第14話 壊滅 side沙智

 十数年ぶりに聞いた彼の声は、相変わらず優しく私のことを包み込んだ。年甲斐もなく胸の奥が熱い。凍りついていた時計の針が、再び時を刻んでゆく。


 彼は会社再起の為にかなり無理な借金を抱えているらしく、私達が再婚して安定した生活をするためには少しでもお金が欲しかった。もう手段なんて選んでいられない。私はスマホを握りしめあの人へメールを送った。


─お久しぶりです。哲夫さん元気ですか?

 いきなり連絡なんかしてごめんなさい。

 雨音を聞いていたら、あの日のことを思い出してしまって。

 もう会えるわけないのに。

 

 数分後、哲夫さんからメールの返信。


─連絡ありがとう。

 沙智は元気にしてるの?

 返信してはいけないとわかっているのに、僕の心は君に会いたくてたまらない。


 私は小さなため息をついた。私は結婚せずに空を出産した頃から両親とのケンカは絶えず、ほぼ絶縁状態が続いている。あの家には甘えられない。巻き込むつもりはなかったけれど、もう手段を選んでる暇はない。


「ごめんね、哲夫さん」


 そう呟くと、再び哲夫さんへのメールを続ける。


─私も会いたくてたまらない。

 食事くらいダメかな?


─あぁもちろん大丈夫だよ。

 やっと生きてる感覚が戻ってきた。

 バレないようなお店を予約しよう。

 愛してるよ、沙智。


 こうして再び哲夫さんと会うことになった。もちろん目的はお金。少しの涙と儚い表情でも見せておこう。そして、空の進学を応援したいけれどお金が足りないと話を進める。ここまで来たらバカ優しいあの人のことだ、なんとかしてお金を準備してくれるだろう。


 2回目のデートでお金の話をすると、哲夫さんはもらい泣きをしそうな程悲しみの表情を浮かべ、毎月10万ずつ金銭援助してくれることになった。


 時折愛おしそうな目で私を舐めるように見てくるけれど、今の私が愛しているのは海斗だけ。最近めまいがひどくて、体調が悪いとホテルへ行くのはうまくかわした。


「ねぇ海斗、今度はいつ会える?」


「なかなか会えなくてごめんね、沙智。君との結婚のために今は仕事をがんばって少しでもお金を作らないとね。君と空との生活を考えたら、疲れも吹き飛ぶよ。借金返済の為に君にも無理をさせて本当に申し訳ない」


「いいの。そんなこと気にしないで。私達のためじゃない」


「ありがとう沙智。愛してる」


 またこうして海斗と再会し、結婚まで考えてくれているなんて。やっと愛に満ちた生活が待っているのよ、なんとしてでもお金を作らなきゃ。


 それからあっという間に2ヶ月がたった。朝食の後片付けをしていると、海斗からの着信。


「お疲れさま、海斗。どうしたの?こんな時間に珍しいわね」


「少しでも早く沙智に話したいことがあって。なんとか借金返済のめどがつきそうなんだ。それに君と新しく生活を始めるアパートも準備できた。もう君と会えない時間を我慢できそうにない。明日にでもこっちにこないかい?」


「え?うそでしょ。そんな急に?」


「そうだよね、あせらせてごめん。俺もどうかしてるよな。明日こっちに来てほしいなんて。でも一緒に住む準備ができたのは本当だよ。いつでも大丈夫。一日も早く君を抱きしめたい。その温もりをひとりじめしたいんだ。なんだか君と再会して、素敵な風が吹いてきたみたいだ」


「私もあなたを愛してるわ。ふたりぶんの荷物だから引越しの準備なんてすぐに終わるわ。すぐにアパート解約の連絡もして、明日そっちに向かうわ。待ってて海斗。もう離れないから」


 学校から帰ってきた空は、家中の荷物が片づけられていることに驚いた。パパのところにいくのよって話しても、俺はそんなとこ行きたくないといい、部屋にこもってしまった。


 夜が明け朝日が差し込む頃、私は空とふたりでこの街をでた。相変わらず空は隣で不貞腐れているが仕方ない。私は彼の待つ東京へ車を走らせた。新しい住所は海斗から教えてもらっているので大丈夫。ナビでいけるはずだわ。


 最寄りのSAで一度海斗に電話をするが繋がらずあきらめた。忙しくバタバタしている彼の邪魔はしたくない。前もって聞いていた住所をナビにうちこみ検索してアパートを探す。


「えっと三丁目だからこのあたりよね。アパートの名前は、セジュール北川302。空も一緒に探してよぉ〜」


「なんだよ。まだ連絡ないの?遅くない?あ、あれじゃないの青い屋根のアパート」


「あ、本当だぁ。もう荷物も送ってあるし、今日はとりあえずすぐ使うものだけ荷解きしてゆっくりしようね」


 まるで新婚生活の準備をする乙女のように、私には全てがキラキラして見えた。閑静な住宅街にあるアパートは、私にとってはどんなお城よりも素敵。愛する人との生活を夢見てやっとここまでたどり着いた。後は彼の帰りを待つだけ。


「空、少しだけ車で待ってて。まだ鍵もらってないから入れないし。少し様子みてくるね」


 いてもたってもいられず、私はそう言ってアパートの302号室の部屋の前まで行ってみた。すると中から女性と幼い子供の笑い声が聞こえる。お隣からかと思ったが、声は確かに302号室から聞こえるのだ。少しの間様子をうかがうと、家族が住んでいるようだ。穏やかな家族団らんのひとときが垣間見える。あれ?部屋番号でも間違ってるのかしら。


 私は一度車に戻り空に状況を話した。俺は疲れたから寝てるよといって、ふて寝してしまった。


 それから1時間、2時間経っても海斗からの連絡が来ない。気持ちだけが焦るけれど、それから海斗に何度も電話をかけたが繋がらないのだ。


 それから更に1時間後、ようやく海斗から一通のメールが届いた。まるでラブレターをもらった乙女のように心を弾ませメールを開く。


ー沙智。運転お疲れさま。

 ここが君のゴールだよ。俺との終着点。

 その住所も君への愛も全て偽物。

 俺はひとりの女を愛して生きるタイプの人間じゃないみたいだ。

 これで終わりにしよう。さよなら。

 もう連絡しないで。


 それと、家財や荷物も全部もらうよ。

 ありがと。



「な、何よこれ。どういうこと。全部嘘って。どこから?いつから?」


 何度も何度もメールの画面を読み直してみても、彼の心が理解できなかった。取り乱す私のスマホを見て、空がため息をついた。


「なんだよこれ。最悪」


 私ずっと騙されてたんだ。そう心で理解できた時、ひと粒の涙が頬をつたった。目の前が真っ暗になるってこういうことなのね。


 その後も何度電話をかけても海斗に繋がることはなかった。こんなにも愛していたのに。心の奥が冷たくなって、呼吸の仕方を忘れる程、過行く時間が疎ましかった。こうして私は、すべてを失ったのだ。


 右も左もわからない場所で、私はただひとり立ち尽くした。何かにすがりたくて、3日ほど東京でホテル暮らしをして連絡を待ったが、送ったメールが既読になることすらなかった。


 3日目の夜、アルコールばかり飲んでいた私の隣にきて空が呟いた。


「ママ。もう帰ろう」


 その言葉に私は積を切ったように涙が溢れ止まらなかった。ごめんねと繰り返す私の背中を撫で、優しくしてくれた。これまでのツケがまわってきたのだと甘受した。


 私達は重い足を引きずり、再び地元へ車を走らせた。帰る場所なんて他にはないのだから。


────────────────────


第14話を読んでいただきありがとうございます。

書いてたら止まらなくて、今回長文になってすみません。


次が最終話、明日15時更新予定です。

まだ書けてないけどw

頑張るぞぉ〜



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