宇宙一級建築士ビッグシスタートゥースの住宅相談

@2321umoyukaku_2319

第1話

 宇宙一級建築士でマルチバース宅建主任資格取得者のビッグシスタートゥース氏(仮名)の毎日は忙しい。無能なので仕事を片付けられず溜まる一方だからだ。

 間違えた。次々に仕事が舞い込み休む間もないのである。そのうえ氏は金にならない相談まで丁寧に応対していた。不動産や住居に関する様々な疑問や悩みを質問されると親身になって答えるのである。おかげで世間からの信頼は高まる一方だった。

 今日もまた一般の人からの質問に答えている。相談している人物は柚希(仮名)と名乗る女性だった。

「突然お電話してしまって、本当にすみません」

 そう言って謝る相談者に、ビッグシスタートゥース氏の頭も電話なのに自然と下がった。

「いえいえ、お気遣いなく。どういったことがお困りなのですか?」

「実は、住宅に関する悩み事がありまして」

「ふむふむ」

「スマートフォンを見ていると、やたらと広告が入るのです。とある住宅の」

「ほうほう」

「ある家の広告が、何度も。触ったつもりがなくても、そのページに飛ぶことがあります」

「それは迷惑ですね」

「ええ。困っています。しかも、それが本当は住居の広告ではないんです。実際は漫画の広告なのです」

 話を遮ってすみませんが、それは不動産や住居に関する悩み相談ではないと思いますよ……などとビッグシスタートゥース氏は言わない。信頼される人間は、人の話を最後まで聞くものなのだ。

「それで、その漫画に出てくる家なのですけど……その間取りが、私の知っている家に、とてもよく似ているのです」

「それは興味深い話ですね」

「その家が不思議な設計ですので、同じような家が二つあるとは思えなくて」

「それは、どのような家なのです?」

「あらかじめ送信していた間取り図をご覧になっていただけますか?」

「ああ、これですね。ふ~む……ああ、なるほど、確かに奇妙な家だ」

 送られてきた間取り図をビッグシスタートゥース氏はパソコンの画面で眺めた。

「ご覧いただけていますか?」

 尋ねられたビッグシスタートゥース氏が答える。

「家の二階の真ん中に窓のない部屋があります。誰かを閉じ込める牢獄のような環境ですね。そして何のためにあるのか分からない空間もある」

 柚希と名乗る女性が電話口の向こうで息を呑んだ。

「よくお分かりになりましたね」

 思わずビッグシスタートゥース氏は苦笑する。

「家の間取り図は数えきれないほど見てきましたからね。ところで、この間取り図はどこで手に入れたのです?」

「知人が家探しをしていて、不動産屋さんに紹介された物件の一つが、この一軒家だったそうです。知人から、その家の間取り図を見せて頂いたとき、何か変な家だなと思って、強く印象に残っていたのですが……それが、例の広告の漫画に出てきた家にそっくりで、とても驚きました。これは一体どういうことなのだろうと――それで、先生にご連絡したのです」

 ビッグシスタートゥース氏は「そうでしたか」と言って、しばらく沈黙した。

「先生?」

「いや、これは失礼。知人の方は、この住宅の内見を済ませましたか?」

「いいえ」

「実際に中をご覧になってはいないのですね?」

「はい」

「そのご予定は?」

「いえ、あの……知人の代理で、私が行くことになっています」

「よろしければ、その不動産会社の名前を教えて頂けませんか?」

「ごめんなさい、それは書き留めておりませんでした」

「そうですか……それは残念ですね」

「それが、何か?」

「私の方でも詳しく調べようと思ったのです。分からないことが色々ありますからね。私が直接、その不動産会社に尋ねられたら良いのですが」

「申し訳ございません」

 謝られてビッグシスタートゥース氏は恐縮した。

「いえいえ、専門家なのに何もお答えできなくて申し訳ないのはこちらの方です。ところで」

「はい?」

「この家の購入を、知人の方はお考えなのですか?」

「検討しております」

「実は、不思議に思ったことが他にもあります」

 電話口の向こうで息を凝らす人の気配を感じつつ、ビッグシスタートゥース氏は言った。

「この家には収納スペースが乏しいです。見たところ車庫の物置しかない。生活するには不便だと思います」

「……そうですね」

「一階と二階の間取り図しかございませんが、実は三階や地下があるのかもしれませんね。そこに収納庫があれば良いですが、階段を使っての荷物の持ち運びは面倒でしょう。この家はガレージが家の中にありますから、それは利点だと思います。外へ出ないで荷物の出し入れができますから車庫が屋内なのは便利ですけれど、それくらいしか利点のない家だと思いました」

「……そうかもしれません」

 電話口の声が小さくなったので、ビッグシスタートゥース氏は相手を元気づけようと明るく言った。

「異世界に家を買って、そこから職場へ通勤するという方法もありますよ。一戸建ての価格が、非常に安いところもありますから」

 柚希と名乗る女性は礼を言って電話を切った。手のひらの異世界スマホを見下ろしながら、ビッグシスタートゥース氏は思った。相談者のスマホに不思議な家の漫画の広告が何度も出たのは、どういうことなのか? 相談者が家の間取りを何度かスマホで検索したための可能性はある。しかし、どうしてこの変な家の話ばかりが出てきたのか? それは相談者が、このような間取りの家を求めていたからだ。そういう構造の家を検索し続けた結果、そんな間取りの家を題材にした漫画の広告が出てくるようになったのだ。

 そこまで考えたところで、ビッグシスタートゥース氏は机上のコーヒーを飲んだ。そして、さらに考えを進める。

 それでは、どうして相談者は、このような不便な間取りの家を必要としたのか。人を監禁するためだ。さらに、別の目的も考えられる。監禁するだけでなく、その囚われ人を殺害することが設計者の視野に入っていたかもしれない。一階部分にある車庫へ死体を運べば、外から見られず死体の処分ができる。

 相談者が言っていた知人とは最初から存在しないか、あるいは犯罪の共犯者だろう。不動産屋の名前を出さなかったのは、そこから自分の素性が知られることを恐れたためだ。

 そこでビッグシスタートゥース氏は苦笑した。考えすぎだった。

 疲れているのだろう、リラックスしよう。そう思いビッグシスタートゥース氏は異世界タバコに火を点けた。窓の外を見る。光の降り注ぐ異世界の平和な風景が、そこにあった。

 あの部屋の住人は、光を浴びられない体質だったのかもしれない。そう考えて、再びビッグシスタートゥース氏は苦笑した。この件は、もう忘れようと彼は思った。他にも仕事はいっぱいあるのだ、それを片付けようと心に決める。

 だが一つ、どうしても気になることがあった。どうして自分に、この相談をしたのだろう? 相談者が犯罪にかかわっているとしたら、それに関する事柄を他人に話す必要はないのだ。

 その質問への答えは、こうだ。

 相談者は、その住宅に疑いを抱いている。その住宅に興味を抱く知人に対しても。しかし、大事にはしたくない。だから、無関係な第三者に質問をしたのだ。自分が考えたことが正しいのか確認しようと。

 ビッグシスタートゥース氏は着信履歴のページを開き、先程の電話番号をリダイアルした。その電話番号は既に使われてなくなっていた。

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