05

 侍神候補者の中でも武術の腕を誇る一部の者達は、今日も何時ものように空き時間を利用して修練場での自主鍛錬に励んでいた。

 スティンリアと火神扮するブリガンティもその中に混じっている。二人は、今日は剣ではなく〈術〉で競い合っていた。

「氷精とは思えない優秀さだな」

「嫌味か」

 氷精全体への侮蔑とも取れる発言に、スティンリアはわざとらしく眉を寄せてみせた。

「いや、そんなつもりではなかったのだが……。ほら、氷精って《氷》の性質的に脆いというか、地精や火精等と比べても戦闘に不向きな印象があったから」

 勿論、彼女に悪意がなかったことはスティンリアにも分かっていた。世間一般の氷精への評価がそうなのだ。

「否定したい所だが、そういう性質の者が多いのは事実だ」

「『多い』ということは、全ての者に言えることではないと?」

「精霊は個体差が大きいからな。同じ氷精でも最北端の永久凍土で生まれた者と冬の地面の小さな霜から生まれた者とでは、全く性質が異なるのだよ」

「スティンリアは?」

「私は木界の――森の樹氷から生まれたんだ。たまたま彼の地を冬神様と共に訪れていらした氷神様に拾われて、氷の神殿へ連れて来られて……」

「それは強いのか、弱いのか?」

 彼は肩を竦めて答える。

「弱い方だな。だから努力した。氷神様に報いる為に。氷神様に認めてもらう為に。……ふふ、気合と根性だけは自信があるよ。意志の力だけは誰にも負けない」

「あはは。そういうの、私も嫌いではないよ」

 会話で試合が中断したのを機に、二人は休憩を挟むことにした。仲睦まじく並んで座り飲料に口を付けていると、周囲から冷やかしの声が掛かる。

「うはは。お二人さん、お熱いねえ」

「浮気か、スティンリア」

 二人は苦笑しながら答える。

「三文小説の端役みたいな台詞だな」

「愚か者め。低俗な冷やかしは止めろ」

 だが警告の言葉に答えた様子なく、侍神候補生達は二人の横を通り過ぎていった。

 火神は彼等を手を振って見送ったが、その後スティンリアの方へ振り返ってさっと顔色を変えた。

 彼は眉を寄せ地面を向き、呻き声を堪えるように口元に拳を当てていた。もともと青白い顔には、冷たい汗が滲んでいる。

「どうした?」

「いや、ちょっと……」

 そこから先の言葉はなかった。スティンリアの身体から力が抜ける。

「スティンリア!」

 しかし答える声はなく、彼は座ったまま意識を失っていた。



   ◇◇◇



 医務室を訪れるのはこれで二度目だ。どちらも患者はスティンリアだった。

 治療室も兼ねた医務室から追い出された火神は部屋の前に座り込み、スティンリアの治療が終わるのを待っていた。

 そうして空が赤らみ始めた頃、漸く医務室の扉が開いた。勢い良く立ち上がった火神は、中から出てきた者の顔を確認しないまま相手に詰め寄る。

「スティンリアの容体は!?」

「お前は、今は入るな、ブリガンティ」

 縋りつく彼女を厳しい口調で窘めたのは、天帝ポルトリテシモであった。

「天帝……?」

 何時の間に彼は医務室へ入ったのだろうか。ああ、〈神術〉を使ったのか。だが、何の為に――。

「付いて来い」

 呆気に取られる彼女を促して、天帝は自室へと向かった。



「まずそのふざけた〈神術〉を解いてもらおうか、ペレナイカ」

 自室へ戻った天帝は開口一番にそう言った。

「……!」

 火神は一瞬迷ったが、見抜かれてしまっている以上拒否する理由もないので、彼の言葉に従うことにした。

 本来の火神の姿を確認し、天帝は深い溜息を吐いた。

「言いたいことは山程あるが……まず、あの氷精が倒れた原因から説明しようか?」

「ええ」

「一番の原因は無理が祟ったことだ。元々、あの者は氷精の中でも弱い部類に入る。それは《理》――つまりは摂理の問題だ。変えようがない。それを気合だけで乗り越えようとして、身体が付いて来なくなった。それに加えて――」

「《氷》と相性の悪い《火》の神の私が傍にいたことで一層消耗していった、ということなのね」

 こういった事態が起こる可能性について、考えたことはあった。しかし、スティンリアが余りに平気そうな顔をしているので、唯の杞憂として頭の端に追いやってしまっていたのだ。

「説明の手間が省けて有り難いよ」

 完全な嫌味の言葉だ。彼女の迂闊さに呆れているのだ。

(悔しい……)

 自然、彼女の眼からはぼろぼろと大粒の涙が零れ出した。

 それを見て、天帝は益々呆れ返った。

「泣くなよ……」

「何で私、いつも相性の悪い子、好きになっちゃうんだろ……」

「……お前だけが悪いとは言わない。知っていて放置した私の責任でもある。……取り敢えず、氷精にはお前の正体については伏せてある。余計な刺激を与えてしまうかもしれないからな。真実を打ち明けるかどうかはお前に任せる。だが、一先ずは会ってやれ」

「いいの?」

 おずおずと涙で崩れた顔を上げる。まるで子供のようだ。

「お前が傍に居ようと居まいと、あれはもう長くは持たん」

「……!!」

 火神の身体が小刻みに震え、視線が宙を彷徨う。

 天帝は、彼女がそのまま一目散に相手の許に向かうと予測していたが、彼女の口から出たのは意外な言葉だった。

「氷神、を、呼ばないと……きっと会いたがってる……」

 彼女はどうやら無意識に、自分の欲よりも彼の想いを優先させたらしい。

(悪い奴ではないんだがなあ……)

 天帝は二度目の深い溜息を吐いた。

「氷神は来ないそうだ。『もうあれには興味はない、今回の件で迷惑を掛けられて寧ろ困っている』と。万が一、あの氷精が持ち直したとしても、もう氷神や同胞達の許に居場所はないだろう」

「なっ……あ……」

 余りの衝撃に言葉が上手く出てこなかった。

 二人の離別は予測していたことではあったが、よりにもよって今この時に、否、これほど早く――。

(あの女――!!)

 憤怒の感情が炎の神気となって彼女の周囲に巻き起こった。

「見知った者が近くにいた方が、あの者も安心するだろう。行け」

 天帝が彼女の背中を押すようにその言葉を告げるが早いか、火神はスティンリアのいる医務室へと駆け出したのであった。

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