大判小判

「うん……うん……えっ?それ、本当?やばいね〜。うん、とりあえずは車に運んでおいて。それじゃ」


 一分経たずで通話を切り、悟史はこちらに向き直った。

かと思えば、ニンマリと笑う。


「壱成、朗報だよ。一つ目小僧から聞き出した場所に、大判小判ザックザクだって。総額、ワンチャン億行くかも」


「マジかよ。最高じゃねぇーか」


 『立派な一軒家、建てられるぞ』と興奮し、俺は使い道を悩む。

未だ嘗てこれほどの大金を手にしたことはないため、めちゃくちゃ気分が良かった。

『資産運用するのもいいなぁ』と考えつつ、俺は懐から新しい御札を取り出す。


「よし、一つ目小僧。一つオマケだ」


「えっ……?」


「さすがに鬼退治で、億は貰いすぎだからな────お前も成仏させてやる」


「!?」


 ハッとしたように目を見開き、一つ目小僧は食い入るように御札を見た。

そして、先程我が子に使っていたものと同じと悟るなり、またもや号泣する。


「よ、よろしいんですか……?」


「ああ。その代わり、大判小判は全部もらって行くからな」


「はい、それはもちろん……!」


 『には必要のないものですし……!』と述べ、一つ目小僧はあっさり承諾。

元僧侶ということもあって、あまり金に執着はないようだ。


「で、でも本当にいいのですか……?私は情報を隠して……」


「壱成の気が変わらないうちに、首を縦に振っておいた方がいいよ」


 『遠慮してもいいことないって』と言い、悟史は一つ目小僧の葛藤をぶった斬った。

すると、一つ目小僧は強く胸元を握り締め、再度頭を下げる。


「で、ではよろしくお願いします」


 ようやく迷いを捨て去り素直にお願いする一つ目小僧は、じっとこちらのアクションを待った。

どことなく緊張した面持ちで……でも、晴れやかな様子を見せる奴に、俺は『おう』と頷く。

と同時に、御札を一つ目小僧の額へ貼り付けた。


 さて、本日二度目の厨二病発言いきますか。


 おもむろに背筋を伸ばし、俺は右手の人差し指と中指を立てる。


「我は水の加護を授かりし、冬月の遣い。命の源を司る者。全てを清め、癒し、塗り替える力を今ここに────彼の者に課せられた咎を、毒を、重りを全て改めたまえ」


 例の如く呪文を唱え終わると、一つ目小僧の体は絵の具のように溶けていった。

まるで、妖という名のお面を剥ぎ取るように。

『今回は相手からの抵抗を受けていないせいか、スムーズだな』と思案する中、一つ目小僧は普通の幽霊へ変化する。

もう妖だった頃の面影など、ない。

僧侶らしい格好で坊主頭の男性を前に、俺は手を下ろした。


「お清め終了だ。さっさとガキの後を追い掛けてやれ。あの手のやつは放っておくと、また問題を起こすぞ」


 『あの世でも悪さするんじゃないか』と冗談交じりに言うと、僧侶の男性は少し焦ったような表情を浮かべる。

ガキの性格を知っているだけに、心配になったのかもしれない。

『早く合流しないと』と呟きながら、僧侶の男性は深々と頭を下げた。


「何から何までありがとうございました。このご恩は決して忘れません。それでは、これで失礼します」


 半ば捲し立てるようにして感謝を述べ、僧侶の男性は天を仰いだ。

その瞬間、霧のようにスッと消える。

無事に天へ昇った僧侶の男性を前に、俺は軽く伸びをした。


「さて、俺らも帰るか」


「だね〜。あっ、そうだ────」


 何かを思い出したかのようにポンッと手を叩き、悟史はこちらを見る。


「────掘り出した大判小判についてだけど、こっちで買い取るよ」


「いや、別にいい」


 質屋に持っていくなり、オークションに掛けるなりしようと思っていたため、俺は悟史の申し出を断る。

別に氷室組から買い叩かれるとは思ってないが、定価よりちょっと色のついた値段くらいだろうから。

コレクターなどに売り飛ばした方が、絶対に高く売れる。

『まずは歴史好きの資産家を探すところから始めるか』などと考えていると、悟史が小さく首を傾げた。


「あれ?もしかして、この山の持ち主から採掘の許可もらっていた?」


「……はっ?」


「あっ、その反応だとやっぱり貰ってないよね」


「……どういうことだよ?」


 意味が分からず眉を顰める俺に、悟史は苦笑を漏らす。


「あのね、基本山にあるものはその持ち主のものなんだよ。つまり、あの大判小判の所有権は壱成にないって訳。だから、やっていることはぶっちゃけ窃盗と変わらない」


「……」


「まあ、さすがに『この山から採ったものだ』と突き止められることはないだろうけど、いきなり大量の大判小判を売り捌けば目をつけられると思うよ。だから、ウチで買い取るか信用出来る業者を仲介して売り捌くか、した方がいいと思う」


 『それでも自力でやるって言うなら、止めないけど』と述べる悟史に、俺は何も言えなかった。


 権利問題とか、全然考えてなかった……でも、言われてみたらそうだよな。


 まさかの落とし穴に悶々とする俺は、目頭を押さえる。


「……一応聞くが、氷室組に売った場合の買取価格は?」


「う〜ん……さすがに億は出せないから、八桁後半くらいに思ってくれれば」


「くっ……!俺の夢のマイホームが……!」


 超絶豪邸を建てるという夢は遠のき、ガクリと項垂れる。

『まあ、それでも充分すぎるほどの大金だよな』と自分に言い聞かせ、俺は大きく息を吐いた。


「分かった。氷室組に売る……その代わり、焼肉を奢れ」


「それは全然いいけど、ちょっと落ち込みすぎじゃない?」


 『そんなに億万笑者になりたかったの?』と言い、悟史はやれやれとかぶりを振った。

かと思えば、俺の腕を引いて歩き出す。


「仕方ないから、今日は高級焼肉と回らないお寿司と有名レストランのフルコースを奢ってあげるよ」


 そう言って、悟史は明るく笑った。

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