鬼の正体

「どうやら、出直す必要はなさそうだな」


 腰に手を当ててそう言うと、鬼は完全に清められ────元の姿を取り戻す。

時代劇に出てくるような服装の男児は、こちらを見て微笑んだ。


「ありがとう」


 とても穏やかな声色で感謝を紡ぎ、男児は一つ目小僧へ視線を移す。

と同時に、そっと眉尻を下げた。


「ごめんな────父ちゃん・・・・


「いいから、早く天へ昇りなさい。戻れなくなる前に」


 『成仏出来る機会なんて、もうないかもしれない』と男児の背中を押し、一つ目小僧はスッと目を細める。

喜びと寂しさを見せる奴の前で、男児は大きく頷いた。

かと思えば、真っ直ぐに空を……天を見上げる。

それを合図に、男児の幽霊はフッと消えた。

恐らく、成仏したのだろう。


「アレ、お前の子供だったのか」


「……黙っていて、申し訳ありませぬ」


 涙の滲んだ大きな目をそっと伏せ、一つ目小僧は土下座する。

かなり重要な情報を隠していたため、負い目があるのだろう。


「あの子は私がまだ人間だった頃、拾った子供にございます。とても元気で明るい子だったのですが、病気のせいで亡くなり……夢も何も叶えられなかった影響か、この世に留まるようになりました。最初は私も、その……寂しくて、あの子を受け入れていたのです。ただ、日を追う事にあの子はどんどん妖へ変化してきて……」


 グッと強く手を握り締め、一つ目小僧は嗚咽を漏らした。

己の不甲斐なさを嘆くように。


「このままではいけないと思っておりました。でも、止められなくて……ついに成仏出来ない状態となったのです。それだけならまだ良かったのですが、あの子は同年代の子供を見ると嫉妬や羨望に駆られて悪さをするようになり……悪霊化が進んでしまいました。なので、僧侶だった私はあの子をこの地に封印することにしたのです」


 『それが父親代わりの私に出来る唯一のことだった』と語り、一つ目小僧はそろそろと顔を上げた。

と同時に、悟史が少し身を乗り出す。


「へぇー。アレって、君の施した封印だったんだ。なら、自分で重ね掛けなり何なりすれば良かったんじゃないの?」


「そうしたいのは山々でしたが、なんせ五百年も前のことで……細かいことはあまり覚えていないのです。また、この体では必要な道具も手に入らないでしょうし……」


 この世ならざる者となってしまった弊害を指摘し、一つ目小僧は申し訳なさそうに肩を落とした。


「それに最初はある程度時間が経ったら、封印を解くつもりだったのです。でも、あの子は一向に反省する気配がなく……死後もこの地に留まり経過を観察してきましたが、本当にダメで……」


「ありゃあ、確かに救いようのないやつだったな」


 お清めで無理やり何とかしたが、本来であれば成仏出来ないタイプのやつだった。

恐らく、俺以外の祓い屋に依頼していたら迷わず消滅させられて祓われていただろう。


「なので、封印に綻びが出始めたとき……もう潮時かと思ったのです。これ以上、あの子を見守り続けるのは無理がある。この地に住む妖達も、封印から漏れ出たあの子の気配にかなり怯えていた。だから、自分のワガママを押し通すのはここまでにしよう、と思ったのです」


 物悲しげに……でもどこか自嘲気味にそう語り、一つ目小僧はおもむろに涙を拭った。

愛想笑いに近い表情を浮かべる奴の前で、俺は顎に手を当てる。


「それで、現代の祓い屋……この世ならざる者と普通の生き物の境界を隔てる存在────つまり俺に処遇を委ねてきた、と?」


「はい。ここから先のことは今、生きている者達に任せるのが最善かと思いまして……事情を全てお話しなかったのも、私情を一切抜きにして客観的に物事を判断してほしかったからです」


 『同情心は判断を鈍らせる』と主張する一つ目小僧に、悟史は苦笑を漏らす。


「その気遣い、壱成には必要なかったと思うけど」


「俺に人の心はない、とでも言いたいのか?」


「違うの?」


「いや、全然」


 『合っている』と告げると、悟史は呆れたように肩を竦めた。

『ほら、僕の言った通りじゃん』と言いつつ、四隅に置いた御札を手に取る。

もう結界を張る必要がないため、回収しているのだろう。


「そういうお前だって、他人の事情に心を砕いてやる優しさは持ち合わせてないだろ」


「そんなお涙頂戴エピソードにいちいち同情してたら、極道は務まらないからね〜」


 『あっさり廃業しちゃうよ』と言い、悟史は手に持った御札をズボンのポケットに仕舞う。

と同時に、スマホが鳴った。

誰かからの着信なのか、悟史は『ちょっとごめんね』と断りを入れて通話に出る。


「うん……うん……えっ?それ、本当?やばいね〜。うん、とりあえずは車に運んでおいて。それじゃ」

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