南方神域内見伝

生來 哲学

ニート龍と新米神侍の住宅情報

 我には三分以内に終わらせなければならないことがあった。

 すなわち、新たな神域の確保である。



 先だって、突如として日本列島に出現した全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れによって、我が封じられていた祠が破壊されてしまったため、魂の在処を失ってしまったのである。

 我はかつて人の身であったが、死後、生地の信仰によって神となった身である。とはいえ、我を縛る祠もなくなったし、信者ももういない。

 よって、新たな魂の在処を求めて天女の案内にて候補地の内見に来たと言う訳だ。なお、バッファローの群れは呪殺しておいた。いかな全てを破壊するバッファローの群れといえど、呪いには勝てなかったということだ。



「という訳で、こちらが播磨三郎湖玄はりまのさぶろうせいげん様の新しい住まいの候補にございます。さあさどうですか、この風光明媚な海岸は。絶えず聞こえてくる潮騒の音、暖かな海風、どれをとっても――」

「あいや待たれよ」

 桜色の髪をした天女の言葉を遮り、我は問う。

「あら、どうしました?」

「二点ほど訊ねたきことがある」

「伺いましょう」

 眉をしかめる我に対し、桜髪の天女は満面の笑みを返してくる。その顔に一点の曇りもない。それがむしろ我の不安を増大させた。

「何故、お主は服を着ておらぬのだ?」

 そう、この桜髪の天女は一糸まとわぬ生まれたままの姿であった。

「あらら、播磨様には私の姿がようよう見えるのですね。高い神通力をお持ちですね。知っておられましょう、霊位が上がると共に衣服は不要となり、いずれその魂は裸となっていきます。それは自然なことです!」

 なるほど確かに彼女の霊位は高く。天女としても位が高いに違いない。多くの下級神であれば、彼女の姿を正確に感知することは出来ず、光の玉にしか見えないかもしれない。

「これは我の推測でしかないのだが」

「伺いましょう」

「神通力の弱いものには知覚されないことを良いことに、公然露出をお愉しみ遊ばされているのか?」

「あらあらあら、お侍様はなかなか結構な想像力にございますね。いっそ、剣客を廃業して推理小説家にでもなられてはいかがでしょうか?」

 桜髪全裸天女がころころと笑う。もしかすれば見た目などもう気にならぬほどに悟りを開いておられるのかも知れないが、美しい女人が全裸でいることがどうにも気になって仕方ない。

「それで、もう一つの質問とはなんでしょうか?」

「えぇー?」

 てっきり衣をまとって貰えると思っていたがそんなことはないらしい。天女の全裸はそのまま続行である。

「…………では本題に入りたい。この地は明らかに龍が伏しているように見えるのだが、いかがなものか?」

 そう、桜髪全裸天女のことも問題ではあるが、目前の大問題と比べれば実に些細なことである。

 彼女の用意した新たな住処は確かに景色の良い港町であったが、その地を埋め尽くすほどの巨大な龍が鎮座しているのだ。無論、この地に住まう人々には見えないのだが、ひとたび霊的な知覚を見ればこの地が巨龍によって埋め尽くされているのは明かである。

「ああ、この方は、不法滞在龍でございます。お気になさらず」

「不法滞在龍。初めて聞く言葉にござる」

「今や令和の世です。龍なんて流行りませんよ。この方は地に伏して千年が過ぎております。とっくに天に昇るべきですのに未だにこの地に留まっておいでです。なので追い出してください」

 にこにこと桜髪全裸天女と語る。

「いや、待たれよ。まだこの地を頂くと決めた訳では――」

「この地を開いたのは貴方のご子息ですよ。貴方が冤罪によって討たれ、故郷を追われた貴方の家族がこの地に流れ着き、未開の地を開いたのです」

「なんと」

 我が怨霊として地に留めおかれている間にそのようなことが。

「播磨三郎湖玄。かつて荒魂であった霊神よ。血染桜姫之神花胡が命じます。子孫が切り開きしこの地を守護なさい」

 桜髪天女が神々しい気を纏わせながら告げてくる。

 ――せめて服を着てくれていればもっと格好が決まっていたものを。

 とはいえ、彼女が言うのは真っ当なこと。

 由縁なき南方の僻地へと連れてこられたかと思ったが、息子の開墾した地であるならば是非もない。

「あい分かった。この播磨三郎湖玄、見事この地の龍を調伏し、この地をありがたく頂きます」

 桜髪天女に一礼をし、我はこの地に眠る龍の鼻先へと向かった。

「あ、私も次の仕事があるので三分以内にお願いします」

「え?」

「お願いします」

「あ、はい」

 いつの間にやら可及的速やかに解決せねばならなくなってしまった。

 あの天女、もしかしたら桜の精ではなく試練の神なのやもしれない。




「頼もう。我は播磨三郎湖玄! この地に新たな神として遣わされしものである!

 貴殿はさぞかし名のある龍神であるとみた! 何故天に昇られぬのか?

 どうか天に召され、この地を我に譲り受けられぬものか」

 我が身の丈の三倍はある巨大な龍の顔を前に、我は声を張り上げる。

 龍は応えない。

 伏したまま眠るのみ。

 仕方なくもう一度叫ぼうかとした時に脳内にて声が響く。

『名などない。忘れられ、研鑽を怠った我が身はもはや天に昇ることもあたわず』

「だからといってこの地で惰眠をむさぼり続けるというのか。龍よ、古き神の時代は終わった。新しき者に場所を空けよ」

『叶わぬ』

「それは如何なる理由にて?」

『我は衰弱すると同時に肥大化してしまった。もはや、自らの瞼を持ち上げることすら叶わぬ』

 正直なところ、肩すかしのような思いを感じずにはいられなかった。

 この地に留まるのはさぞかし重き過去でもあるのかと思いきや、図体ばかりがで大きくなったものの、力は衰え、自分で身動きすらとれなくなっているだけらしい。

 なんたる間抜けなことか。

「なれば我が剣にて天へ還す他あるまい」

『果たせるのか』

「知らぬのか。龍は人に退治されるが世の常ぞ」

 我は神気を整えると共に静かに構えた。先刻までぼやけた人魂の姿だった我が身が生前の剣客だった頃の姿へと戻っていく。

 静かに手を腰元に伸ばすとそこには生前から変わらぬ愛刀の柄。

『抜けるのか』

「抜けるとも」

 我が剣は魔を断つ剣。

 魔を断つ剣は神をも断つ。

 神魔烈断の奥義を持って挑まん。

 世界から音が消える。

 光が途絶える。

 そして――。

きんっ

 抜いた刀を静かに鞘へと戻す。

 その音を合図として伏龍の身体がずるりと斜めにすべり落ちた。

美事みごと

 この地に満ちていた伏龍の身体が光の粒子となって消えていく。

 かくて我が内見は終わる。




「では、出雲の神々には私が報告いたしましょう」

 桜髪天女の言葉に我は深々と頭を下げる。

「かたじけない。かえすがえすも世話になった」

「いいのです。これも私の仕事ですので。どうかこの地をよろしくお願いします」

 微笑む桜髪天女。

「そうそう言い忘れましたが」

「はい」

「この地は台風の通り道で、天変地異が起きやすく、また長年大地を支えていた伏龍さんが居なくなったので地震もかなり起きやすくなったと思いますが」

「え?」

「しっかりとこの地の守護をお願いします」

「なんですとぉ!」

 文句を言う前に桜髪天女の裸体はするりと消えていなくなった。

「……十一月になったら出雲に文句を言いに行かねばなるまい」

 我はないはずの肩をがっくりと落とすがもう遅い。 

「なあに、住めば都ぞ」

 我の弱気な強がりを潮騒だけが聞いていた。



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