第12回空色杯【500文字以上の部】

かみひとえ(カクヨムのすがた)

ある村にて

 この村からはどうやら出られない。

 この村には外に通じる道はなく、無理やり外に出ようとした者は、翌日には無惨な姿となって神社の鳥居にぶら下がっている。それは何もおとぎ話だけの昔の話じゃない。つい最近だって、僕の友達の■■■■■が……。だから、そんなことがあって誰もこの村から出ようなんて思わなくなったし、それでも別に良かったんだ。

 それに、不思議なことはそれだけじゃない。

 この村にはこんな掟があった。

 決して日の出ているうちに外を出歩くな、家の窓から顔を出すな、と。

 じいさんばあさん■■■■曰く、街の外には化け物がうろついていて、日があるうちに外に出ると化け物に見つかって殺されてしまうぞ、と。

 確かに昼間のうちは、何か得体の知れないものが村をそこら中歩き回っている気配を感じる。その姿は厚いカーテン越しのシルエットでしか見たことがないけれども、見る者を不快にさせるようなその異形の物体の影は、狂気じみた冒涜的な足音で僕の部屋の方に近付くと、何とも名状し難き声で精神に異常をきたすような何かをぼそぼそと呟くのだった。僕はそれを、息を殺して静かにやりすごすことしかできなかった。

 だけど、それは僕が住む村にとっては、いつもと何も変わらない日常の風景のほんの一つに過ぎなかった。

 それが不思議なことだと気付いたのは、最近村の外から来たよそ者がインターネットを普及させてからだけれども。それでも、ネットから得られるのは村の外の情報だけで、パソコンはよそ者が遺した一台だけだ。あのよそ者は、どうして命懸けでこの村に通信手段を引こうとしたんだろう。よそ者が発狂する前に話を聞いておけばよかった。

 この村の外には何があるのだろう。

 銀色の大きな建物の群れ、色とりどりの服を着たものがたくさんいて、何か楽しそうに話し合っている。そうして僕は、この村がずいぶんとちっぽけで時代遅れのものなのだと気付かされた。そういえば、あのよそ者はいつの間にか鳥居からいなくなっていたな、大人が降ろしたのか、それとも。

 掟なんて、化け物なんて、この村なんてくだらない。

 そういう思いは次第に大きくなって、今すぐにでもこの黴臭い家から飛び出してしまって、あの日の光を体いっぱい浴びたくなる衝動に駆られてしまう。そう、あの病的で嘲笑する■■■■■■のような足音に怖気づいてしまうまでは、だけど。

「どうしてここにいるの?」

 ある晴れた日、化け物の一人がいつものように寝床で横になっている僕の耳元に軋む金属音のような言葉を囁いたと思った。だけど、今日のはいつもと違った。僕はハッと寝床から飛び起きた。化け物なんかが僕達の言葉を話すなんて思ってもみなかった。

「外には君達みたいな化け物がうろついているからね、僕達は日が出ている間は外に出ちゃいけない。この村の古びた掟さ」

「そうなんだ、僕らとは反対だね」

「どういうこと?」

「夜には怪物が出てきて僕らを襲うから、決して日が沈んだら外に出ちゃいけないって言われている」

「怪物って僕達のことかい?」

「それを言うなら、化け物は僕らってこと?」

 こんな小さな一つの村で、化け物が僕達とは正反対の掟を守っているのが不思議でなんだかおかしかった。僕達は決して出会わないようになっている。それはこの村に住む誰もがその理由を忘れてしまうほど遠い昔からの忌まわしい因習のせいだ。

 それが今はどうだ、鉄格子を隔て、カーテン越しのシルエットだけれども、僕達は邂逅を果たしているじゃないか。これこそが僕が望んだ新しい時代なんだ。僕こそがその時代の先駆者となれるのだ。そう思うと、僕の胸は高鳴り、彼の異形なんて全く気にならなくなった。

「君の姿を見せてよ」

 それは村の掟を破る行為だ。

 だけど、今の僕達の中にそんな古ぼけて黴付いたものを気にするような気持ちは、ほんの少しもなくなってしまっていた。ふと思ったけど、どうしてこの村の神社は、■■は、村の周りをぐるりと取り囲むように建っているのだろうか。一体何からこの村を守っているのだろうか。いや、今はそんなことはどうでもいい。

 僕は未知との遭遇に少しだけ心を震わせながら、おそるおそるゆっくりとカーテンを横に引いた。

 鉄格子の先、初めての逆光に目を細める僕の視線の先には。窓に、窓には。ああそうか、そうだったのか。だから、この村の掟は。

「実は僕、人間じゃないんだ」

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