第12話 怒り

 その後栗原さんの状況が掴めないまま噂だけがひとり歩きしていた。男に騙されて捨てられたとか、借金取りから逃げ戻ってきたとか。栗原さんの口から真実を聞くことは出来ないまま時間は流れ、再び栗原親子は中学校に姿を現すことはなくなった。


 なんだかモヤモヤした気持ちのまま過ごす私のもとに一通のメールが届いた。それは牧さんからのメールだった。



─田村さん、お久しぶりです。

 私、先日離婚したのよ。

 あなたに全てをお話したいんだけど。

 またあの喫茶店でお会いできるかしら?


─お久しぶりです。

 牧さん、元気にしてますか?

 お話聞かせてください。

 いつもの喫茶店で。


 こうして私達は、次の日の14時にいつもの喫茶店で待ち合わせをした。牧さんが言う「全て」の意味がきにかかる。そして何がキッカケで離婚を決意したのかも。


 待ち合わせの14時を少し回った頃、真っ黒いワンピース姿の牧さんが到着。窓の外から座る私に手を振り、その姿は初めてここで話をしたときとは全く別人のようだった。


「お待たせしてごめんなさい。美容室の時間が押してしまって」


「なんだかスッキリされたみたいですね」


 私は思わず本音が出てしまった。


「そうね。離婚届も無事に提出したしスッキリしたわ。私もコーヒー頼んじゃおっと」


 そう言うといつものコーヒーを注文。


「そうそう。栗原さんのことなんだけど。引越ししたかと思ったらすぐ戻ってきたりして、周りは大変だったわね」


「そうなんです。牧さんもご存知だったんですね」


「えぇ。全部知ってるわ。田村さんにだけは全てを話して、終わりにしようと思ってここに来たの。少しショッキングな話もあるかもしれないけど聞いてくれるかしら?」


 牧さんは結婚指輪の外された左手の薬指を右手で触りながら、私を見つめる。その瞳の奥に灯る黒い炎がメラメラと揺らめいていた。



※牧清美 視点


 不倫発覚後、私はそのまま実家で子供達と生活をしながら過ごした。主人にも栗原さんにも言いたいことは伝えた。それでも心のモヤモヤが癒えることはなかった。


 しかもその後あっという間に噂は広がり、私も祐也も学校やご近所で居場所を失った。私達が悪いことをしたわけでもないのに。どうしてこそこそと生活しなければ行けないのか。栗原さんと主人への恨みは募っていくばかりだった。


 主人は本当にバカなことをしてしまった反省している。これからは大切な家族だけを愛して生きていきます。と何度も言っていた。だけど一度壊れた信頼関係は簡単に修復できるわけがない。口先ではなんとでも取り繕うことはできるのだから。


 私は主人の言葉を信用できるまで3ヶ月に一度くらいのペースで主人の素行調査をお願いした。それは自分の気持ちを落ち着かせる為に始めたようなもの。興信所の方も快く引き受けてくれた。


 最初はなんの問題もない調査結果が続き、現在の主人の趣味は釣りだってことや、行きつけのお店など初めて知ることも多かった。夫婦って何なのかしら。私はいつまでこんなことを続ければ気が晴れるのかと自問自答する日々が続いた。


 しかし一年半ほど経った調査結果で、私は再び主人の嘘を知ることとなる。


「牧さん。今回の調査結果はあなたの心をまた深く傷つけることになるかもしれません。お伝えしても大丈夫ですか?」


 差し出された写真に映っていたのは、カフェで食事をする主人と栗原さんの姿だった。


「この後2週間程探ってみましたが、現在はホテルに行くような肉体関係はなく、時々一緒にお食事をする程度なのですが……恐らくご主人は栗原さんに金銭援助をされております」


「どういうこと!主人の口座は私が管理しているのに」


 思わず立ち上がり、ふたりの写真を思いきり握りつぶした。


「奥さまの知らない隠し預金。またはヘソクリがあるのかもしれませんね。そしてご主人は、金銭援助をしてでも栗原さんとの繋がりを求めていたんでしょう。渡している金額はもう少し調査を続けないとわかりませんが……」


「お願いします。詳しく調査してください。調査費用は主人がヘソクリで払うことになるでしょうから気になさらないで」


「それとひとつ気になる点が……。以前の浮気調査をしたときは、金銭のやり取りなんてひとつもなかったのに。突然それが始まったのが不思議なんですよ。栗原さんに何か借金でもできたのか、お金に困っているのか」


「そうだわ。できれば栗原さんの身辺調査もお願いできない?あの女が許せない。うちの家庭を壊しておいて、それでも足りずに澄ました顔でまた主人に近づいて、お金までむしりとって」


 私は怒りで体中が熱くなるのを感じていた。


「確かに悪質な女性ですね。今度こそ慰謝料請求して痛い思いをさせてはどうですか?」


「そうね、今回ばかりは私も我慢ならないわ。離婚を前提に話を進めます。もちろん弁護士をたてて、ふたりにはきっちり慰謝料を含めていろいろ支払ってもらいましょう」


 だけどその前にやらなきゃいけないことがある。あの女が立ち直れないほど、一番大切をモノを壊してあげなきゃ。もう体裁や理性などどうでもいい。ただただあの女の吠え面を見るまで、地獄まででも追いかけてやる。


 窓に映る私は静かに怒りに震えていた。


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第12話を読んでいただきありがとうございます。


明日もお昼15時に更新予定です。








 




 


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