第2話 転移先は宿屋の下働き

 朝。俺は、ボロボロの壁から差し込んでくる陽の光で目をさます。

 俺はワラをしいたきしむベッドから跳ね起きると、木製のドアをガラガラと開けはなった。


 眼の前には、お手本どおりの『中世ヨーロッパ風』の町並みが広がっている。

 この世界には魔法もあるし、モンスターもいる。ついでにジャガイモもある。

 本当に、お手本どおりの中世ファンタジー風異世界だ。


「エラブ! いつまで寝ているんだい? 朝食の支度をはじめるよぅ!」

「はい! おかみさん!!」


 俺は大慌てで服を着込むと、自室(物置部屋とも言う)を部屋を飛び出て厨房に飛び込んでいく。

 そこには、20歳そこそこの「おかみさん」が仁王立ちになっていた。

 赤毛のそばかす顔で、まだどことなくあどけさが残るけど、このお店のオーナー。俺の雇い主だ。


「ほらほら、あんたはじゃがいもの皮むきだよ!!」

「はい! おかみさん!!」


 この世界に転生して3ヶ月。俺は宿屋の下働きに転生した。

 年齢は今年で15。名前はエラブ。名字はない。

 この世界では15はもう成人。働きに出るのはさらに下の年齢からだ。


 前の世界より10歳以上若返っているんだけれども、今いる世界とは医療(というかサイエンス全般)の発達が遅れていて、平均寿命が短いゆえの処置だろうと、勝手に都合の良い解釈をした。


 国は、帝国主義を敷いているようで、この地域は辺境にあたる属州だ。

 俺の働いている宿は、関所のほど近くに設置されていている交通の要所。なもんで、宿屋はかなり繁盛している。


 しかも、3ヶ月前(偶然にも俺がこの世界に転生をした日)に、突如、宿屋から歩いて10分のとことにダンジョンが発生したもんだから、今は長期滞在の冒険者達でごったがえしている。

 転生してしばらくは、下働きの俺にも客間が与えられていたが、瞬く間に客室はいっぱいとなり、ほどなく物置に強制移動させられた。


 今までの経緯を聞けば解ると思うけれども、今のところユニークスキルとして授けられた『宅地建物取引士』が役に立つとは到底思わない。


(これなら、前世で宅建士なんかとるんじゃなくて、調理師免許でも取ればよかった)


 俺は愚痴りながらも、木の樽にいっぱい入ったじゃがいもをモクモクとむきつづけ、そいつを暖炉にかけられた鍋に放り込む。

 茹で上げたじゃがいもをマッシュして、少量の鹿の干し肉のみじん切りをあえれば、朝ごはんの完了だ。


 どやどやと冒険者が酒屋に集う。俺は超高速で鹿の干し肉マッシュポテトとチーズ一欠片をワンプレートにしてカウンターに置くと、冒険者たちは無言で銅貨を3枚置「パチリ」と音を出しで置いていく。


 一泊朝食付き。銅貨3枚。明瞭会計がうちの宿屋のウリだ。

 なかには、お金を払わず、木札を「パチリ」と音を立たせて置く人がいる。

 こういった人たちは長期滞在者。銀貨1枚で1週間、銀貨3枚で1ヶ月。でもって金貨1枚で1年間。


 完全前金制だけど、その分お得って寸法だ。


 ちなみに期限は自己申告制なので、宿泊期限を台帳に書き込んでおかないと何喰わぬ顔をして期日を過ぎても滞在し続ける輩がいる。

 でもまあ、そこはそれ、多少の期日切れは目をつむる。なにせ冒険者たちはどいつもこいつも例外なく大酒飲みで、夜には銅貨5枚分はエールをあおってくれるし、仕留めた獣を破格でゆずったりもしてくれる。


 もちつもたれつってやつだ。


 異世界にきて3ヶ月。前にいた世界とどっちがいいかって聞かれたら、正直どっこいどっこい。

 『宅地建物取引士』が国家資格だろうが、ユニークスキルだろうが変わらない。

 結局どんな世界に転生しても、俺はただのモブに過ぎないのだ。


 バチン!

 バチン!


「ガッハッハ! おい! 早くエールをよこしやがれ! ガッハッハ!」

「そーでやんす! 早くエールをよこしやがれ」


 食堂のカウンターから野太い声と金切り声が聞こえてくる。冒険者のバラとモンだ。

 ふたりは、木札を思い切り叩きつけて、酒を要求してくる。


「エールが飲みたいなら、銅貨1枚よこしな! てか、あんたらはもう1ヶ月も宿泊料滞納してるじゃない!」


 おかみさんがふたりに負けずに大声を出す。


「あーん? 宿代ならハンスのやつも滞納してるだろう?」

「そーでやんす! ハンスのやつも滞納してるでやんす!」

「ハンスはいーの!! 宿代のかわりに鹿の干し肉を提供してくれたもの! それに比べてあんたたちは……これ以上宿代滞納したらこの宿を出て言ってもらうわよ!」


 おかみさんが凄むと、バラとモンは肩をすくめる。


「おー怖い怖い。でか尻のがヒステリック起こしてやがる!」

「でやんす!」


 バラとモンは、前世の世界なら軽くコンプラ抵触トリプルプレーをかましながら、俺に酒臭い顔をちかづける。


「さっさと朝食よこしやがれ! このもやし野郎!」

「このもやし野郎!」


 はぁ、毎日毎日この有様だ。腹が立ってしょうがない……でも、俺なんかじゃ、とてもじゃないけど太刀打ちできない。元いた世界なら、2020年の民事訴訟法の改正で、家賃滞納者を刑事で告訴できるんだけど。


(……できますよ……)


 ん? なんだ? この声? どこかで聞いたような。


(……聞こえますか……聞こえますか……私はアナタの脳に直接語りかけています)


 この声……ひょっとして! 転移執務室のおねーさん??


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