Episode6

一つ目小僧の依頼

◇◆◇◆


 大団円で終わった井川家の一件から、早三日が経過した頃────俺は妖の一つ目小僧より、突撃訪問を受けた。


「小鳥遊殿……!どうか、お助けを!」


 そう言って、必死に懇願してくる一つ目小僧は恥も外聞もなく頭を下げる。

あまりにも情けない奴の姿に、俺は一つ息を吐いた。

『とりあえず、こちらに敵意や害意はなさそうだが……』と思案しつつ、目頭を押さえる。


「はぁ……一体、何なんだよ。てか、どうして俺の家を知って……」


「幽霊や妖に手当り次第、聞き込み調査して参りました!」


 勢いよく顔を上げて答える一つ目小僧に、俺は思わず頬を引き攣らせた。


「いや、その熱意はどこから湧いてくるんだよ……」


 『暇なのか?』と呆れながら、俺は小さくかぶりを振る。


「そこまでして、俺に会いに来た理由はなんだ?つーか、お前は誰だ?」


 明らかに面識のない一つ目小僧を前に、俺は頭を捻る。


 まさか、子狸の仲間……?だとすれば、要求内容はあいつの解放になるが……俺にそんな決定権はないんだよな。


 『あくまで業務を委託されただけだし』と考える中、一つ目小僧は慌てて姿勢を正す。


「これは失礼しました!わたくしは────菊花きっかちょうの山に住まう、妖です!人間達から貴方様のご活躍を聞き、是非お力添えをお願いしたく参りました!」


 菊花町……?って、確か────


「────お稲荷様のところの……」


「そうでございます!見事、神との交渉をやり遂げた貴方様なら私の悩みも解決してくれるかと思い……!」


 これでもかというほど俺を持ち上げ、ゴマをする一つ目小僧はニコニコと笑う。

こちらの機嫌を取ろうと躍起になる奴の前で、俺は目頭を押さえた。

まさか、妖から依頼を申し込まれる日が来るなんて……思いもしなかったから。

『人生、何があるか分からないものだな』と思いつつ、俺はテーブルに頬杖をついた。


「先に言っておく。俺はお前らの頼みを聞くつもりはねぇ。他所を当たれ」


 ヒラヒラと手を振って帰るよう促し、俺は団扇を手に取った。

『あちぃ……』と言いながら扇ぐ俺を前に、一つ目小僧は慌てて身を乗り出す。


「な、何故ですか……!?私が魑魅魍魎の類いだから……!?」


「ああ、そうだ。だって、お前らじゃ────報酬を支払えないだろ」


 金を持っていないことを指摘し、俺は『タダ働きなんて、御免だぜ』と告げた。

残念ながら、俺に助け合いの精神や弱者を救うヒーローの心得なんてものはないから。

『いちいち、そこまで他人に心を砕いていられない』と突き放すと、一つ目小僧は涙目になる。


「そ、そこを何とか頼みます……!報酬は労働でお返ししますから……!小鳥遊殿の末代に至るまで!」


「心底、いらねぇ」


 子供を産む予定もその気もない俺は、一つ目小僧の懇願を跳ね除けた。

取り付く島もないとも言える態度に、奴は焦りを見せる。


「に、人間達の使う紙幣などはありませぬが、大判小判なら山にいくつか埋めてあります!昔、商人が隠していったもので……!」


「大判小判、ね。売れば、金になるだろうが……ソレを掘り返すのはどうせ、俺の役割だろ?」


 基本現世に干渉出来ない妖達の特性を考え、俺は『なんという重労働……』と辟易する。

また、季節が真夏ということもあり、ますます意欲を削がれた。

が、何の気なしにスマホで調べた大判小判の価値を知り、気が変わる。


 ものにもよるが、一枚数十万〜数百万……!

交渉次第では、もっと行けるかもしんねぇ!


 『おお……!』と思わず感嘆の声を漏らす俺は、急いで悟史に電話を掛ける。


「こっちに車を回せ!あと、及川兄弟を連れてこい!」


 ────と、指示した数時間後。

俺は毎度お馴染みの高級車へ乗り込み、一つ目小僧の住む山へ足を運んだ。

様々な気配で満たされた緑豊かな場所を前に、俺はまず大判小判の在り処を聞き出す。

そして、明らかに体力がありそうな及川兄弟に穴掘りを丸投げした。

『あとは頼んだ』と親指を立て、俺は悟史と共に一つ目小僧の後へついて行く。


「そういやぁ、依頼って結局何だったんだ?」


「いや、聞いてなかったの?」


 思わずといった様子でツッコミを入れる悟史は、半ば呆れたように溜め息を零す。

『壱成って、本当にお金大好きだよね』と零す彼を他所に、一つ目小僧はこちらを振り返った。


「小鳥遊殿にお願いしたいのは、とある妖の再封印……もしくは消滅です」


「とにかく、無力化しろってことだな」


「はい」


「で、その妖の特徴は?」


 『どんなやつなのか』と問うと、一つ目小僧は少しばかり表情を曇らせる。


「それは……」


 居心地悪そうに視線を逸らして言い淀み、一つ目小僧はおもむろに前へ視線を戻した。


「とりあえず、その場所までご案内します」

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