ドビーの新居

馬村 ありん

ドビーの新居

 チェダーチーズ色のまんまるの月が照らす夜だった。

 ドビーは雨どいを伝ってのぼり、民家の屋根裏へと入り込んだ。


 月明かりを背に部屋を見渡した。

 高いはりのある天井。

 走り回れるくらい広い床。

 下水溝のような悪臭はなく、わらのような優しい香りが漂っていた。


 外には畑があるので、お腹が空いたらトウモロコシの実をとってくればいい。夜寝静まった後、家の食べ物を拝借するのもいい。パンやチーズだってあるかも。


「ここに決まりだ。早速妻と息子たちと娘たちを連れてこよう」

 ドビーは言った。


「俺のナワバリに立ち入るやつは誰だ?」

 奥から怒鳴り声が聞こえてきた。


 部屋の隅っこに男が一人いた。ヒゲを逆立て威嚇いかくのポーズをしている。


「俺はドビー。新居を探しているんだ」

「俺はクミー。ここは俺のナワバリだ」


「でもナワバリの臭いはしていない。あんたもいま来たばかりってところだろ?」

「うるさい。今からマーキングするところだったんだ」


「頼むよ。暮らしていた下水溝で薬がばらまかれてね。住むところがないんだ」

「うるさい。だまらないとこうだ」


 クミーは立ち上がり、その鋭い前歯を誇示こじした。

 だまっていては男がすたる。ドビーも立ち上がった。

 今にも殴り合いが始まろうとしていた。

 

 その時だった。


 暗闇に生白い巨体が浮かび上がった。

 大きく見開かれた二つの眼球。

 あごまで裂けた口には鋭い牙。


 バケモノだ!

 やつは梁の上から四つの足で降り立つと、一直線に走ってきた。

「クミー、逃げろ!」

 ドビーとクミーは走り出した。

 屋根裏を出ると、雨どいを伝い、壁を走り、とうもろこし畑に潜り込んで逃げ切った。

「ミャーオ!」

 背後に怒りの声を聞いた。


「まさかバケモノがいるとはね」

 ドビーは言った。

「あそこには住めないな」

 クミーは言った。

「あんたはこれからどうするんだ? 俺は隣町の下水溝を探すよ」

「俺は山に帰る。なんとかなるだろう」

「お互い頑張ろうな」

「ああ、ネズミの生活も楽じゃないよ全く」


終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドビーの新居 馬村 ありん @arinning

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説