本職の方の前で、泥酔して「〇〇プ」してしまった話。

くくくく

本職の方の前で、泥酔して「〇〇プ」

私がまだ二十代の頃、知人の紹介でラッパーのライブスタッフをすることになった。

ラッパーというとゴールドチェーンをしている怖そうな人たちという印象しかなかったが、そのラッパー(仮にAとする)はポエトリーリーディングというジャンルのアーティストで、音楽に乗せてポエムを読むスタイルらしい。

実際に会ってみると想像していたイカついラッパーとは違い、線の細いナイーブで感受性が豊かそうな男性だった。

YOYOと言いながら握手を求められてくることもなく

「よろしくお願いします」

とAは静かに言った。

小さなライブハウスは開場時間になり、お客さんがフロアにどっと押し寄せてくる。客層も大人しそうな若い男女が多く、柔らかい雰囲気に包まれていた。


私はライブグッズを物販のテーブルに補充しながら、ステージの方をなんとなく見ていた。

ライブが始まると物腰の柔らかかったラッパーAが、見た目からは想像できないほどに力強い声でポエムを読み始めた。

『人生とは何か。生きるとは。死ぬとは』

複雑な言葉を紡ぎながらも、シンプルなメッセージをお客さんに伝え続けるA。

命を削るようなパフォーマンスに、私は胸を打たれて涙さえ流しそうになった。

開場にいるお客さんはもちろんスタッフ達もが息をのむように彼の挙動に注目している。そして感動のままライブは終了。私は心の底から衝撃を受け、ラップという音楽の可能性に酔いしれていた。


その後、小さなバーで行われた打ち上げに誘って頂いた。バーにはDJセットがあり、HIPHOPが流れている。

店内は関係者やAのラッパー仲間でギュウギュウで、誰もが彼の感動のステージを称賛していた。

私はライブスタッフとしての役目を終えた安心感からか、お酒を飲み過ぎてしまい既にほぼ泥酔状態にあった。

頭の中は、Aの圧巻のステージでいっぱいだった。こんなにも素晴らしいアーティストがいるのに、自分は何をしているのだろう。自分にだって世間に伝えたいことはあったはずだ。それなのに何の表現もせずにいいのだろうか。


自問自答しながらさらにお酒を飲み続けた結果、気付くと私はマイクを握って大声で叫んでいた。


Aや関係者のラッパーたちが打ち上げでスペシャルライブをやる予定だったらしい。そのライブ用のマイクを私はどこからか見つけてきて、初対面の人たちに向かって叫んでいた。

「マジで今日は最高の夜だった。本当に素晴らしい。衝撃を受けた、俺も今日からラップを始めるぜ!イェーイ!」

本来の私であれば、絶対に言わない。

人前でマイクを持って何かしたことなんてない、表現者としてクリエイティブをしたこともない。しかし、Aのステージにあてられてしまい、本職のラッパーが大量にいる場所でそんなことを言ってしまったのだ。

関係者は突然のことに驚いていたが、中には笑って拍手をしている人もいた。私はそれに気を良くして続ける。

「DJ、ビートをくれ! フリースタイルをするぜ!」

できないのに? そんなこと、まったくやったことないのに? その時の自分の行動力が信じられない。

DJはハプニングなのかどうかもわからぬままに、一応ビートを流す。そして私はラップをした。

「マジで最高だぜ!たまんねえ!俺もいつかあのステージに立つぜ!俺は今日は実は誕生日、祝ってくれよパーティー!YO! 渋谷のキングは俺だー!」

本職の前でラップ。いや、ラップになっていない。ただ叫んでいるだけだ。しかし私は満足してマイクを置き、Aへと歩み寄った。

私が

「YOYO!マジで最高だよ。ありがとう」

というと、彼は

「渋谷のキング?」

とだけ言って笑った。彼は私が千葉県民であることを知ってはいなかっただろうが、渋谷のキングではないことだけはわかっていたようだ。

それからの記憶はない。


後日、打ち上げの様子を記録していた映像を見せられて私は悶絶した。

プロのラッパーの前で、関係者の前で、ライブの打ち上げという大事な場で、マイクを持って絶叫している自分がいた。

私はなんてことをしてしまったのだろうか。誕生日なのにバイトをしていた、という虚しさから来た行動だったのか。あるいは潜在的にラッパーへの憧れがあったのだろうか。酒の力といえどもこんなことになるのか。

神聖な場所を汚すなとボコボコにされてもおかしくなかっただろう。私はどうしていいかわからず、謝罪のメールをAに送った。十年以上経った今でも返事はない。


それ以来Aの曲を聴くと、トラウマで顔が真っ赤になって体が震えるようになってしまった。あんなに感動したステージだったのに、彼の曲を聴けない体になってしまったのだ。なんと重い十字架だろうか。


私はラップからもライブスタッフからも遠い場所で今日も生きている。

もう二度とあの場所へ戻ることはないだろうが、時々打ち上げのことを考えていてもたってもいられなくなる。

やらない後悔よりやる後悔の方が良いと聞くが、それにも限度があると思い知ったのだった。


しかし、マイクを持って思い切り叫んだあの夜を、ほんの少しだけ誇りに感じる自分もいる。それもまた恥ずかしい。






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