弟子のワガママ
「とにかく、今回ばかりは同行を許可出来ない。あの風来家ですら、手を焼く案件なんだよ。だから、大人しく帰れ」
しっしっ!と猫を追い払うような動作をして、俺は帰宅するよう促す。
が、そう簡単に納得するほど従順なやつではなく……プクッと頬を膨らませた。
「確かに僕は祓い屋としてまだまだ未熟だけど、これでもかなり成長したよ?連れて行って、損はないと思う」
「ひよっ子が一丁前に何を言ってやがる。過信もいいところだぞ」
『自分のことを過大評価しすぎだ』と毒づき、俺はチラリと及川兄弟に目を向けた。
「大体、あいつらはどうする?この世のものではない存在に対して、一切耐性のない人間じゃ役に立たな……」
「じゃあ、置いていくよ」
「「「えっ……?」」」
意図せず及川兄弟とハモってしまう俺は、まじまじと悟史を見つめた。
『そうまでして行きたいのか』と呆れつつ、ガシガシと頭を搔く。
どうやって説得するべきか思い悩む俺を他所に、及川兄弟は慌てたような素振りを見せた。
「わ、若……それは困ります」
「自分達は若のことを守るために存在していて……」
「でも、祓い屋の仕事においてはほぼ役立たずじゃん」
これでもかというほど現実を突きつけてくる悟史に、及川兄弟は言葉を詰まらせた。
でも、このまま引き下がる訳にはいかないのか、及川弟が何とか説得を試みる。
「……か、買い出しとか送迎とかなら力になれます」
「それ、ほぼ雑用じゃん。僕でも出来るから、却下」
「では、ボディガード……いや、肉壁を」
「祓い屋の仕事って、そういうのじゃないから」
はっきりキッパリ言ってのけ、悟史は『ハウス』と命じた。
が、及川兄弟はやはり動かない。
『若の身に何かあったら……』と案じる彼らの前で、悟史はスッと真顔になった。
かと思えば、ゆるりと口角を上げ、一歩前に出る。
「そこまで言うなら、選ばせてあげるよ。今、ここで僕に手足を折られて車に放り込まれるか、自主的に車へ戻って大人しく待てをするか……どっちがいい?」
爽やかな……でもどこか威圧感のある笑みを浮かべ、悟史は二択を突きつけた。
『十秒以内に決めてね』と述べる彼に対し、及川兄弟はサァーッと青ざめる。
そして、互いに顔を見合わせると、ガックリ項垂れるようにして前を向いた。
「「大人しく待ってます」」
どちらを選んでも置いて行かれるという状況は変わらないため、仕方なく後者を選んだ模様。
まあ、賢い選択だと思う。
だって、悟史はやると言ったら本当にやる男だから。
チャラ男っぽい雰囲気に反して、色々とエゲつない。
『やっぱ、ヤクザの跡取りは違うな』と思案する中、及川兄弟はトボトボと来た道を引き返した。
恐らく、車を置いてきたところに戻るのだろう。
どこに置いてきたかは知らんが、くれぐれも集落の中には入らないようにな。
現状安全とは言い難い場所を前に、俺は前髪を掻き上げた。
出来ることなら、悟史も追い返したいが……多分、ダメと言っても付いてくるだろうな。
なら、傍に置いて行動を監視出来た方がいい。
『それに最近、少しずつ術も覚えてきたし』と考えつつ、俺はゆっくりと歩き出す。
すると、悟史も当たり前のようについてきた。
「それで、今回はどんな依頼なの?」
まず先に聞いておくべきことをいつも後に聞いてくる彼に、俺は内心苦笑を漏らす。
でも、もう恒例なので慣れてしまった。
「今回の依頼は、主に二つだ。一つ目、元々この依頼を引き受けて失踪してしまった風来家の人間の保護」
「えっ?失踪したの?」
「ああ。捜索に繰り出したやつまで、まるっと全員居なくなっている。ちなみに合計十人」
「やば」
口元に手を当てて驚き、悟史は『プロの祓い屋がそんなに居なくなるなんて』と目を丸くした。
が、案の定ビビる様子はない。
ここで尻込みして帰ってくれたら、と思ったが……やっぱ、無理か。
『その程度で帰るなら、こんなに粘らないよな』と肩を竦め、俺は言葉を続ける。
「二つ目は風来家に元々依頼されていた、井戸のお祓いだ」
「井戸?もしかして、ここって水道通ってないの?」
『まだそんな原始的な方法を使っているのか』と衝撃を受ける悟史に、俺は苦笑を漏らした。
「水道は普通に通っている。山間の集落とはいえ、もう井戸なんて使ってねぇーよ。ただ、昔使っていた井戸をそのまま残しているだけ。いちいち埋めるのも、手間なんだろ」
『金も掛かるし』と零し、俺はおもむろに空を見上げる。
「ちなみに井戸のお祓い理由は、よくあるやつ。昔、この集落は飢饉のせいで食い扶持を減らす羽目になり、子供を間引いていたそうだ。で、子供を井戸に投げ入れていたって訳。そのときの幽霊が今になって現れ、この集落を祟っているんだとよ」
「ふ〜ん?つまり、風来家の人達はその幽霊にやられて失踪したっこと?」
「多分な。行ってみないと、詳しいことは分かんないけど」
祓い屋の仕事には、勘とか第六感とか呼ばれる感覚がかなり大事。
そのため、他人の集めた情報を聞くだけでは分からない点が多くあった。
「あっ、そうだ。一応、警告しておく」
悟史の腕を引っ張り距離を詰める俺は、耳元へ唇を寄せる。
「────集落の奴らは信用するな」
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