01

 その女神は雪花のような女性だった。微風に煽られただけで舞い散り、仄かな春の温もりにさえ耐え切れず溶けて消えてしまう様な、《氷》の印象そのままの神だった。

「もうこの日が来てしまったのね。遥か遠い未来の話とさえ思っていたのに」

「氷神シャルティローナ様、暫し御前を離れますことをお許し下さい。ですが、私は誓います。必ず貴女の侍神に相応しい男となって戻って参りますことを」

 氷精スティンリアはそう言って、女神の細い腰を力強く抱き寄せる。「あっ」と、か細い悲鳴を上げた氷神であったが、若い恋人の無礼を嗜めるでもなく、暫しその腕の中の余韻を楽しんでいた。

「私は今のままでも良いのよ。私が承認すれば、すぐにでも貴方は氷侍に――」

 スティンリアは彼女の侍神になることを望んでいた。彼自身が望み氷神が承認すれば、余程の問題が発生しない限りは簡単な手続きを踏むだけで彼等の希望は叶う筈だった。しかし、スティンリアはそれを良しとはしなかった。

 火神とオイロセの場合とは違って彼等は主神とその眷族という関係ではあったが、そうであっても実力の不確かな者がただ神のお気に入りというだけでその傍らに侍っていると、人々のやっかみや不信を買うものである。侍神という大きな権力や発言力を持った地位を得るならば尚のことだ。

 だから、スティンリアはその実力を証明する必要があった。そして、その舞台に彼は天界が行っている「侍神選定」を選んだ。

 侍神決めるに当たり神が自らその傍に仕える侍神を選ぶのは稀なことで、通常の場合は「侍神選定」という制度が利用されている。この制度は、天界が「資格あり」と認定した、或いは推薦のあった侍神候補者を定期的に集めて必要な教育を行い、更にその候補者の中から侍神を必要とする神々がこの者はと思う一人を指名し任命するものである。

 スティンリアはこの「侍神選定」に参加し、名を売ろうと考えてのだ。

「スティンリア、お聞きなさい。《氷》の種族は余りに儚い。貴方達氷精だけではありません。この氷の森に住まう一見厳しい姿をした獣達でさえもね。それは私達の根源たる《氷》の《元素》の本質なの。どうしようもないことだわ。無理に他の種族と張り合う必要はないのよ」

「それでも私は、『分不相応』と蔑まれながら貴女の隣に立つことに耐えられないのです」

「スティンリア……」

 銀の瞳を潤ませて氷神は彼を見る。しかし、スティンリアの決意が固いことは重々承知していたので、これ以上は引き止めなかった。

「行って参ります」

「気を付けて。必ず無事で帰って来て頂戴」

「ええ」

 こうして、スティンリアは天界へと旅立ったのである。



   ◇◇◇



 その凡そ一月後、氷精スティンリアの姿は天界の侍神候補者達に割り当てられた寄宿舎の自室にあった。

 姿身に青白い影が映る。

「我がことながら、何と弱々しく醜い姿だろう」

 彼は呟く。

(だが、私の心――魂は違う)

 そう自身を奮い立たせながら。

(力神カリヨスティーナよ。今は天帝に仇成す邪神たる貴女に祈ろう。どうか私に力を与え給え。《氷》の精霊たる私よりも、遥かにか弱く儚い彼の女神を守るための力を。その為なら私は――)

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