第35話 遠く離れても
「今日は
放課後の音楽室。
現れたのは、もうすぐいなくなってしまう上級生の二人だった。
旅立つ二人を残念に思うが、悲しい顔を見せたくはなくて。
私が無理して笑う中、
「やっぱり、他の連中がいないとつまらない?」
「そんなことはないぞ!」
本心だった。
そんな私をどう思ったかはわからないが、
「今日は団長にお願いがあるんだ」
「お願い? 私にできることなのか?」
「高校最後の思い出に、どこか行きたいんだ」
「おお! それなら皆がいる時に……」
「大所帯で移動するのも大変だから、三人で行きたいんだが」
「三人って、この三人で?」
私が目を丸くしていると、
「そうだよ」
「そうか。三人か……でも、それはそれで面白いかもしれないな」
私が思ったままを告げると、
「じゃあ、行き先は俺が決めてもいいかな?」
「ああ。楽しい場所でたのむ!」
「決まりだね」
***
——時間は
夜のハンバーガーショップに、虹の騎士団のメンバーを集めたのは健だった。
「話とはなんだ? 伊利亜と団長がいないみたいだが」
男ばかり六人が向かい合って座る中、礼が訊ねると健は苦笑する。
「本当は伊利亜も誘ったんだけど、来られないんだって。……それより、実は
「俺たちに?」
「皆、うすうすは気づいてると思うけど……彩弓はいまだに僕たちのことを騎士だと思ってるみたいで」
「どういうことだ?」
「彩弓のお姉さんから連絡があって、少し話したんだけど……どうやら過去と現在の記憶が少し混乱しているみたいなんだ。彩弓は僕たちがバラバラになることを異常に気にしてる」
その言葉に、尚人も複雑な顔で俯く。
「そうだね。彩弓は、バラバラになるくらいなら誰も選ばないって言ってたし」
「彩弓はわかってないんだよ。彩弓の幸せが僕たちの幸せだってことを」
健が彩弓の幸せについて語ると、皆おおむね同じ気持ちだったようだが、尚人だけは不服そうに口を開く。
「彩弓の幸せが俺たちの幸せ? それは違うよ、彩弓を幸せにするのは俺だから」
「こんなことでキレないでよ。伊利亜と彩弓を二人にしたこと根にもってるでしょ?」
「当然だよ。だって彩弓は……」
「伊利亜のことが好きなのか?」
尚人の言葉を拾ったのは、霧生だった。
鈍感なだけでなく、無自覚な彩弓を健は指摘する。
「そうだね。気づいてないのは彩弓本人くらいかな」
「ええ!? 彩弓ちゃんは伊利亜のことが好きなの?」
「
大袈裟に驚く
「俺は絶対、あいつには負けたくない」
いつ暴走してもおかしくない尚人を見て、健はため息しか出なかった。
「彩弓の前に尚人をなんとかしないといけない気がしてきた」
「おいおい、あいつが自分の気持ちに気づいてないなら、誰にでもチャンスはあるだろ」
「
「そういう健だって、彩弓のことが好きだよね?」
尚人が指摘するもの、健は複雑そうに
「僕は……いまだに処刑された団長の夢を見るんだ。だから、誰よりも幸せになってもらいたいと思うよ」
「一番過去に縛られてるのは健だよね」
尚人の言葉は決して優しくなかったが、健は当然のように頷いた。
「そうだよ。過去に縛られても幸せになれないことくらいわかってる。だからこそ、彩弓には今幸せになってほしいんだ」
それから騎士たちの間に、覚悟めいた沈黙が流れて——思い出したように
「それで、僕たちはどうすればいいんだ?」
すると、健は真面目な顔をして告げる。
「
ハンバーガーショップに呼び出された意味をようやく悟った副団長の
「なんだか大役だな。俺たちの言葉で、団長は納得するのか……? 」
「これから去る人の言葉ほど、強く残るものはないと思うんだ。ダメだったら、僕たちが繰り返し伝えるしかない」
健が目的を告げると、
「……わかった。僕も団長には幸せになってほしいから、伝えてみるよ」
***
「今日はどこに行くんだ?」
翌休日。
輝先輩や礼先輩に誘われて外に出た私——彩弓は、待ち合わせのバス停に着くなり、目的地を訊ねる。
だが、礼先輩はすぐには教えてくれなかった。
「ついてからのお楽しみだよ」
それからバスを乗り継いで向かった先は、隣県の山奥で——何もないと思われた場所に突如現れたのは、異国のような屋台が連なる場所だった。
「おおお! なんだここは!」
まさか隣県の山奥にこんな場所があったとは。
外国の衣服や食べ物が売られているのを見て驚いていると、
「野外民族博物館だよ。衣食住の歴史がわかるように展示されているんだ」
「なんだか面白そうなニオイがするな」
海外から輸送したものを販売しているせいか、どの屋台もお香みたいな独特なニオイがした。
そんな異国情緒あふれる場所に胸を高鳴らせていると、
「ドラマの撮影なんかにも使われてるらしい」
「おお、なんか戦ってるぞ!」
「ショーの時間みたいだ」
「血沸き踊るなぁ」
人だかりを見つけて慌てて駆け寄ると、テレビで見たことのある衣装——おそらく
私がさっそくショーに釘付けになっていると、後ろから
「彩弓は特撮とか好きそうだよね」
「いけー、そこだ!」
それから私たちは野外民族博物館の中で色んな体験をして遊んだ。
民族衣装を着てみたり、踊りをちょっとだけ習ったり、外国の料理を食べたりするうち、時間はあっという間に過ぎていって——。
帰る頃にはすっかり暗くなっていた。
「今日は楽しかった!」
満面の笑みで、今日の嬉しさを伝えると——同じく道路橋を歩いていた
「こういう時、免許を持っていたら、もっと良かったんだが」
「礼なら、すぐに取れるんじゃない?」
「いや、俺は世界平和のために免許はとらない」
「
「車や道を破壊するのが怖いだけだ」
礼先輩の告白に、輝先輩はおかしそうな顔をする。
「礼らしいね。僕は引っ越し先がけっこうな田舎だから、免許とる予定だよ」
「免許は勉強も必要なのか?」
勉強が得意ではない私がごくりと固唾をのんで訊ねると、
「そうだね」
「……なら、私はとれないな」
「大丈夫だよ、彩弓だって勉強すればきっと取れるよ」
「勉強という言葉を聞いただけでも眠くなるんだ」
勉強は決して嫌いなわけじゃないのに、勉強に嫌われているようで困っていた。
せめて教師の話を眠らずに聞くことができれば良いのだが……。
そんなことを思っていると、
「苦手意識を克服するのが先だな。出国する前に、少しだけ勉強のコツを教えようか?」
「う、勉強の言葉を聞くと睡魔が……」
「彩弓ちゃんは、本当に勉強が苦手なんだね。なら、勉強以外の言葉を使うのはどう? 勉強をゲームだと言えば、気持ちも楽になるんじゃないかな」
「……ゲームか。ゲームなら気軽にできそうだ」
「それとも好きな人の名前でもつけてみるといいだろう」
今度は礼先輩が提案する。
「ななな、なんであいつの名前なんかを!」
「あ」
「お」
私が慌てふためく中、二人の先輩は顔を見合わせる。
あいつと接吻したことを思い出して、私はドキドキしてしまう。
あれもきっと攻撃の一部だったんだよな? それ以外、理由はないはずなのに——どうしてこんなに胸が落ち着かないのだろう。
やはり私はしょぼい団長から抜けられないのだろうか。
私が一人でドギマギしていると、
「伊利亜ジュニアだと言いにくいかな?」
「なんだ、そっちか」
「誰の名前だと思ったの?」
「そ、それは……」
「彩弓ちゃんにもようやく春が来たんだね」
「春とは、青春のことか? 私は青春真っ盛りだが?」
「違うよ、恋の季節だって言ったんだ」
「こここ、恋だと!? なんで私があんなやつに……」
「あんなやつって、どんなやつ? 気になるなぁ」
「
「私をからかっていたのか? 騎士道にあるまじき行為だ」
私がムッとしていると、輝先輩は「ごめんごめん」と軽く謝ってみせた。
そして急に真面目な顔をしたかと思えば——。
「ねぇ、彩弓ちゃん」
隣を歩いていた輝先輩が、急に立ち止まる。
「なんだ? どうした?」
突然、真剣そのもので私の顔を見る
「僕たちのことを騎士と呼ぶのは、もうやめてほしいんだ」
優しい声が響いた。
その言葉に圧倒された私は一瞬、頭が真っ白になって息をのむが、慌てて言葉を繋いだ。
「どうしてだ? お前たちは騎士だろう?」
「違うよ。僕たちは騎士じゃなくて、今はもう……ただの高校生なんだよ」
「何を言うんだ! お前たちは誘拐した私を立派に助けてくれたじゃないか!」
「それは騎士だからじゃないよ。彩弓ちゃんが友達だからだよ」
「そんな……そんな悲しいこと、言わないでくれ。騎士じゃないなんて……」
「ねぇ、彩弓ちゃん。僕たちは騎士じゃなければ、通じ合えないかな?」
「私が育てたんだ……嬉しいことも、悲しいことも一緒に味わいながら共に過ごした時間を忘れてしまったのか?」
「それは前世の話だよ」
「みんな一緒にいたんだ」
「うん。今でも心は一緒だよ」
「そうだ。たとえ離れ離れになっても、いつも団長の幸せを願っているよ」
「まるで二度と会えないみたいな……そんなこと言わないでくれ」
「この先、会えるかどうかわからないが……それでも、もし彩弓ちゃんに何かあったら必ず駆けつけることを約束する。でもそれは騎士だからじゃない、大事な友達だからだ」
「私は……騎士団の団長なんだ」
「うん」
「みんなを守ることだけが生きがいだったんだ」
「うん」
「けど、私がいなくなったら……またみんなバラバラに……」
「前世のことを言ってるの? それは俺たちが、陛下よりも団長を選んだからだよ」
「誰もそんなこと許してないのに」
私が泣きそうになっていると、そんな私の頭を礼先輩がポンポンと叩く。
「団長が勝手にいなくなったから、反抗したんだ。反抗期ってやつだ」
「そんな子供みたいなこと」
「あの頃の俺たちは子供だったんだ。でも、団長がこれほど気に病むなんて、思ってもみなかった」
「
「もう、やめてくれ……私はサヨナラなんてしたくないんだ。みんなずっと一緒がいいんだ」
「ずっと言いたかったんだ。ありがとう団長、僕たちのために命をかけてくれて」
「団長なら、きっと大丈夫だ」
私は電車に揺られる間、ひとことも話すことができなかった。
話せば話すほど、二人が遠く感じて……もう二度とあの時代の幸福を取り戻せないことを思い知らされたのだった。
***
週初めの登校日。
「あら彩弓……顔色が悪いわね。またぬいぐるみを作ってるの?」
「……ちょっとな」
「あんまり無理もよくないと思うわよ」
「……ルア」
「何?」
「もしも騎士たちがバラバラになったら……ルアも嫌だろう?」
「騎士団が?」
「そうだ」
「たしかに嫌だけど、さすがに全員のそばにいるのは無理じゃない?」
「……やっぱりそうなのか」
「彩弓は騎士団にこだわるわねぇ」
「私にとっては騎士団がすべてだったから」
「彩弓の求心力は、もっと別のことに活かしたほうがいいと思うんだけど。たとえば起業とか」
「別のこと?」
「そうよ。彩弓のそばが心地よいと感じる人は他にもいると思うわよ」
「私は騎士団の団長がいい」
「でも本物の騎士はいないわ」
「ルアまでそんなことを言うのか」
「あ、伊利亜くん」
「え!? 伊利亜!?」
伊利亜と聞いて、私はルアの後ろにさっと隠れる。
どうやら生徒会の連絡で来ているらしい。伊利亜はこちらを向くことなく、生徒会長と何か話しているようだった。
「どうして隠れるのよ」
「いや、なんとなく……」
そして伊利亜はちらりとこちらを見て、去っていったのだった。
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