第2話 プロローグ 狸穴

 人気の無い通りを空けるように駐車された車列の陰。そこに隠れながら、境は工場唯一の出入口に向かう。付近で唯一の電柱街路灯がゲートの真上にあるおかげで、辺りは闇に包まれていた。五〇メートルほど先のゲート付近では、境と同じような作業服の大人二名が端にある樹木の陰で煙草を吸っていた。

 ……ドローンの映像からたまに消える理由が分かった。生い茂った樹冠が邪魔で、赤外線反応が鈍かったのだろう。

『ようこそ第1工場へ』と書かれたゲートの端まで低い姿勢で這い寄り、境は反対側の連中の隙を窺った。ゲート自体、老朽化のためか機能していない。申し訳程度にロープが張られているだけだった。境は拳銃に搭載した光学照準器のレンズに浮かぶ赤い光点を、立ち話に興じる警備に重ねる。

「——さみい、早く交替来ねえかな?」

「日本なんだからこんなにいらねえのに。あの人、心配性だよな」

「もうほとんど国外に行っちまったしな。替えの利く奴らしかいないだろ。そう言えば、思い出作りに良い店があったぜ?」

「それ、詳しく聞かせ——」

 二名が向き合った瞬間、片割れが境の存在に気付いた——同時に境は、奥の一名に二発射撃。勢い良く空気が抜けるような作動音と同時に、顔面中央と下腹部に命中。足元から崩れる。振り返りながら拳銃を抜こうとした相方には、下半身に速射。相手がたまらず路面に転がっても、撃ちながら接近。呻き声が大きくなる前に、今度は鼻先から頭の裏に突き抜けるように連射。声も動きも出ないことを確認したら、すぐに奥の男の顔面にとどめを撃ち込む。横向きなので、耳の穴を狙った。両名とも、鼻の穴から蛇口を捻ったような流血が始まった。周囲を警戒した後、弾倉交換をおこなう。

 他には居ないな……騒ぎにならなくて良かった。

 境は拳銃をホルスターにしまい、二名分の死体と武装を樹木の下に隠す。ついでに、死体の上着を剥いた。

 上着の下に防弾チョッキか……この厚さはせいぜい拳銃弾までだろう。

 ジャケットを手荒く戻し、見張り用の無線機を奪うと、リストの端末で時間を確認。

 二一一五時。

 通話用のPTT(プッシュ・トゥ・トーク)スイッチを三回押すと、《異常なし、了解》と、どこからか無線が入った。三〇分交替で、一五分ごとに無線でやり取りしているのを事前に確認していた。

 境が足早に車に戻ると、イヤホンから《連中が屋根の下に入った》という報告が届いた。

「ドローンの映像を切り替える。それと相手は最低でも、レベルⅢAの防弾チョッキを着ている」

 端末を手早く操作し、上空のMAV(マイクロ・エア・ビークル)から、MG(グラウンド)Vにコントロールを移す境。工場に潜ませておいたキャタピラ型ドローンのMGVが起動し、液晶に出力された映像が地面から見上げるような視点に切り替わる。人の動きを自動検知し、物陰から何かの作業に当たっている集団の撮影を始めた。映像は端末を介し、境を無線でサポートするオペレーターにも送信される。ただし遅延が含まれているため、リアルタイムではなかった。

 ヘッドライトは点けず、境はエンジンを掛けて白い商用車を緩やかに発進。アクセルの動きを最小限に抑え、夜目(よめ)で何とか対応する。

《そろそろチームで動いたら?》

 お互い歳なんだし。

 そう続けないだけ、境は優しさを感じた。

「もう体力勝負はしない、大丈夫だ」

《一人の方がやりやすいものね》

 正直、その通りだ。伊達に何十年も共に仕事をしてきた仲ではない。

 境はゲートの前でサイドブレーキを引いて、真面目に答えた。

「仕事は辞めたいが死にたくはない——それより、どうして中型じゃないんだ?」

 答えを聞く前に、助手席に置いた自動小銃を掴み、境は銃に初弾を装填。装弾数二〇発。サプレッサーの他に、六倍率まで可変できるショートスコープや、スコープ越しに視認できるガンマウント型の拡張式暗視ゴーグル(ENVG)もセットアップ済み。ENVGを通さなければ肉眼では見えない不可視のレーザー照準器や、側面に搭載された光量の強いウェポンライト、スコープが壊れた場合の予備照準器である照星を手でチェックする。

 かつてはこういう物を身に纏うたびに、充足感が満ちていった。一種の病だ。

《中型の件は、トラックでは目立ち過ぎると言われた》

「ここでは例外だろう。本当は?」

《年度末の予算不足》

 下車しようとした境は不安になり、ダッシュボートやドアの内側、運転席の下を覗いた。

 ……車両の製造番号(VINコード)が削り取られていない。輸入車ならまだしも、例えスクラップになったところでシャーシの番号が残れば最初のオーナーを割り出されてしまう。

「これは誰の仕事だ?」

《新しく入った子たち》

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