まない性格だ。ロイの場合は、対話中にその流れが来ないから睡眠時に話している。


「まぁ寝てる人に話しかけるの、良くないらしいけどな」


 ちょっと笑いながら顔を洗って着替えまでを済ました。

 しかし、着替えるのは制服ではない。薄手のニット一枚にスラックス。一応ジャケットとアクセサリーを見に纏った。……そう、私服である。


 ――今日は珍しくオフの日だった。


『前日だけは何もせぬ。貴殿のしたい事をせよ』


 とは、修行をつけてもらっているマリードの言葉だ。

 前日の修行が良くないと言う話ではなく合間に挟む回復のタイミングを前日に持っていっただけらしい。


 コウキは久々のオフには予定を詰めてみたくて、何だか張りきって早朝はエリエリと散歩する事にした。


 寮を出て広場へ向かうと、私服姿のエリエリが待っているのを確認する。……確認はしたのだが実は私服姿の女子生徒と歩くのは初めての経験だ。過去は知らないが、この二ヶ月くらいでは初めてだ。


「――、」


 エリエリはなんと白いワンピースを着ている。

 これはギャップだ。キャラ的にはボーイッシュでラフなスタイルでくるのかと思っていた。ガラス張りの寮から姿を確認しながらなるべく早足でエリエリの方に向かっていく。


「ごめん。待たせた」

「ほえ〜!あんま待ってないぞぃ少年」


 振り返ったエリエリはラズベリーの様な甘酸っぱくも深みのあるやや重たい香りがした。おそらく香水で、これも意外だった。


「好きな匂いだ」

「おいおいぃ邂逅一番、私服より匂いを褒めてくるとこにぃ、変態っぽさが滲みまくってるぜぇ?」

「あ、ごめん。そうじゃなくて……私服でギャップがあるのに、香りでもよりギャップを感じると言うか」

「わたーしなんか香水つけなさそうだもんね☆」


 ちょっと自虐しながらエリエリが言うと、コウキは全くそのつもりがなかったため真剣に返した。


「いや違う……本来白いワンピースってジャスミンとか想像するじゃん。だけどベリー系みたいな香りだったから印象的、みたいな」

「あー少年、もし口説こうとしてる?」

「何でそうなるんだよ!」


「いやいやあはは。実はさ実はさ、わたーし香水大好きでこれは最近のお気に入りなのだよ!清楚系と合わせるとなんかパンチあっていいだろう!?そそるだろう!?なあなあ!」


 一言ずつ言いながら近づいてくるエリエリが、最後は耳元で「そそるよなぁ?」と言ってきてコウキは何だか震えた。その通りではあるがあまりにもオッサンな言い回しだ。


「とにかく!ちょっといいなと思っただけだ!俺も香水に限らず香りを楽しむのは好きだから」

「言っちゃえよ〜ハッキリ匂いフェチですって言っちゃえYo〜!」

「あぁうるさいな!行くぞ!!」

「ケッ、イケズー」


 その場での会話はやめて近くの街まで散歩する事にした。

 パーソナルスペースがバグってるエリエリと向かい合ってると、いつの間にか急接近してるからである。


 それに今日はワンピースとはいえ襟ぐりが広く、大きめの白いカーディガンで二の腕を隠していても谷間は出来ている。恋愛のレの字も知らない思春期には刺激が強すぎた。


「なぁ少年よ」

「何だ」

「テイナと何かあったのかね」

「どうしてそう思う」


 歩きながら左側にいるエリエリが聞いてきて、コウキは横目で淡々と返事した。

 背丈が近いとはいえ華奢だ。

 身長差が大きくある様に錯覚してしまう。


「いやぁ〜久しぶりのオフだろう?何でわたーしなのかなと」

「うーん。俺とテイナの関係はテイナから聞いてるか?」

「体の関係、と」

「なッ――おおおおお前何言ってんの!?」

「うそぴょーん」

「怖いよ!嘘でもアウトだろッ!」


 コウキが絵に描いたように吃る。

 大慌てで顔を真っ赤にしているが、エリエリは大して気にもせず落ち着いた様子だ。ハイテンションじゃない分、逆に怖い。


「友達だから聞いてても言わないよーん。あぁでも、側から見てテイナがちょっと興味示してるのがわかるかなぁん」


 これはエリエリの配慮だ。

 実際はテイナがコウキを好きで、コウキが断りながらもちゃんと切れてない事を知っている。


「ならまぁ俺も詳しくは言わないけどさ。なんかオフの日に誘うってだけでもテイナはすごく張り切ってくれる気がするんだ」

「それ、他の女の子の前で言わないほーがいいよん」

「そ、そうなのか?」


「少なからず疎いわたーしも、別に恋愛感情とか置いといてそれなりに準備してここにいるけど?」

「あぁ、そうか。確かに……そう捉えられるよな」

「少年、君モテないでしょ☆」


 ライラに引き続き、エリエリまでもが断言した。

 何だろう。やっぱどんな相手でもショックだった。


「モテた方がいいのかなぁ」

「それはどっちでもいいんじゃね?――あぁそれと、テイナが張り切るから気を使っちゃってそっちは気軽に誘えなかったっていう少年の考えも理解してるケロ」


「えっ……分かっててくれてて、尚追撃したのか……?」

「それとこれとは別。要は伝え方がぶきっちょなんよ。知ってるぜ、少年が別に他の子を蔑ろにしない事も、わたーしとサシで話してみたかったってこともねぇ〜」


 つまり、とエリエリは言葉を繋げる。


「異性には本音と建前を使い分けろってね。本心を心で伝えながらも、言葉の上では遠回しにすると良いのだよ。時にはストレートも大事だぜ?でもこう言う日くらい、美しい言葉で踊らせてくれても構わないぜ?」


 コウキは、エリエリの言いたいことがなんとなく分かった気がした。自分に足りないアプローチやデリカシーの部分を示唆してくれたようだ。


「――やり直す!さっきの無し!」

「んお!忍法ただの揉み消し!?どっから行けばいい!」

「久しぶりのオフだろう?からどうぞ!」


 コウキがはぐらかしてエリエリを煽る。

 エリエリはちょっと面白くなってきたのか、楽しそうに同じ会話を続けた。


「いやぁ〜久しぶりのオフだろう?何でわたーしなのかなと」

「今日はエリエリと話してみたかったんだよ。テイナとのことは、プライバシーも考えて話すつもりはないかな」

「ほえー、プライバシー。ただならぬ何か?」

「何でそっち深掘り姿勢なんだよ!エリエリの話の方いけや!あとやましい関係じゃない」

「そなのね〜まぁいーけど」


 エリエリはごく自然に話を戻してみせた。まるでなかった事かのようだ。

 凄いことだなとコウキは感心しつつ、話を続ける。


「白いワンピースってやっぱなんか良いよな」

「まぁた変態さんの小汚え性癖のお話かい?好物☆」

「いいやそう言うのじゃなく!心の底から似合ってるよ」

「口説いてるのかい?」

「うん好き」

「え!?ちょまっっっっ!!」

「うそ」


 驚くエリエリを見て満足するコウキ。

 これでさっきの仕返しはできた上に、エリエリの変な顔も見れて最高だ。ニコニコしながら歩く大地の香りを存分に楽しむ。空気がうまい。


「趣味が悪いぜ!そりゃさっきからかったケドさ、あれは下ネタの方の話でそう言うのはド直球すぎると思うねぇ!お姉さん的には!」

「時にはストレートも大事ってお姉さんに教わりました」

「くこおおお!?揚げ足取りやがってばっきゃろ」


 このこの、とエリエリが思ったより強いパンチを左腕にぶつけてくる。

 想像以上に痛い。痣くらいにはなりそうだ。


「ところでこれぁどこ向かってるんだい?」

「…………」

「どこ行くかねぇ、まだ朝は早いしなぁ」

「…………」

「ん?おーい少年?」

「…………」


 話を無視しながらひたすら歩く姿を見て、エリエリがコウキの顔を覗き込んだ。目があったコウキは、ジッとエリエリの瞳を見つめる。


「なっ、何だよ少年ょ」

「…………」

「んぇ?まじで何!あんま見られると変!」

「…………」

「ちょっと、聞いてる?」

「あ、出た」


「えっ、何なの?私何かした?」

「それ」

「だからどうしたの?」

「エリエリは相手の様子が自分よりおかしかったら話し方が普通の女の子になる説……立証」

「――ッ!ばっ、ばっきゃろッッッ!」


 ボコォ!と。その日大一番の超打撃がコウキの鳩尾にジャストミート。気絶しそうな意識を戻し、膝はつくまいとふらつく足で堪えた。


「ふごっ、ご、ごめ、ん…………」

「揶揄うのもいいかげんにしろってんだい!ばか!」

「いや、なんかたまにエリエリって癖がない話し方するから……引き出してみようと思って変人装った」

「変すぎるわ!と言うかなんかしたかと不安に思うやろがい!ばかちんが!」


 もう一度ゲンコツを頭頂部にくらう。

 おまけにしては痛そうだった。


「エリエリはさ、めちゃくちゃ気遣いできるじゃん。俺そんなところが凄く好きなんだけどちょっと心配なんだよ」

「おまっ、また口説いてるのかい?流石に引くぞ」

「いや、この好きは人としてだよ。心配なのも、普通に話せる子なのに周りのこと考えて無理してたらどうしようって考える時がある」

「それは……」

「でも何するのもエリエリの自由だよな。邪魔して悪い」

「別に邪魔とかじゃねーぜよ!」

「どっちのエリエリでも素敵だよ、いつもありがとう」

「――、」


 エリエリが一度言葉につまった。

 何度か声が漏れそうになるのを止めてそっと仕舞う。


「君は、モテない上に人を困らせるのが得意な様だな。ばかめ」

「性分だ。非モテの戯言と思えばいい」

「改善しろや」

「今からモテ男になって人を安心させるのが得意になれと?人生三つあっても足りないぞ」

「そー言う理屈っぽいとこも治せ!アホ!」


 どうやら色々と治さなければいけないらしい。

 一旦置いといて、コウキは街についた事を知らせる。


「もう20分経ったのかぁ、早くてびっくりだぜ少年」

「美女といると時間経過が早いらしいよ」

「それ使う方逆じゃね?常考」


 周りを見ると、よくある呉服店から出店、武器屋からカフェ等がたくさん並ぶ街についた。時刻は早朝。やっと日が昇ったくらいの時間だ。


「店なぁーんもやってないねん」

「こっちいこうぜ」


 エリエリの言葉にコウキが指を刺して方向を示す。


「んぉ、そっち行くのかい?入り口付近の方が店御多そうだけど」

「いいからいいから」


 先を行くコウキが「こいよ」と手を招いてエリエリを呼んだ。エリエリはちょっと早足でコウキについていく。


「ふおー、なんぞここ?図書館?」

「外見はそう見えるよな」

「いやどう見ても図書館ぞ少年!入り口も看板もあるし!」


 到着したのは大きな石作りの建物だった。

 正面入り口のガラスから店内を覗くと大きな空間に書物が並んでいる。図書館はまだやっていないようで、看板にはクローズドの文字が記されていた。


「まだ朝早いからやってないし、わたーし全然他のところ探すぜぇ?」

「いいのいいの、こっちこっち」


 コウキはそれでもエリエリを誘導する。

 入り口の外から建物をぐるっと回り、反対側の裏口まで回った。

 小さめの木製の扉がそこにはあった。


「ここ図書館のスタッフ入り口とかじゃないかね?もし少年、ヤバいことしようとしてる?」

「到着!――入るぞ」

「えぇぇぇぇぇ!?」


 面白そうに笑うコウキが、驚くエリエリの手を引く。

 木製の扉を開けた。


「おぉ……」

「――っ!!」


 そこに広がったのは図書館ではなかった。


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」


 床、壁、机、椅子、カウンター。全てが深いブラウンの木製で作られ、暖色の薄明かりとジャズピアノのレコードが流れるノスタルジックな空間が2人を魅了した。


 店内にまだ人影はなく、オープン準備後の落ち着いた雰囲気が漂う。髪をオールバックにしたスーツ姿のマスターはイケてるオジサンだ。そして何よりも鼻腔を刺激する香ばしい香り。ここは――、


「コーヒーだぁぁぁぁ!!」


 目を輝かせて飛び跳ねるエリエリを見てコウキは満足気だった。既にご満悦の少女は桃色の髪を左右に揺らしながら喜びを表現している。

 空いてる席――それも、一番店内が見える角の席に向かいながらコウキが言う。


「所謂、隠れ家純喫茶って奴らしい」

「少年!ありきたりなカフェを避けてオシャレさんかよ!」


 小馬鹿にしながら席に着くエリエリ。

 とは言ってもコウキの10倍くらい嬉しそうである。目から粒子が飛ぶ勢いで、カウンターや壁に並んだ世界各国の豆を眺めている。


「違うんだよ。俺も最近コーヒーが好きで、初めて会った時に趣味がコーヒーって言ってたじゃん?だからエリエリと来たかったんだよ」

「うぉい少年、そんな事覚えてたのかい?やるじゃねぇか!――ってか、散歩だけって言ってたのに!!」

「実はこっちが本命だ。隠しててごめん、驚かせたくて」

「いやはやここ数ヶ月でいっちばんテンション上がってるよ!最高か!?」


 メニューを見ながらわくわくが止まらないエリエリ。

 実はコウキは昨日の段階でここに来ようと決めていた。

 一ヶ月前にテイナたちといる際に新聞で存在を知り、早朝からやっていてコウキの生活リズムにも合う店だった。


 しかし敷居が高そうで一人で行くのを決めかねていた矢先、エリエリとの会話を思い出して行こうと決断したのだ。


「少年少年!見てくれ、これエクスチャードマリンだよ!」

「ほぇ〜なにそれ」

「隣国のクオリス王国、標高の高いエクスチャード地方で獲れる珍しい豆だよ!なんかね、深くて広い味わいが膨大な海のようって理由でマリンらしいんだよ」

「なんかロマンがあるな。珍しいのか?」

「凄く!最近は気候変動で育てるのが難しいから数が限られる上に、一部地域では戦争が続いていて輸入量が減ってるの!!」


 純粋に楽しんでいるエリエリがコウキの目には新鮮に映った。

 その姿を見てイケおじマスターが優しく微笑む。


「なら俺はそれ飲んでみよう」

「えっ!でも高いよ!?お値段3倍近くする!!」

「いいのいいの、俺なんかに良さがわかるのかは不明だけど……こう言う時くらいしか飲めないし」

「太っ腹だ〜私はあえて二番ブレンドにしようかな」

「二番ブレンド……?」

「魔法の言葉。何事も二番が大切。なんとなくお店の方向性わかりそう」


 そんなこんなで注文が決まり、マスターにオーダーする。

 本来はグラインド……所謂豆の挽き方を選べたり、高い豆に関しては時間さえおけば焙煎を深煎りか浅煎りかまで選択できるほど拘りを反映できる店だ。


 しかし長年接客をしてきたプロは野暮な事を聞かない。「全ておすすめでお作りしますね」とだけ笑顔で言ってコーヒーを作り始める。


「楽しみだね!」

「そうだな」

「どうしたの?ちょっと私のこと見てニヤニヤしてない?」

「なんでもないよ」


 コウキもまた、話し方が“普通”になったエリエリに野暮なことは聞かなかった。


「お待たせしました」


 数分後にコーヒーとお水がやってきた。

 美しい花柄のお皿、唐草模様のカップが印象的で、テーブルに置かれた途端心地よい香りが広がっていく。


「……香りが既に違うな」

「そうだね、お皿もアンティークのものだよ!いいなぁこれ……お部屋に欲しいな」


 コウキは素直に驚いていた。

 普段よく飲むインスタントコーヒーや食堂のコーヒーとはあまりにも違う香りに、素人でも違いを感じてしまう。

 極め付けは食器だ。

 見た目が違うだけでこんなにも心が躍るのかと、素直に感極まった。


 しばらく見た目を楽しんだ後。芳醇な香りを漂わせている黒い飲み物を、二人はゆっくりと口に運んだ。


「――、」

「――っ!」


 コウキはエクスチャードマリンを口に運んだ途端、言葉にならない多幸感を感じた。

 酸味が程よく苦味は抑えられ口内に大きく広がる豆の香り。強い一粒というより、繊細で密な無数の豆をイメージした。それはベリーと重たいチョコレートを組み合わせたような味だが、時折見せる柑橘系のような爽やかさ。複雑な味が綺麗に一つに纏まっているのに、後味はスッキリしている。


 美味い。心の底からそう思った。


「美味しすぎる」

「このブレンドも凄い。深みがある……」


 ただただ感動していると、エリエリが様子を見てきた。


「どう?どんな味?」

「この味を表現するには、俺には語彙力が足りなくて無理なほど美味しい。なんて言えばいいのかな……いや、もうこれは一度飲んでみて欲しい」

「えぇ!いいの!?」

「いいよ、こんなの共有しないと勿体無い」

「じゃあ私のも!!」


 お皿に乗ったカップをそのまま交換して、二人は一度水で口の中を薄める。その後一口、コーヒーを飲んだ。


「――っんま」


 驚いて声が漏れたのはエリエリだった。

 紫の瞳を輝かせて感動を露にする。その姿をマスターがまた嬉しそうに見ていた。


 コウキはと言えば、バランスの取れた飲みやすいブレンドに感動しながらもエリエリが自分の分まで感極まってくれているのであえてノーリアクションを貫く。ぶっちゃけ、美味しさは別として二番ブレンドの方が口にあうとも思った。


「……凄いよこれ。き、貴重な経験だ……」

「同じ豆があったとて家ではできないのか?」

「焙煎まで済んでたらできなくはないけど……挽き方も抽出も場所で異なるから、同じ味を楽しむのは難しいかな」

「やっぱそうなんだ……」

「この店の機材見てると、豆を挽くミルは三種類だけど様々な抽出機があるから、多分豆の特徴に合わせた拘りがあるんだろうね」

「流石、詳しいな」


 コウキは素直に楽しんでいた。

 記憶が無い事が影響しているのか、新しい知識に興味関心がある。それぞれの分野に詳しい人と話をするのが心から嬉しく思う性格だ。


「ありがとう。飲みすぎちゃった!」

「いいよ、俺も二番ブレンドは好みだった」


 もう一度交換した時、エリエリの手が止まる。


「あっ――」

「…………?」


 初め特に気にはしなかったが、グラスの縁の飲み口を見て実感する。自分が付けた薄いリップの跡が消えているのは、おそらく同じところをコウキが口つけたからだった。


「い、いやぁ、なんでもなす☆」

「あ、戻った」

「ほぇ?」

「いいや、こっちの話だ」


 とりあえずまぁ、気にするのはやめよう。

 そうエリエリが決めてからはしばらく談笑が続いた。


 ゆっくりと時間が過ぎていくはずが既に1時間も経過している事に、2人は気付かないままだ。


「――でさぁ、私言ったの!カエルなら多分生でも食える!ってな感じで」

「いやいや、あれは食えないだろ。あっでもその理論ならイケるのかな」


 この店でどんな会話をしているんだ。とマスターは思った。思ったが、やっぱり野暮な事は聞かないでおく。


「――そろそろ行くか」

「そうだね。ってもう1時間半もここにいるよ!」

「長居しすぎたかもな」


 周りを見ると、ちらほらお客さんが増えていた。

 そろそろ朝のピーク帯なのだろうか。アルバイトの女の子が出勤し始めている。


「お会計お願いします」


 コウキが手を上げて言うと、テーブルでのチェックなのかマスターが伝票を持ってやってくる。コウキはポケットから財布を出した。


「いかがでしたか」

「それはもう、凄く美味しかったです」

「感動しましたマスター!」

「ふふ。それは良かった」

「――あの、お皿とかって販売してるんですか?」


 コウキは席の近くに並んだ食器に目をやり、それらに値段がついているのを見ながら質問した。


「いいえ。こちらは食器ではなくコースターです。食器は貴重で高価なため販売できません。ここに並んでいるのはちゃんとアンティークであるものの、無名デザイナーが残したコースターの商品です」

「そうだったんですね」

「物やデザインはいい物なので、それを加味すれば比較的お安く置いておりますよ」


 コウキは少し考えて、沢山並んだコースターを見る。

 色とりどりで美しいそれに、時折エリエリが視線を送っているのを確認していたのだった。


「なら――、これとこれ、一つずつください」

「おぉ、それ私も一番可愛いと思ってた!」

「ここの会計は一旦俺が全部払うね」

「え、すぐ財布出せるよ?」

「いいから」

「わかった。出たら渡すね」


 エリエリがそれだけ言うと、コウキは二杯分のコーヒーと二つのコースターの会計を全て払った。思ったより高くて驚いたが、値段以上の満足度はあった。


 マスターがお釣りを渡しに来て二人は店を出る準備をする。その最中で、コウキは二つある内のコースターを一つエリエリに差し出した。


「え――」

「なんとなく流れで分かるだろ、プレゼントだ」

「いやいや、分かんないって。私に?何で?」

「来れた記念、ってのもあるけど」


 コウキは言葉を選ぶために少し考える。


「――手術、あるんだろ。その願掛けだ」

「…………」


 エリエリは珍しくキョトンとしていた。

 と言うよりコウキが渡す意思を示してからずっと驚きっぱなしだった。


「エリエリがこれ一番気に入ってたのは見てわかった。俺のは俺が気に入ったやつ。……あの食器はまぁ、高そうで買えないけど。これくらいなら買えるし、家でも華やかになるんじゃないか」

「――どうして」

「だって入院とかもするんだろ?多分しばらく外に出れなかったりする。部屋に楽しみが少しでもあるといい」

「――――、」


 エリエリは返す言葉が見つからない。

 醜い自分には都合の良い言葉にも聞こえるし、清い自分には心から嬉しい言葉だった。色々考えて、ただ黙ってコウキが雑に差し出すコースターを受け取った。


「治ったらまた来ような」

「……うん。…………うん!」


 エリエリがこの先の不安や期待、渦巻く感情を受け入れた。一度の返事の後、二度目に大きな返事をする。

 コウキはその姿を見て「強いな」とぼやきながら、大事そうにコースターを抱えるエリエリを見ていた。


「本当に――、ありがとう!!」


 過去一番の笑顔が、コウキに向けられたのだった。



××××××××××××××××××××



 コウキがエリエリを誘ったのは素直に話がしてみたかった事やコーヒー屋に行きたかった事もあるが、その過程でコウキなりに何か恩返しをしたかったためだ。


 実際この三週間、エリエリが居なければ上手くいかない機会がとても多かった。人を繋げたのも、グループを作ったのも、休みを作ったのも、パーティと毎日会う関係を構築したのもエリエリだ。彼女なくしては今のメンバーは居ない。


 更にエリエリは持病で手術を控えていた。

 コウキが何か恩を返すとしたら、それを乗り越える支えになりたいと考えた。コウキたちの戦いは明日だが、エリエリの本当の戦いはきっと半年後だろう。


「少年少年」

「どうした」

「何で少年のは花柄のコースターにしたのかね?」

「花が好きだからだ。ガーベラって花」

「ほーん」

「興味ないなら聞いてくるなよ……」


 そんなこんなで今は街を散策中。

 休憩の為に道のベンチで座っている。

 カフェインをとったため薄めるように出店のフルーツジュースを2人で飲んでいて、穏やかな風がコウキの黒髪とエリエリの桃色の長い髪を撫でる。


 既にほとんどのお店が開店している昼前の時間帯だ。


「一つお願い聞いてくれない?」

「まぁ、俺でよければ」


 エリエリは増えてきた街ゆく人たちや澄み渡る広い空を見つめている。乾いた空気を少し吸って、ゆっくりと息を吐いた。


「名前で呼んでいいかな?」

「え、うん。……それがお願いか?」

「確かに。変かも」


 それはごく普通の提案だった。コウキとしては、いつまでも少年呼ばわりされたく無いのでありがたい。


「じゃあコウキって呼ぶね」

「うん。……言われてみるとなんか新鮮だな」

「ね、ぎこちない感じしないかな」

「いいんじゃないか?というか、少年よりはいい」

「言い得て妙、そこそこ失礼だよね」

「実は結構失礼だと思ってるけどな」

「ご、ごめんて」

「うそ」


 嘘つくの好きだなあ、なんてゆるい会話がなされた。2人はしばらく談笑してからまた街を歩き始めた。


 この街は通称レイスウォールと言って、レイス学園周辺の娯楽のために開発された街だ。故に正確な地名はない。風景は石造りの広い道に、密集する様々な種類の建物がある。あらゆる企業が参入しているためか、建物は木造だったり石作りだったりレンガだったり、レイス学園のようにモルタル調の建物だったりする。


 その他には道ゆく途中で公園等の公共施設もあり、一日では観光しきれないほど広い街だ。学生が楽しむにはうってつけと言っていい。


「あ、ねぇ。射的ある!」

「うお、楽しそうだな」


 実は今日、街では来るデスフラッグのための祭りが開催されていた。毎年行われる試験が大規模な物である事をコウキは知らなかった。


 デスフラッグでの一日はレイスウォール各地に配置された映像モノリスで配信され、それを応援すると言うのが祭のメインイベント。今日はオープニングイベントという、所謂前座祭で賑わっていた。


 故に道には出店が並び、子供から大人までがその催し物を楽しんでいる。休日ということもあって人でいっぱいだ。


「コウキ、やってみようよ!大きい方をとった人が勝ちで、負けた人がお昼奢るってのはど?」

「確かに……それは燃えるな」


 コウキは男だとか女だとか関係なく別に奢られたら嬉しいタイプだ。人の金で食べるご飯が一番美味いのだ。


「いらっしゃい!一回4発、銅貨1枚だぜ」


 店にいる気のいいおじさんが、人混みの中でも通る声で元気に挨拶する。コウキとエリエリは1人ずつ料金を払い、銃を握って照準を定めた。


「魔法は使っちゃダメだよコウキ」

「勿論だ、絶対に勝つ」


 目の前にはたくさん並んだぬいぐるみがある。

 ぬいぐるみは小さい物で銅貨3枚だから、料金はリーズナブルだった。


「せいや!」

「よっしゃ」


 2人は弾を装填。

 それぞれのぬいぐるみ目掛けて引き金を引いた。乾いた音と共にコルク弾が放たれる。


「くそおおおぉ!」

「いやむずかしいなこれ」


 一度目は失敗に終わる。

 思ったより威力はあるものの、それ以上に狙いを定めるのが難しい。かといって大きなぬいぐるみを落とせるほどの威力はなさそうで、地味に頭を使うゲームだ。


 二回、三回とコルク弾を撃つが両者共に失敗に終わる。残すはあと一回に迫っていた。


「兄ちゃん達、射的初めてか!」


 最後の弾を装填している時、店主が話しかけてきた。


「そうですね……。これ思ったより難しいです。コツとか無いですか?」

「あっはっは!ねぇなそんなもん、強いて言うなら気合いだ!」


 根性論だった。


「気合いか、気合いなら任せてオジサン!うおおお!」


 エリエリが根性論に乗っかる。

 コウキもまた、今までよりは気合を入れて構えた。


「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「すっ凄い!何だこの娘から溢れ出るパワーは!」


 店主が眩しそうに一歩後ろに下がった。

 パシュ、と。2人が放つ乾いた音がした。


「――――、」

「……………………………………くそっ」


 悔しそうに俯くエリエリは根性ではどうにもならない事もあると、今日学ぶことができた。


「まいど、またおいで!」

「……………………………………ちくしょっ」


 店主が挨拶すると射的屋の前で落ち込むエリエリ。

 何がそんなに悔しいのか分からない、変なやつだ。


「…………ちょっとそこのお手洗い行ってくる」

「了解、ここで待ってる」


 哀愁漂うエリエリの背中を見送ってコウキはぼーっとしていた。


 射的屋に関わらず周りの出店は人で溢れている。

 修行を続けていたコウキにとって、学生と教師以外が沢山いる光景は新鮮に映った。


 人混みには活力が宿るような気がする。そんな事を思っていると、射的屋の方から「おおお!」と歓声が聞こえた。


「あんな運任せのゲームですごい奴なんているのか?」


 コウキは少しだけ興味を持ったが、人が多かったので少し離れた位置から見ることしかできなかった。まぁ、あまり今後の人生には関係しないと思うので無視しよう。


 街ゆく人の声に耳を立てながらコウキは待った。

 エリエリがトイレに行って数分が経過した頃。


 ――それは幻聴か、聞いたことのある声がした。

 まさかそんな偶然があるとは思えなかった。

 

「あなた、遊びに来た訳じゃない」

「それはそうだが。アンタも両手いっぱいに何持ってる」

「ちょこばなな、わたあめ、魚の照り焼き」

「ならこれはお互い様だ。僕は妹にデカ芋虫ちゃん人形を取ってこいと言われてる」

「ふーん」

「そもそもいつの間に買ったんだそんな量の食べ物」

「魚より鳥肉の方が、照り焼きはおいしい」

「アンタ、会話する気があるのか」


 コウキは確信して思わず振り返った。

 2人もコウキの存在に気づいて立ち止まる。


「キオラ……と、ミア?」

「あ」

「コウキか?」


 目の前には、射的屋に置いてあった誰が取るんだろうくらい不気味で巨大な虫の人形を抱えた友人がいた。金髪ロング、緑の瞳とつった眉が印象的な、整った顔立ちはキオラだ。


 その少し隣には白髪で白い肌の小柄な少女。両手いっぱいに抱える食べ物を大事そうに食べているミアだ。よく見ると頭にはお面、バッグには水風船がついている。


「驚いたな。こんなところで会うとは」

「いや俺もびっくりしたよ!お出かけか?」


 ご満悦のミアを見ながらコウキが言う。


「休日にミアとか?冗談はよしてくれ。説得力は無いがこう見えて学校の買い出しに来ているだけだ」

「わたしは、出かけてるつもり」

「意見は合わせてくれよ……」


 心から嫌そうにキオラは話をしていた。それでも“戦闘狂”と呼ばなくなっただけ、仲は良くなっていそうでコウキは少し安心する。ミアは依然変わらずマイペースだった。


「でも買い出しはほんと。クラスで前夜祭。たこやき」

「なるほどな、デスフラッグの前夜パーティみたいなのをやるのか」

「そうだ。僕は街に行くならこのデカ芋虫ちゃんとやらを買ってこいと妹に言われ、渡してない誕生日プレゼントを兼ねて不本意で手に入れた」

「あの歓声、キオラだったのか……どうやって取ったんだその馬鹿でかい変な虫」

「気合いだ」


 やっぱり、根性論だったのか。


「こーき」

「んえ?」

「おでかけ?」

「ん、あぁそうだね。最近コーヒーにハマっててさ」

「………………………………………照り焼きは?」

「何でちょっと悲しそうなんだ1?照り焼きも好きだ。毎日食べてるくらいだ!」

「そ」


 嬉しそうにミアが笑った。


「ミアはコウキの話になるとよく笑うぞ」

「何だその情報」

「こーき、応援してる」

「ありがとう、俺もミアがずっと憧れだ」


 そう伝えると、満足気に微笑むミア。

 嬉しくなったのか、べたべたの照り焼きを差し出してくれたが遠慮しておいた。


「お昼たべた?」

「いいや、まだこれからだよ」

「一緒にどう」

「僕としてもそれはいい考えだ。試験について話せそうだ」

「んぁ、話したいんだけどちょっとまだわかんないかも」

「…………?誰かと一緒なのか?」

「そうなんだよ」

「だれ?」


 コウキとしてはデスフラッグの情報交換も兼ねて食べたいところだが、一応今日はオフで相手はエリエリだ。参加メンバーだったら相談なしに了承できたが、この場合は一度聞いてみる必要がある。


「では邪魔するのも悪いな、僕たちはこれで――」

「コウキ〜、居た居た。聞いて!さっき私が可愛いと思ってた人形がね!なんと――――、あ」


「「あ」」


 後ろから声がした。

 説明するまでもなくエリエリであり、状況を理解した彼女は特に深い意味もなく気まずい雰囲気になった。


 コウキといた人が誰なのかを理解した2人。

 キオラは意外な人物に驚いた様子で、ミアは見知った顔にごく普通の対応だった。


「あ、あれぇ……ミア氏、キオラ氏ジャマイカ☆」

「明らかに今性格が変わってなかったか?」

「わたしも思った」


 エリエリは2人と面識があるのだろう。

 彼女の普段と違う声色や態度に疑問を抱いてるような素ぶりだ。


「なななな、何言ってんだぃ2人とも!ほらほら、少年からも何か言っておくれよ〜!わたーしよく分からないぜ」

「コウキって呼んでたし、一人称も何か違う」

「ミ、ミア氏?ちょっと厳しくないかねーえ?」

「…………おんなってこと?」


 ミアが純真な瞳でエリエリを射抜く。

 そこまで見届けながら、どう対応しようか考えていたコウキがサポートに入った。


「ミア、エリエリは仲良くなったら割と普通の子だよ」

「こーき。でもなんか変わってた」

「シャイなのかもな?最初は俺にもこんな感じだったし」

「そ。こーきが言うなら、正しい」


 どうやら丸く収まったようだ。

 全てを話したわけではないが、ほとんど嘘もなく話を進めることができた。


 しかしコウキは知っている。

 ミアなんかより察しがいいキオラの存在を。


 特にやましい事は何一つ無いが、これ以上話をややこしくするとエリエリがしんどい筈。「これ以上の詮索は無しだ」と目で合図をすると、察したキオラがやれやれといった表情で頷いた。良い友をもったものである。


「エリエリ、ごはんいく?」

「えっ、この4人でかい!?それは」

「いく?」

「…………も、もちのろんだぜぃ」


 半ば無理矢理に女子2人がご飯の約束をした。キオラもコウキも、ただ見届ける事くらいしかやる事はなかった。



××××××××××××××××××××



 そんなこんなで辿りついたランチ先。

 煌びやかなレストランのテラス席だった。


 二階の特別席で上から外の街を見下ろせる環境だ。今日みたいに天気の良い日には気持ちがいい上に、テラスの広さに対してテーブルが一つしかないと言う無駄に豪華な待遇である。


 四角いテーブルの席順はコウキが外に一番近い場所に座っている。

 それを軸として右にキオラ、左にエリエリ、向かいにミアといった感じだ。


「なんか2人、顔パスでこの席招待されてなかったか?」

「僕もミアも一応は名家の類だ。この周囲のレストランは創業者に投資した影響で子供の頃から来ている。価格もファストフード店と変わらない程度にしてもらえている」

「この席はツヴァイン専用」

「へ、へぇ」


 メニューを見ながらキオラとミアが恐ろしい事を言う。

 コウキもメニューを見ているが価格の桁が違う上に意味のわからない長い単語が羅列されている。もはや美味しいのかどうかも分からない。


「ほぇぇ〜わたーし、こんな凄いもの食べた事ないケロ」

「そういやカエル生で食べれる話したよね喫茶店で」

「本当ね!あの話凄く面白いでしょ?」

「エリエリ、声色また変わった」

「あっ」


 ミアの自然な指摘にエリエリが硬直する。もうあまり話しかけるのはやめよう。

 コウキはそう思ってミアに話しかけた。

 一つ言いたいことがある。


「ミア、このメニューさ」

「うん」

「なんかこう、一つ一つが全部無駄に長い名前だけどさ」

「うん」

「この“照り焼き”としか書いてない逆に短すぎる品目が一つだけあるんだけど……」

「ふふ」


 ミアが嬉しそうにこっちを見た。


「何照れてんだ確信犯」

「やっちゃった」

「権力の無駄遣い!ブランディング壊すな!」

「ふふ」


 依然、ミアは嬉しそうだった。でも逆に気になるので、コウキは照り焼きを頼むことにした。


「えっ、偶然。おなじだね」

「いや偶然というか必然だろ!?」

「たまたま同じ」

「嘘つけ、てか何で照れてるんだ!」


 食の文化が同じだと仲間意識を感じる謎の現象がミアには必ずあるだろう。なんかそう言う動物とか居そうだ。


「やはりよく笑うな。ミア」

「こーきのこと?」

「そうだ。クラスの連中が見たら驚くだろう」


 おそらく食文化の問題で気に入られてる或いは仲間意識を持たれてるだけだと、コウキは心の中でツッコミを入れた。


「わたーしもそれ思った!こんなに嬉しそうなミア氏見ないかんねぇ?もしかしてコレ?コレかい!?」


 煽るようにエリエリが小指を立てる。

 エリエリはこのキャラならどんな切り口でもいけると思ってるのだろうか。コウキが心配していると――、


「あなたはどう思ってるの?」

「ひぇ?」


 ついにキオラが頭を抱えた!

 それを見てコウキも何だか場違いな気持ちになる。


「わ、わたーしは友達さ!本当さ!なぁ少年☆」

「あぁ、そうだ」


 大いに間違ってない。事実である。


「ほんと?おんなみせてるのに?」

「おっ女て!どこで覚えてきたんだいミア氏!」

「本」

「ばっきゃろ!そんな本見ないよ!捨てろ捨てろ!」

「こーきのこと、すき?」

「だ、か、ら!本当に友達!!」


 ドン、と軽くテーブルを叩くエリエリ。

 場違いなコウキとキオラが小動物のように跳ねる。

 一瞬エリエリが怒っているのかと思ったが、顔を真っ赤にしているだけだった。


「そ。わかった」

「勘弁してくれよぉミア氏ぃ〜」

「からかってる訳じゃない」

「なぁにいってんだい、どう考えてもイジリだろぉ」


 半泣き気味でテーブルに顎を置いたエリエリの瞳をしっかり見たミア。それに気づいたエリエリが「ん?」と首を傾げる。


「こーきを傷つけないで」

「――――、」


 ミアはごく自然体だ。

 おはようと挨拶する程度の、当然のような表情と声色のまま続けた。


「大事なの」

「…………それってどういう?」


「好きならちゃんと向き合って」

「――――、」


「そうじゃないなら振り回しちゃだめ」

「…………うん。わかった」


 女性陣2人の間で何やら明確な線引きがなされたようだ。コウキとキオラは見届けるしかなかった。


「あの〜。俺、ここにいるんですけど」


 これ居ていいやつ?と、不安を打ち明けた。

 勿論、返事はなかった。



××××××××××××××××××××



 それぞれがオーダーを通すと料理は提供された。

 コウキとミアは同じメニューだ。エリエリは豪華なパスタ、キオラは大量の温野菜を食べている。


 最も驚いたのは、照り焼きとしか書かれていなかった鳥の照り焼きが人生で最も美味しいと思うくらいクオリティが高かったことだ。何を使えばこんなに美味しい照り焼きを作れるのか、謎が深まる一方だ。


「名前単純すぎてナメてたけど……これうますぎ」

「そ」


 ミアは感動するコウキをみて満足そうな顔をした。


「こーきが食べたいならおごる」

「別日の話かな?」

「そ」

「うーん。申し訳ないなあ」

「遠慮はいい」

「わかった。でも美味しいから特別な日だけにする」

「そ」


 鳥を切り崩しながら、ミアが小さい口に照り焼きを運ぶ。

 ちまちま食べている割に無くなるのが早い。ものすごいペースだ。


「というかミアってさっきめちゃくちゃ食べてなかった?」

「べつばら」

「ほーん。まぁいいけど」


 魚の照り焼きは別腹の類なのだろうか、と思いながら肉を切って口へ運ぶ。エリエリの方もパスタに感動したのか、言葉を忘れて無我夢中で食べていた。よくみると感動のあまり泣いている気がする。


「エリシア、妹とは仲良くやってるか」

「ぼぇ?」


 化け物みたいな声だ。

 気付いたエリエリが口の中のものを飲み込んで、再び話を始める。


「キオラ氏そればっかだなぁ!実はあんまりたくさん話しないけども仲良しだぜぃ。毎日いる分、ライラとの方が仲はいいと思うけども」

「魔剣の女か。修行をつけてるらしいな」

「うんうん、デスフラッグのために孤軍奮闘☆ってな感じで、まぁ才能はあるみたいだにゃ〜」

「キオラ、妹がデスフラッグに出るのは心配か?」


 コウキが頭の片隅で思っていた事をキオラに話した。

 テイナの参加が決まった後、すぐにメッセージで報告したがそれ以上の話はしていなかった。


「心配がないと言えば嘘になる。だがコウキが決めたのなら異論はない」

「なぁ〜んか、キオラ氏はコウキに対して信頼置いてるよねん」


 ミアもキオラも、エリエリがコウキを名前で呼んだ事に気付くが示唆しなかった。そのままキオラが説明をし始める。


「僕はある程度人の感情を理解している。その影響もありコウキを信じているだけだ。命を預けても構わない」

「言い過ぎだろキオラ……俺はそんな立派なもんじゃない」

「なぁんか話逸れそうだから聞くけども、その感情理解ってのは何かねぇ?」


 エリエリが切り込んだ。

 コウキは一緒にいる時間が長いため「察しの良い奴」と言う前提の上聞いていたが、確かに今の流れはフラットにみると変だった。


 人の感情が理解できる。これは特殊な事だろう。


「それに関して隠すつもりはない。僕はギフテッドを持っている。簡単には生物の感情や魂、位置などが何となくわかると言うものだ」

「な――――」


 その場で一番驚いたのはコウキだった。


「……どうした?」

「いいや……入学当初から察しのいい奴だと思っていたから……」

「己の事など話す必要もない。聞かれたら答えるつもりだった」

「まじか、じゃあ不機嫌野郎ってのは伝わってたのか……」


 コウキは入学当初のキオラのイメージを心の中で唱えた事を思い出した。今になって申し訳ない気持ちが込み上げる。


「生きてる人間からは言葉まで伝わらないが、大方変な奴だと思われている感覚はあったな。それは最初のうちだけだとも理解しているつもりだ」

「よかった……なんかすまない」

「殆どの者が僕をみてその感情を抱く。例外ではない」

「つまりつまりぃ、キオラ氏はコウキの心?魂?みたいなものから信頼できると判断してるって事かね?」

「ギフテッドだけが判断材料ではないが、異論はない」


 それだけ言うとキオラは「話を戻していいか?」と聞いてきた。一旦これ以上は建設的ではないため、コウキもエリエリも頷いた。


「妹のデスフラッグ参入に関して言えば驚いたが、テイナは元々強い。その上あの性格だ。修行をつけているなら尚更、生きて帰ることくらいはできるだろう」

「そうだな。俺もそう思う」

「事のついでだ。デスフラッグについての情報交換をしよう」


 キオラがそう言うと、コウキも淡々と話始めた。


 6人になった経緯、デリオロスについての分析、不安要素である魔獣の数と数字の合わない迷宮規模等……今現状まとまっている話をする。


「――なるほど」

「迷宮規模について、わたしたちも同意見」

「ブロン側でもなんかあったのか?」

「魔獣数からの逆算ではないが、パーティにグレイオスと言う男がいる。そいつの家系が迷宮探索に長けていて、先日従兄弟が亡くなったらしいのだが…….」

「それは気の毒に」

「それが、何やらキナくさい事になっている」


 キオラは一拍おいてまた話し始めた。


「グレイオスのヴァリアード家は元より探索が主ではなく、規模を確認する調査担当だ。今回の錯綜迷宮は従兄弟であるクレイムという者が担当していたのだが、当初口頭では10階層あると伝えられていながら、書面では5階層に変わっていたのだ」

「なるほど……でもそれって予測したけど実際は5階でした。みたいな話にもならないか?」


 コウキは、こういった情報に関してはフラットだ。

 ちゃんと多角的に調べて評価する性格をしている。

 事実を元に動かなければ、踊らされるのは偏った自分自身になってしまう事を14歳で既に理解していた。


「聡明だ。しかし、問題は書面だ。……担当者が変わっている。その上、クレイムは行方不明のまま死亡者処理されている」

「――――ッ」


 嫌な汗が滲んだ。

 それが事実なのは、書面がある事から明らかだろう。

 だが仮に事実だと言うことは……デリオロスゲートに何かが起きている事になる。


「こーき、ブロンはもう一つある」

「な…….ミア、まだ不安要素あるのか?」

「魔獣の様子がおかしい」

「おかしい?」

「僕が話そう。迷宮の魔獣たちが、本来の生態系とは異なる動きをしたと言う報告“生態特異”が多く上がっているらしい。これも、グレイオス経由で本人に調べてもらった時に発覚した」


 キオラが簡潔に話をする。

 それについてもコウキはやや疑問が残った。魔獣の生態系が異なる点がいまいちわかっていない。人を食べたりしない魔獣が人を食べるまとか、そういったことだろうか。


「魔獣の動きも別に例外はあるんだろ?」

「ある、一つの迷宮に10件程度ならな」


 コウキはその先を聞くのに躊躇った。

 それでも、聞いておかなければならない。


「…………ちなみに、今回の例外の件数きいてもいいか?」

「526件だ」


「――、」


 場が凍りついた。

 我に返ったエリエリが慌てて生徒手帳を操作する。おそらく今の2件の情報をグループメッセージに記入しているのだろう。


「生態特異の内容までは分からない。しかし、実際にデータと証拠はある。錯綜迷宮で何が起こっているかは分からないが、矛盾が生じているのは事実だ」

「そうだな、注意して挑まないとだ」

「ブロンは幸いにも、僕が魔獣感知ができる上にミアが居る。他の面々もバランスが取れている。無駄なことはせずに最短ルートで最速攻略、早期撤退が目標だ」


 淡々と難しそうな事を話すが、ブロンのメンバーを考慮したら現実的だとすら思えてしまう。それ程までに今期の白色階級は強者揃いだ。


「コウキ。何があっても無理だけはせず、勝利だけを考える事だ。Sランクのいる僕たちですら他クラスを考える余裕はない」

「肝に銘じるよ」


 こうして話し合いは終了した。

 その後は他愛もない話が続いたが、コウキの脳裏には錯綜迷宮の不安要素が残り続けていた。



××××××××××××××××××××



「それじゃ、今日はこの辺で」

「あぁ。コウキ、成長を楽しみにしている」

「こーき、たこ焼きくる?」

「行かないよ。2人ともありがとな」

「エリエリもまた」

「ミア氏、キオラ氏!おつかれっしたぁ!」


 パタパタと手を振るコウキとエリエリをみて、2人は街の中を進む。暫く他のクラスと交流していなかったコウキとしては、各々の成長や人間関係を知るいいキッカケとなった。


 ただ、デカい変な幼虫を抱えるキオラのシルエットだけは何だか面白かった。一番変なのはキオラなのかもしれない。そしてコウキは、憧れている女子生徒の後ろ姿をただ目で追っていた。


 ゆっくりと、街の中に消えていった。


 残ったコウキとエリエリは、まだ賑やかな街に立つ。


「…………コウキ、どうする?」

「とりあえず戻るか。たくさん遊べたし」


「そだね!楽しかった!本当に、心から」

「それはよ――」


 たった一瞬。

 エリエリに視線を送ったコウキが言葉を失った。


 黄昏の空を見つめる紫の瞳。

 新芽の季節に舞う桃色の長い髪、白いワンピース。

 整った顔立ちと、今日に感謝する希望の表情。

 ふっと香るベリーの匂い。大事に握る珈琲屋の紙袋。


 特別な一日を演出するための人混み。

 そこに立ち止まるエリシア=エリミール。


 まるで美しい絵画のようだと、コウキは思った。


「コウキ、ありがとう!!」


 過去一番の笑顔が更新された。

 次この笑顔を超えるのはいつだろうか。

 そんな惚けた事まで考えるほどに、この一瞬は尊い。


「どういたしまして」


 時刻は夕方に差し掛かろうとしている。

 初めてのオフは凄く充実な一日を過ごせた気がした。


「ところでグループメッセージ、見た?」

「みたよ。流石エリエリ、分かりやすい説明だった」

「違う違う!さっきの文じゃなくて、今の文!」

「え……?」


 慌ててコウキがグループメッセージを確認した。


 珍しくロイ発信のメッセージだった。


《なら今日、皆で泊まらね?》


 こうしてノアールクラスの小さな前夜祭が開幕する。

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