第11話 「錯綜迷宮デリオロスゲート」



 “予備試験”と“依頼”と“決闘”について、早急にロイとテイナに話をした結果はこうだった。


「知ってるし定期的にやってるが?」

「あーうん。アタシもこの間やっと7つ目終わらせたよ」


 結論。知らないのはコウキだけだった。

 二人とも数は多くないが順調にこなしているみたいだ。どちらも一度でポイントや評価が格段に上がるものではなく、小さいポイントを沢山集めるような数をこなす系の課題のようだ。


 既にランク差がある生徒の予備試験と依頼数を見れば、他の生徒とは段違いの数をこなしている事がわかる。基本的に一ヶ月でそれぞれ8-9件こなすのに対し、早い人は100件近くこなしている。0が二つも違うとは思わず、コウキは焦りを感じ始めていた。


「とは言っても過去は変えられない、とりあえずポイントよりランクだ。今から限界まで“予備試験”を入れつつ、評価が対象の“依頼”を重点的に攻めるか」


 一旦朝トレの時間を削ってこっちにも回そう。とコウキは考える。

 幸いなことに予備試験も依頼も個数制限が無い。


 予備試験に関してはスケジュールに組み込んで仕舞えばすぐにでも可能且つ半分は小テスト形式なので、座学が得意なコウキは座学項目を二週間分で最低60件程入れる事にした。


「問題は実技の予備試験。所要時間20分から存在する学科に対して、実技は最低でも35分かかるメニュー内容。かと言って学科だけこなしてCランクの4段階評価に差が出過ぎるのもまずい。合同試験の際にはロイの全ての評価が一律で2上がったのを見ると、片方をカンストするのは今後損になる場合もあるし……」

「コーキ、なにぶつぶつ言ってるの〜?」


 現在は二限後の休み時間。

 授業は四限から昼休みに突入して午後の部含め六限まで存在する。今は三分の一が終わったタイミング。そこで隣の席に座ったテイナが、呪文を唱えるコウキに話しかけた。


「今後の戦略だ。今めっちゃ頭回してる」

「あーね。話しかけないほうが良かった?」

「いいや問題ないよ。あ、朝の弁当ありがとう。めっちゃ美味しかった」

「えっ!?本当!うわー嬉しい」


 にこにこ笑いながら、脚をぱたぱた振る容姿端麗金髪ギャル。

 相変わらず太もものベルトが思春期男子を殺しにかかっているし、ざっくり切った前髪が靡く無邪気なスマイルが女子生徒すらも殺しにかかっている。


「照り焼きに合うように周りのお野菜も味付け変えたんだ〜!頑張って良かった」

「確かに。なんか食欲をそそる野菜たちだった」


 感情の機微に敏感で気配りもできる。おそらく甘え上手でありながら現実主義な部分とモラルを持ち合わせている。小さな幸せを大事にしそうだし多分一途。

 もしかしてテイナって最強なのでは?とコウキが思うのは、最近出会った女性たちの癖が凄いからだろう。


 ライラが育ちの良い猫だとしたら、テイナは癒しの小型犬。

 エリエリは……トカゲでいいんじゃねえかな。


「いやいや、なんかバチ当たりそうだからやめよ」

「ん、どしたー?」

「いいやなんでも。想像の話」


 ぱたぱたと手を振って誤魔化すと、反対でコウキたちを見るロイがジッと目を合わせてきた。

 物いいたげだ。


「なんだよ」

「オマエさぁ〜〜〜」


 世界一不幸そうな顔でロイがコウキの元に迫ってくる。


「テイナちゃんいたら何もいらんくねェ〜〜?」

「近い近い近い」


 急接近してきて、おまけに胸ぐらまで掴まれる始末。

 今どきチンピラでもやってこない程、絵に描いたようなチンピラ具合だった。


「ボクがオマエだったらもはや天上に至らなくてもいいね‼︎」

「それはそれでどうなんだ」


 コウキはあの日熱く語った気がするロイの台詞を何となく思い出しながら、お前の覚悟ってそれでいいのかと感じた。無論コウキとしては天上がどうのこうのは関心がないため、ロイが幸せならそれでいい訳だが。


「ケッ」

「おいこら唾とばすな!アルパカかよ!」

「うるせー!かっぺ」


 本日も幼稚な取っ組み合いが始まり、特に表情も変えずにテイナは距離を置いた。

 三人の中で生き抜く術を得ているのはテイナくらいのものだろう。


「ところでロイ」

「ひぁ、ひぁんふぁ」


 本日はコウキの勝利だったようで、顔がぼこぼこになったロイが変形したお口で返事をした。


「勉強はテイナから教わってるか?」

「んおあ!あったりめーよ。テイナちゃん優秀スギ!」


 ロイはこのように馬鹿に見えるが実際はそうでもない。

 記憶力だけで言えばコウキよりも優れ、運動神経も高く人に上下を作らない等身大のコミュ力がある。コウキは過大評価などではなく、ロイ自身のそう言った一面を尊敬している。


「そっか。ロイが集中してるならマジで安心だよ。今度話するけど、今回のデスフラッグは相当にヤバいらしい」

「……あぁ、その話は軽く聞いてるぞ」

「勝つ事想定だけど、それが生きる事に変わりそうなくらいには過酷だと思って欲しい。俺が信じれる男は今の所ロイしかいない。頼んだ」


「なんか気持ち悪いな!」

「どこが気持ち悪いんだよ!」

「かっぺ」

「やりやがったなロイ!!」


 こうして授業が始まるまでの間、1クラスには騒がしい時間が流れた。


 時間が経過して四限の授業が終盤に差し掛かった時。


「えー、ですからこの弥素やそ甲状帯こうじょうたいを通り魔法を生み出します。それを魔法陣などの構築式こうちくしきが刻まれた物に触れて直接操作するのが“基礎魔術きそまじゅつ”。生徒手帳はこの原理で動きマス」


「一方、構築式を通して物体や空間に触れず作用させるのが“応用魔術おうようまじゅつ”。これは空中に炎を飛ばしたり大量の岩を操作したりデス」


「そしてこの応用魔術を同時使用するのが“二次応用魔術にじおうようまじゅつ”というデス。これらは魔術1科という項目で括られますが、別で2科というのが存在しますデス」


 ミオス=カトラッゼのなんだかんだ分かりやすい授業をコウキは話半分に聞いていた。

 既に自習で学んだ所だが復習も大事だ。


「この2科は特殊魔術構築理論とくしゅまじゅつこうちくりろんに基づいており、脳内で寸分違わぬ構築式をイメージする事により、無詠唱且つ無動作で応用魔術までの魔術行使が可能となる魔術があるデス。これを“虚構魔術きょこうまじゅつ”と言うデス。虚構魔術の欠点はイメージ不足の代償が脳に来る事、加えて二次応用魔術ができない事で、現在は禁忌きんきとされているデス」


 なるほど。とコウキは思った。

 禁忌である“虚構魔術きょこうまじゅつ”に対しての勉強は済ましていたが二次応用魔術がこれで行使できない点は初耳だ。


 “二次応用魔術にじおうようまじゅつ”は簡単に言えば魔術を使って魔術的な要素を重ねる事。

 例えば構築式を通した魔術を使って構築式が埋められたロボットを動かす事や、魔術の同時重ねがけを行なってより強い一つの魔術を作るみたいな話である。


 確かに、二次応用魔術は構築式があればそれを1つ目の魔術として永続使用しながら他のことができるが、虚構魔術きょこうまじゅつは構築式が何もない分リソースは1しかない。重ねるのは無理だ。


「その他2科には1科の二次応用魔術の派生である“流動型応用魔術りゅうどうがたおうようまじゅつ”と言うのもあるデス。これは戦闘において魔法の一連のモーションを構築式と仮定し、繰り返す事で構築式を完成させて魔術に昇華する方法デス」


 これも初耳だ。

 例えば魔法の火の玉を2回放てば3回目に魔術として巨大な火の渦を出せたり、演舞を繰り返す事で大業を出したりするのだろうか。


「“流動型応用魔術りゅうどうがたおうようまじゅつ”は肉体を使用することから相伝とされ、身につける為には幼少期からの修行や遺伝が必須。国や文化によって妖術ようじゅつだったり秘術ひじゅつだったりと名前は異なりますデス。今年は青色階級ブルクラスの子に有名な使い手がいるデス」


 コウキにはイマイチわからなかった。

 青といえば、ミオス先生の御子息がブルクラスにいる噂を聞いたことがあったなと思い出してみる。特に意味はない。


「ミオス先生色々とサラッと話したけど中々重要だ。また一つ勉強になったな」


 コウキは早速ノートにメモをとった。


「そしてもう一つ。3科と言うものがあるデス。これは魔獣が行使する魔法全体を指すのデス。超級から6級まである魔獣デスが人間と違い、魔法行使に甲状帯を必要としません。故にどんな場面、どんな角度、どんな場所からも魔法の使用が可能デス。しかぁーし。欠点は知能。魔術は人の叡智デス。魔獣の殆どが魔術レベルの魔法を使う事ができません。故に魔獣は魔術ではなく魔法程度の攻撃手段を持つと考えましょうデス。もちろん例外があり、ごく稀に魔術を使う魔獣も存在するのデス」


 3科に関してはもはや常識みたいなものだ。

 魔術と魔法の違いは、誰でも扱える魔法をエネルギー源として複雑な魔法を生み出す、これが魔術。

 一方魔法なんてのは簡単な治癒だったり単調な炎を出したり水、風などを生むくらいのものだ。


 人は甲状帯を媒介しなければならないため、空気中の弥素だけでは魔法行使ができず、甲状帯から手足や時に頭や身体全て等、肉体からしか魔法を出せない。対する魔獣は弥素さえあればどこにでも魔法を発動できる。


 魔術が使えるが魔法発動に肉体を媒介にする人間。

 魔法しか使えないが肉体を媒介にしない魔獣。

 この関係性は一長一短だ。


「そして魔法関連で起きる病気についてが――」


 こうして、終了のチャイムがなった。

 ミオスは「残りは予習デス」と言い残して颯爽と教室を去る。コウキも早々にノートを仕舞い、生徒手帳で予備試験と依頼の分析を始めた。


「とりあえず並行して勉強すれば、学科はほぼ満点を取れそうだな。残る問題はやっぱり実技。そして依頼か。依頼は制限こそないけど、同時受注数は最大5つまで……クリアか辞退で新しい依頼を追加できる上に、依頼自体が日によって異なる。絶妙なバランスだな」


 最も幸運な事は、生徒手帳でいつでも確認参加辞退ができる点。

 手帳が使えば使うほど便利だと痛感する。


「へぇ、部屋の片付けとかでもポイントのやり取りあるんだな。お、これは猫探しか?兵糧丸ひょうろうがん作り……って何だ?真面目そうなものが基本だと思ったら何でもありだな」


 独り言を言っていると、教室のドアが開いた。


「ガラガラガラァ!お姉さん登場!」

「声で表現すな」

「ふぇっふぇっふぇっ☆少年、ひっさしぶりじゃねぇ?」

「昨日会ったし基本はメッセージでやりとりするんだろ!」


 そだっけー?と首を傾げるのはエリシア=エミリール。通称エリエリだ。

 コウキと同じくらいの背丈の桃色の髪をした女子生徒。長い髪に無数に散らばる飴玉のようなプラスチックの髪飾り。瞳は紫で星が散らばった、丸顔の不思議ちゃん系。ついでに豊満なスタイルだ。


「まぁまぁ、硬いこたぁ言いっこなしだぜ少年〜!」

「要件を言うんだトカゲ」


 教室の入り口と机というそこそこの距離で会話をしていたが、エリエリがてくてく此方に歩いてくる。いちいち揺れる胸はおそらくわざとでは無いだろう。にしてはあまりに品がない。顔はとても良いのだがなんとも残念だ。


 近くまで来たエリエリがコウキの座る机をバン!と両手で叩き、そのまま前に乗り出して顔を近づけた。

 柑橘系の香りがコウキの鼻を刺激する。


 目を合わせるとエリエリは驚いたような表情と好奇心旺盛な目線だ。

 何か重大な事を言いに来たのかと、コウキは覚悟を決める。

 その後すぐにエリエリが言った。


「トカゲってなんぞ?」

「そっちかよ!」


 それはいいんだよ!というかごめん!とだけ伝えて、もう一度要件を聞く。

 するとエリエリは思い出したような素ぶりでコウキに伝えた。


「そうだった!あんねあんね、連れてきたよ!二人!」

「二人?」


 おいでー!と大きな声でエリエリが話すと、教室の入り口から2名の生徒が現れる。


「失礼する」

「お邪魔します」


 そこにいたのはネイ=オラキア=トリネテス。

 そしてライラ=ナルディアの二人だった。


 ネイはさらさらの長い銀髪と深緑の瞳にエルフ耳。ライラはミルクティーのパーマボブに栗色の瞳。容姿端麗な二人が歩くと非常に絵になる光景だとコウキは思った。


「ななな、なぁんと☆四限が始まる前に更新されたニュースでデスフラッグの詳細が公開されたんだぞぃ少年!」

「――、」


 コウキは一瞬固まる。

 返事も忘れてすぐに生徒手帳を開き、ニュースページが更新されているのを見た。

 そこにはグェンの動画と文章が掲載されている。


「と、言うわけで!今からみんなでお昼食べよ☆」


 作戦会議が、予想よりも随分早く始まった。



××××××××××××××××××××



 本日のランチは大所帯だ。

 いつも訓練をしている公園には4人用のテラス席の他、屋根付きの円形テーブルがありそこに沿うように円形のベンチが広がっている。6、7人の大人数で食事をする目的で作られたのだろう。

 まさか使う日が来るとは思わなかった。


 座席はアオイコウキを中心として右回り、ライラ=ナルディア、エリシア=エリミール、ネイ=オラキア=トリネテス、ロイ=スリア、テイナ=フォン=イグニカという構成だ。


「自己紹介は軽くしたから……とりあえず、一旦皆でグェン教頭の動画をみよう」


 コウキが切り出しライラがセッティングする。

 どう言う原理なのか分からないが生徒手帳を置くとプロジェクターやホログラムのように空中に画面が出現し、グェンの動画が流れはじめた。



『皆さん、こんにちは。グェン=レミコンサスです。本日は臨時ニュースとして、教頭である私から来る全色階級合同対魔獣初人試験、通称“デスフラッグ”についての詳細をお話しします。少々長くなりますが、大切なことですのでお聞きください』



『まずはルールについて。目的は至ってシンプルです。指定地点に自分の色階級の旗を刺して戻ってくる事。たったこれだけです』



『詳細ルールについて。制限時間は一日ですが目的地エリアまでの猶予は12時間。各色階級はそれぞれ別のスタート地点から始まり、一つの目的地を目指し旗を刺します。その後、スタート地点へと戻り完了となります。戻るスタート地点に関しては、最初のスタート地点でなく他の色階級のスタート地点でも構いません』



『勝利条件について。簡単に目的地に旗を刺して戻る事が勝利条件です。旗を刺したクラスの人間が其々一人でもスタート地点に戻れば、その時点で刺したクラスは勝利となります。順番は考慮せず平等勝利のため、基本的には協力し合う方が良いと言えるでしょう』



『会場について。この度皆様のおかげで従来会場としていたトラム迷宮はほぼ攻略状態にあります。故に会場は一新し、今年は未開拓地である“錯綜迷宮さくそうめいきゅうデリオロスゲート”で行われます』



錯綜迷宮さくそうめいきゅうデリオロスゲートについて。名前の由来はあまりに入り組んだルートに加え、指定3級魔獣である暴食竜デリオロスが行き来している目撃証言からなります。デリオロスは暴食且つ同族を喰らうため、存在していると言う事は莫大な数の魔獣が生息している事を証明しています。指定魔獣のいなかったトラム迷宮と比較すると難易度は20倍にも跳ね上がるでしょう。未開拓の為、あくまで目安です』



『新制度について。今回から生まれた新制度――それが“サポーター”と“フラッガー”の存在です。従来は各クラス4人行動としていますが、任意で最大6人まで参加可能となります。サポーターは単純にプラス1のサポート人員。フラッガーは旗を刺す担当者として追加用意できます。何も同学年同クラスから選出して下さい』



『新制度のメリットデメリットについて。メリットは、人数を増やせる事です。人数が増えれば単純に攻略難易度が下がり、安定感があります。デメリットは、4人行動の場合は旗を刺す人は誰でも構いませんが、5人以上の場合は旗を刺す担当者を付け、その人が刺さなければならない事です』



『例えばサポーターを付けて4+1の5人なら、フラッガーを5人の中から1人選ぶことになりますし、もし5人の中で適任者が居ない場合はフラッガーを追加した6人にするか、サポーターをやめて4人にして全員が旗を刺す権利を得るかです。つまり、人数が4人なら難易度は上がるものの機動力も同時に上がる形です』



『以上でデスフラッグの詳細を終了致します。ご質問等は、記事元の連絡先から承ります。それでは皆様のご活躍、楽しみにしております』


 長い説明の後、グェンの動画は終了した。

 その場の人員が深い考察に入って話を切り出したのはコウキだった。


「まず、現状理解した上で俺たちの方向性を決める必要がある」

「ほいほい少年、と、いいますと?」

「ルールは分かりやすいから端折るけど、問題になるのが環境だ。錯綜迷宮さくそうめいきゅうデリオロスゲート。これ、想像の倍くらいはヤバい場所だと思っていい。特に俺たちノアールは、合計ランクだけで言えば最弱。ここまでが現状理解。良いかな?」


 全員が頷いたと思ったが、ロイが手を挙げた。


「腰を折って悪い。そのランクってのが最弱なのは、やっぱり実力の部分でもそうなのか?」


 ロイの単純な質問に返答したのはネイだった。


「ロイと呼ばせてもらう。その通りと思って良いだろう。Dランクから昇格する難易度は高くないが、今段階でCランクからBランクになるには授業内容を一年分先まで把握した上で、2学年に匹敵する実技も先んじこなさなければならない。それはひとえに、まだ入学一ヶ月半という基礎ポイントの少なさからなるものだ」

「それはつまり、入学間もないのにランクを上げるには必ず実力がないと上がれないってことかよ?」


 ロイが隣のネイに向かって返事をすると、ネイは穏やかな表情でロイに視線を返した。


「流石だ。例えばロイは現在Dランクだが、その実力は他者より勝ると私は確信している。だというのにDランクだ。これが半年後の話なのであれば、授業を受ける基礎ポイントだけでCランクに上がる実力がロイには既にあるだろう。しかし他はBランクが平均。中にはAランクもいる訳だ。これは私たちが弱いというより、他のクラスが強すぎると言った話だ」

「……理解した。足を引っ張っているようですまないな」

「いいや。そう思える事がロイ、君の才能だ」


 コウキは一連のやりとりを見てロイの協調性にも感心していたが、ネイの立ち回りや言葉遣いに驚いていた。

 相手への敬意を常に持って話ができるのは素直に凄いものだ。


 キオラに似ていると思ったが、ある意味で逆をいく立ち回り。

 あのロイに初対面で揉めず理解させるのは素晴らしい。


「コウキ、続けよう」

「んぁ、そうだな。なら方向性の話をするんだが……」

「コーキ、ちょっといいかな。アタシあまり関係ないんだけど、方向性って多分戦い方とかの話だよね?」


 手を挙げたテイナが初めて発言した。

 コウキはそうだね。と簡単に返すと、キッパリとテイナは言う。


「アタシ、多分他クラスの協力は無理だと思う」


 その発言に全員がテイナの方向を見た。

 意見の食い違いと言うよりは、各々が近い意見だが理由を知りたいような動きだった。


「アタシ特にやれることなんてないからさ、情報くらいは集めてるんだけど……まず、ルージュに関しては一部ノアールへの敵対視が酷いのね」

「多分ガミア」


 ここで初めてライラが声を出す。

 テイナがライラを見ながら頷くと、話を続けた。


「様々なところで揉め事起こしてるから、きっとルージュとの協力は無理。残りはブルとブロンだけど、このブルに関しては身内で固めてて結束してる。唯一全員Bランクなのって多分参加メニューをできるだけ揃えてるからだと思うの。普通に相手にされないと思う」

「異論はないわ」

「ボク的にもそれは思うな。そもそもブル自体が辛気臭いのに内輪の団結つよくて印象よくねーからな。ノアールも大概だけど」


 コウキとしてもブルとの協力が最も難しいのではと考えていた。

 明らかに異質であるし、選ばれた人間のランクが全員同じである点についてもテイナと同意見である。


「んまぁ〜そもそも白は黒と対立、赤は青と対立って言うけど。白と黒は自然対立に対して、赤と青は信念や思想で対立してるからねぇ。わたーし的にも赤と青は独特の感性で絡みづらいかもな〜ん」

「ボクそれで気になることあんだけど、白赤と黒青の関係はどうなんだ?」

「それは互いを支え合う補完関係。ただ赤も青も自我を尊重する傾向にあるため協力する補完というより元々は黒青で相性が良いだとか、雰囲気似ているだとかその程度」


 コウキは話が逸れてきたな、と思いテイナに視線を送る。

 既に察していたテイナが全体を今一度見ながら、


「最後にブロンだけど。ここは特殊で、多分助けが必要ないパターンだと思う」

「ミアか」 「ミア氏な〜」「ツヴァイン」「戦闘狂殿」「ナイチチね」


 ここは満場一致だった。


「そう、ミアさんがいる。サポーターとか無しであの娘を主軸にした4人構成、機動力全開でくると思うの」

「確かに、ミアに先行ってもらいながら少数で進めばまず崩れないだろうね」


 あまりにも知られた強さに苦笑いで話をするテイナへコウキが冷静に返事をした。

 サポーター無し含めこのテイナの読みはおそらく正しいだろう。


「と、いうことはだけど……やっぱりクラス内で完結すべきだとアタシは思う。方向性はそっちかな」

「うん、いいまとめ方だったよテイナ」

「本当!?嬉しい〜」


 るんるん気分のテイナを見て、ライラが死んだ目でコウキを見た。

 おそらく不愉快且つ理解不能なのだろう。

 お前この娘どう騙した?とでも言いたげな表情だった。


「わたーし的には尖ってる系ギャルだと思っていましたが……テイナ氏がギャップ属性だとは……不覚ッッッ☆」

「お前は何を言っているんだ」


 オタクモード全開のエリエリのことは放っておこう。


「コウキ、クラス内で攻略するなら結論は2パターンであろう」

「そうだね、どっちにしようか今考えてる」

「……ほえ?もう決まってんの?」

「ん?ロイ今寝てなかったか?」

「そそそそそんなことねぇよばっかじゃねぇの⁉︎」

「そうだよなー流石になーあはは」


 ネイの発言を肯定すると、寝ぼけ確信犯のロイが質問してきたので遠回しに釘を指しておいた。これくらいはやっておかないとコイツはまた眠りそうだ。


「まぁ、ノアールがここで勝つなら4人か6人のどっちかになるよな」

「あ、そうなんだ……どうしてそう思うの?」


「んーどっちか二択というより、5人だけ無いって話だ。何事も最弱の場合は降りるか、超乗るかの2択だね。4人の機動力と一人でも旗を刺せばいい状況は魅力的。6人のときのバランスの良さは言わずもがな」

「そもそも5人である意味ってあるのか。ボクにはわかんねー」


 テイナの疑問にコウキが返事すると、ロイが頭に手をやりながら呟く。

 あまり興味がなさそうだが、念のためコウキは説明を続けた。


「5人のメリットと言えば、プラス1の人員がいれば補完し合えるくらい実力が揃ってる場合。これは攻守ともに一番バランスがいい人数とされてる。元に攻略班は5人1組がベースなほど、迷宮探索の適性人数と言っていいな」

「へぇ」

「だから攻防戦が繰り広げられるクラス毎の対抗試合とかなら5人という考えもあったんだが……コンビネーションをフル活用できるほど俺たちはお互いの信頼関係を構築できてないし、力に差もある。色々と危ういはずだよ」


 全ての説明を終えると、その場では沈黙が流れる。

 4人にするか6人にするかを決めかねているようだ。


「この先に行くには私の能力について話す必要がありそうだ」

「そうだね、頼むネイ」


 ネイが話を切り出した。

 4人で行くにしても6人で行くにしても、肝心なのはメンバーの特徴である。この中でネイが最も関係性が薄い相手だ。そのため自ら能力を伝えるようだった。各々が生徒手帳で互いの力を確認しているものの、本人から聞く事で詳細を知る事ができる。


「生徒手帳の通り、私の精霊剣は擬速の剣アキレスだ。能力は高速度での動きだが、これは自らの速度上昇ではなく相手の速度を減少させているという理屈だ」

「なるほど。それで擬速か」


 統計学の範囲を超えないが、闇タイプの特徴は減少や拘束や時間や変化などの所謂デバフや欺きが主になっている。ネイの能力もそれに当てはまっていた。


「その通りだ。加えて、任意のため生徒手帳に公開はしていないが……ギフテッドを二つ持っている」

「んおおお!?ふたつもかい?ネイ氏、そりゃあ凄い事だぜい?」


 身を乗り出して聞いてきたエリエリ。

 コウキとテイナは以前なんとなく聞いていたが、他の面々は初耳だろう。珍しくライラも少し驚いている。反応を見た後ネイは話を続けた。


「私のギフテッドは“龍童りゅうどう”と“天啓一閃てんけいいっせん”だ」

「なんだそれ……ギフテッドはそれなりに調べてるけど、どっちも聞いた事無いな」

「自分で言うのも恐縮だが珍しいモノだ。これには私の出生が関連してくるが、とりあえずは能力だけを伝える」

「了解だ」


「まず、“龍童りゅうどう”は断絶等の影響を受けない。加えて体力の低下と共に覚醒状態となり能力が向上する。次に、“天啓一閃てんけいいっせん”は対象者の隙を検知する。検知さえすれば必ず攻撃が通る必中のギフテッドだ」

「……ギフテッドってやっぱ凄いな。どう考えてもプラスでしか無い」

「あぁ、コウキの言う通りだ。私も使っていて弱点を感じた事はない」


 “龍童りゅうどう”が断絶の影響を受けない時点で、対人戦闘において非常に有利だ。精霊剣必殺の技と言われる断絶が通用しない上に、覚醒能力も保有している。これだけでも充分強いと言うのに必中効果を持つ“天啓一閃てんけいいっせん”がある。


 正直、コウキ自身からするとギフテッドには越えられない壁を感じてしまう。記憶喪失の一縷の希望として実は持ってたりしないかと思ったが……忠義の石に記載はなかった。と言うより読めなかった上に、それっぽい潜在能力も今の所感じない。


「ギフテッドって忠義の石には必ず表記されるんだよな?後天的に培う事ってあるのか」

「コウキ。それはない。私が知る限りでは、例外を除いてギフテッドが追加される事例を知らない」


「例外とは?」

「ギフテッドは潜在的にも本人が無自覚であれば忠義の石に反映されない。基本的には生まれた頃から持っていて少しでも自覚したタイミングで反映される」

「なるほど。だから稀に無自覚の人間が自覚して反映されるパターンがあるのか」

「流石だ。理解が早い。もう一つ例外があるが、これは禁忌であり滅多にない事なので今は辞めておこう」


 ネイの視線を見て、ある程度進行役をしていたはずの自分が話を逸らしていることにコウキは気付いた。


「ごめん。逸れた。話を戻して4人で行くか6人で行くかについてだが……俺は今のネイの会話からやっぱり6人以外に選択肢はないと思った」

「んぉお、少年。どうしてだい?」

「ボクも気になるな。今の会話のどこに決定打があるんだよ」

「アタシもちょっと聞きたいかも。機動力を削ぐのはある意味危険だと思ってる」


 其々が反応し、ライラとネイはコウキの理由を待った。


「まず、メンバーの能力だ。大袈裟に言うと断絶特化の俺、拘束特化のロイ、攻撃特化のライラと速度特化のネイ。これらはいずれも戦闘にフォーカスが置かれている」

「フツーに行けそうだけどな。そこそこ強くね?」

「ロイよく考えてくれ。肝心なサポートタイプがいない」


 コウキは現状最も不足している点について切り出した。


「俺はネイのギフテッド二つ持ちを知ってたから、全体への感覚共有だとかそういうものがある可能性を考慮してたんだけど、それが無くて攻撃が基盤の場合、パーティにサポート能力が無いのはかなりキツい気がする」

「でも攻撃は最大の防御とも言うぜ?それに回復とか上昇効果はブロンやルージュの専売特許みたいな話がある」


「……言うほど俺たちは強くない。回復だとかそこまでは行かなくても、例えば対象に対して自由度の高い低下効果だとか、環境に適応する変化系の能力だとか。そういうのが必要だと思う」

「それは、まぁ確かにそうだと思うけど」


 ロイは言語を理解していてもあまり納得がいってない様子だ。

 その理由がコウキにはなんと無くわかっていた。


「多分ロイが危惧してるのは、新しいメンバーを増やすことだよね」

「そーだよ。ただでさえ団結力が必要な上にまだ入学間もない。4人ですら大変なのに、6人ならよりそれが大変になって時間を喰うことくらい、バカのボクにも分かる」


「それを考えるだけロイは馬鹿とは思えないけどな」

「とにかく、ミスって大怪我するのだけはゴメンだね。ボクには救われた王族の為に天上を目指す夢がある。勿論理由があるなら6人で構わないけど、ここで躓いてられないから意見も言わせてもらう」


 ロイは至って冷静に分析しパーティの未来を考えて発言していた。そこに水を差さないよう、コウキは慎重に言葉を選ぼうと思考した。


「ちなみにちなみに、今回わたーしはサポート参加できないんよ。ちょっとした持病で、まぁ態々詳しくは言わないけど一応半年以内に手術するから、怪我できないんだにゃ」

「エリエリはこの理由から実技も参加していない」


 エリエリの発言にライラが補足する。


「んでんで、例えば6人で行くとしてー……お主たち、パーティにむかえれるくらい信用できる友達他におるかえ?ちなわたーしは居ない☆」


 場が凍った。


「いない」「いないな」「いねーよ」「いないね……」


「うん、居ないな。インキャ万歳」


 コウキは結論付けた。

 探してみたけれど、友達と言える人はノアールではここの面々以外に存在しない。

 より一層難航しそうだと考えた時、一人が手を挙げる。


「あのさ……アタシ、参加しようか?」

「え――、」

「ひぁっ!ご、ごめんコーキ。アタシじゃ能力不足だよねぇ」

「…………いいや。適任かもしれない」


 灯台下暗しとはこの事ではとコウキは思った。

 テイナの戦闘を控える姿勢により無意識に候補から外していた。


「そもそもテイナはノアールで唯一と言っていい能才付与系だ。それに対人戦闘を避けてはいるが、今回は魔獣。運動神経もかなり良い上に、座学の知識もある」

「ほ、褒められてる……」


 むず痒くなるテイナ。

 全員もあまり異論がなさそうだったが、ライラだけは瞳の奥を覗き込むような目でテイナを見つめながら手を上げた。


「貴女、魔獣なら斬れると断言して」

「――できるよ。アタシそもそも小さい頃からお兄ぃと修行してて、その相手の多くが魔獣だった」

「どうして人斬りを避ける」

「それは……数年前、幼馴染との真剣勝負でちょっとトラウマが」

「それが魔獣との交戦に影響しない所以は?」

「根拠はないよ」

「そう」


 見切りをつけたのか、ライラがその瞳を逸らそうとした時。

 テイナが逆に瞳を強めてライラを見た。


「でもやるしかない。アタシには支えたい人がいるから」

「――、」


 テイナが意志の宿る目線でライラを射抜く。

 表情の少ないライラが一度驚き、キョトンとした顔でテイナを見た。

 その顔色は次第に柔らかで優しい表情となり、コウキ含む男性メンバー全員は普段見せないそれに驚いた。ライラは尊いものを愛でるような、柔和な空気を纏って返事をする。


「貴女……強くなるわ」

「そうなれるように頑張るね」


 こうしてサポーターが決まった。


「……とりあえず、テイナちゃんがいるなら心強いよ」

「見事な度胸だ。期待させてもらう。背中は預けた」

「改めてよろしくな、テイナ」

「美女の参入で男たちも大喜びって訳ですわい☆ とりあえずめでたし!very good.ステキだぜ」


 後半なぜかイケボ風サムズアップのエリエリが雑にまとめる。なんだかんだで停滞した流れを進めたり、素晴らしい立ち回りだった。


「ところでコウキ。残りの一人は如何にする。もう既に6人で進む方向になっている」

「それなんだけど、ちょっと考えがある」


 コウキの発言に全員が注目した。


「信頼できそうな好敵手。マリードにフラッガーを頼むつもりだ」


 驚いた顔が数名いた。

 だがこうしてパーティの方向性とメンバー選定は終了。

 善は急げだ。コウキだけはマリードを誘うために身支度をし始める。


「そういえば貴女、私の下で修行するといいわ」

「え!!!」


 ライラの発言に一番驚いたのは、言われたテイナではなくその場を去るコウキだった。



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