推しを殺された男の話

@neruneruneruneru

推しを殺された男の話

【注意】

・この作品は作者の実体験を基にした話です。

・細部は脚色しています。

・Vtuberというコンテンツに対する、とてもネガティブでセンシティブな話題です。

・できる限りぼかしているつもりですが、言及している人物の特定ができてしまうかもしれません。もし心当たりがあったとしても、決してその人の名前を出さないでください。



・作者は今でもVuberが大好きです。





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とある男がいた。

 ゲームやアニメが好きで、いつも動画配信サイトを見ているようなオタクだ。

 男が高校二年生の時のことだ。その頃男は少し悲しい出来事があり、自分の心を慰めるように毎日動画配信サイトを見ていた。

 そんなある日、男は人生が大きく変わる出会いを経験する。

 それはバーチャルの世界だった。

 男は、こんなものが存在するのかと驚いた。そしてすぐさまその世界にのめり込んだ。

 後にその世界を牽引する者と、黎明を産んだ四人。後の時代を創る先駆けとなったひとたち。毎日のように新しいひとが現れ、新たな物語が築かれていく。そんな世界に、男は惹かれたのだった。

 それから、男は多くの時間を彼女らに割いた。日々投稿される動画を観ては笑い、泣いた。今まで様々なコンテンツに触れて来た男だったが、ここまでのめり込んだのは初めてだった。

 そうして男は、バーチャルの世界の虜になった。



    *



 それから少し経って、男は一人のひとに出会った。

 とても可愛らしいその少女は、男の胸を貫いた。

 男は所謂「推し」というものに出会ったのだ。

 男がその少女を好いた理由は、なにも容姿だけではなかった。なによりも男を魅了したのは、その世界間だった。

 当時、バーチャルの世界には様々なひとがいた。バーチャルであることを最大限駆使し、新しい可能性に挑む者。リアルとそう変わらない活動をする者。独特な世界観や謎を提示し、観る人たちに考察を促す者。

 少女は、その三つ目に該当するタイプだった。可愛らしい見た目とは裏腹に、提示されるミステリアスな世界観が男を魅了した。

 決して有名とは言えないひとだったが、少女を好いた人は多くいた。男もその一人だった。

 男は多くの時間を少女に割いた。少女からもたらされた時間は、男を幸福にした。

 ずっとこのひとを好きでいよう。男はそう思った。



    *



 月日が流れ、男が少女と出会って一年が経った頃。少女がデビューして一年と少しが経った頃だった。

 少女は大きな配信を行った。

 少女はそこで、今まで断片的にしか見せなかった物語を、一気に提示した。

 ファンたちは歓喜した。今まで謎に包まれていた部分の答え合わせが行われた。少女の世界観に魅了された人たちにとって、この上ない幸福だった。もちろん男も喜んだ。

 そして最後にもう一つ、少女は大きな発表をした。企業所属が決まったのだ。

 その頃バーチャルの世界では、自分の力で活動する個人勢と、事務所に所属し様々なサポートを受けながら活動する企業勢の二種類がいた。それぞれにメリットがあったが、個人勢の企業所属というのは大きな進歩として見られるのがほとんどだった。

 当時、不祥事などの理由で、あまり良いイメージのない事務所などもあった。男は少女の所属先を確認したが、目立った悪評もなく、名のあるひとも所属していたので安心した。

 男は喜んだ。企業所属となれば、できることも増えるだろう。今までよりも多くの彼女の活動を観られるかもしれない。

 そうして、少女の物語の第二章が始まった。



    *



 あまり有名とは言えないひとであったため、企業所属の恩恵はすさまじかった。

 元々いた所属先のひとたちのファンは、少女の所属を大いに歓迎した。少女のファンの数は数倍に膨れ上がった。

 大好きなひとが有名になっていくことを男は喜んだ。少女を好く人が増え、少女を通じて男の交友関係も広がっていった。

 しかし、良いことはあまり続かないものである。

 少しずつ、変わり始めた。

 少女の活動体は、今まで彼女が使っていたものではなく、事務所から支給されたものになった。活動内容も、ほんの少しずつではあるが、今までやらなかったようなものが増えていった。

 最初のうちは、男は喜んだ。新しい活動体。新しい活動内容。しかし、それらが少しずつ、彼女のイメージから乖離していくように感じられた。

 彼女が入った事務所は、とても明るい場所だった。ワイワイガヤガヤと、陽気な場所だった。言ってしまえば、彼女の今までの世界観とは真逆の場所だった。

 少し経って、その事務所のよくない部分を耳にすることが増えた。何かと厳しいようだった。

 そんな話を聞くころには、男は受験で忙しくなり、彼女の活動に顔を出せる日も減ってしまっていた。



    *



 少女の魅力は沢山あった。可愛らしい容姿も、容姿にそぐわない気質のギャップも、綺麗な声も。そして、その世界観だって少女の大きな魅力の一つだった。

 ある日男は、久しぶりに少女が出演した動画を閲覧した。

 そこには、事務所に所属する前とはとても似つかない少女がいた。

 少女は、その容姿とギャップのある気質を前面に押し出していた。

 男はそこで、少女が今まで作り上げて来た世界観が、事務所の構築した世界観に吸収されたことを知った。

 男の好いた、儚くミステリアスな世界観は欠片も残っていたなかった。

 そこにいる少女が、自分の好いた少女と同一だとは思えなかった。思いたくなかった。

 男は絶句した。次いでその事務所を憎んだ。

 少女が望んでその方向性へ舵を切ったかは定かではない。事務所の意向だったかもしれないし、そうでないかもしれない。どちらにしても、一人のファンがどうこう言うべきものではないのだろう。

 それでも男は、その事務所を憎まずにはいられなかった。

 その事務所でよくない出来事が起こったのも、その頃だった。



    *



 そして男は少女のもとを去った。少女の作り上げたあの世界観に惹かれた男にとって、正反対のような世界観に身を置く少女を見続けるのは苦痛でしかなかった。

 少女は事務所に染まっていった。昔の雰囲気は無くなった。明るく、楽しそうにする少女がそこにいるだけだった。

 「そんなことで」と男を非難する者もいるだろう。このようなコンテンツにおいて、公式は絶対だ。公式との解釈違いなど、そうそう認められるものではない。

 でも、考えてみてほしい。自分の大好きだったシリアスなアニメが、二期でギャグアニメになっても許せるだろうか? 好きでいられるだろうか?

 男には、到底無理だった。

 こうして、男は推しを殺された。事務所によって殺された。

 推しの自殺だったのかもしれない。そもそも死んだと思っているのも男だけなのかもしれない。

 でもきっと、コンテンツの死というのは、こういった形でもあるのだ。



    *



 男は今も、バーチャルの世界にのめり込んでいる。日々多くのひとと出会い、いくつかのひとを見送りながら、多くのひとを愛し生きている。

 男は未だに、少女との縁を完全に断ち切れずにいる。あの一年間に嘘が吐けず、忘れられないままでいる。

 嘘を吐いてはいけないと、忘れてはいけないと、今の推しに教えてもらったからだ。

 だから今も、男は色んな所で少女を姿を見かける。

 多くの仲間と多くのファンに囲まれ、楽しそうに笑う少女を見て、男は目を逸らすように通り過ぎてゆく。

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