創作トレイサー

鳥辺野九

事故物件内見


 ハイハイ! いらっしゃいませ! 物件をお探しで? 大丈夫です。何なら壁に貼っつけてある物件を見るだけでも構いませんよ。でもね、お客様。本当におすすめの物件は無闇矢鱈に貼り出したりはしないものです。大事に大事にしまっておくんです。だって、大事なんですもん。……興味お有りで? ちらっとだけ、覗いてみます? ちらっとだけ。




 彼女が内見に案内された物件は、どこにでもありそうな、でも内に秘めた何かを感じさせるものだった。

 アイディア不動産の営業スタッフは周囲をキョロキョロとやりながら言うものだ。


「外観なんてどこも似たようなものでしょ? 営業のアタシが言うのも何ですけど、いったん住み着いちゃえば外から眺めたりなんてしないもんです」


 ガチャリ。しっかりとしたドアロックを解除。扉は素直に開いてくれる。


「重要なのは中身です。なんてったって目を開けてればいつも飛び込んでくる光景ですからね」


 営業スタッフは玄関ドアを開放して、片手で優雅にラインを引くように動線を描き出した。

 未来の住人である彼女は導かれるままに一歩前に進む。そして、二歩後ずさる。

 彼女を迎えたのは過去の住人たちの痕跡だった。おびただしい数の思い出、努力の跡、栄光の品々、ぐちゃぐちゃになったあらゆるアイディアが詰め込まれた物件だ。


「ほら、そこ、一応動線は確保されてるでしょ。どうぞ我が家と思って入っちゃって入っちゃって」


 営業スタッフが馴れ馴れしく彼女の背中を押す。確かに言う通り、かろうじて歩くのに支障はないような床は見える。少しばかり右に左に身体をくねる必要はあるが。

 一見乱雑に置かれただけに感じられるが、よくよく見れば整然と積まれているようにも思えるから不思議だ。検索すればすぐ取り出せるよう、手の届く範囲に重要度の高い順で配置されている。


「これらは過去の住人たちのものです。自由に使ったり、消費したり、あるいは捨てちゃったりしていいですよ」


 バタン。扉は後ろ手に閉められた。退路は断たれたわけだ。彼女は覚悟を決めた。さらなる中へ進もう。意外と居心地がいいかもしれない。


「人って、思いが染み込んだモノをそう簡単に捨てられないじゃないですか」


 営業スタッフが他人事のように軽く言う。確かにそうだとは思うけど、この物件に関してはレベルが違うような気がする。

 異世界の異様な紋章が彫られた円筒を押し退け、未来の地面から生えてきた鏡面仕上げの三角柱を引き起こし、名状し難きもふもふと蠢く物体をかき分けて、やっとこさメインルームへと足を踏み入れた。

 視界が開ける。

 彼女はこの内見を三分以内に終わらせなければならないと思った。

 開けた作業部屋の床、そこには白い線が引かれていた。ひと目見て理解できた。未だ遺物が残っている検証中の部屋なのだ。

 それは人の形をしていない。バッファローの輪郭を形作っていた。


「あの、これって」


「ああ、これですか。過去の住人の成れの果てですよ」


 営業スタッフはあっけらかんと言ってのけた。


「三分だとかバッファローだとか、まだ整理しきれていないんでしょうね。大丈夫! そのうち気にならなくなります!」


 そういうものだろうか。彼女はアイディアが詰め込まれた物件で立ち尽くした。自分もこうなってしまうんじゃないか。

 やめとこうかな、この物件。




 小説のアイディアはいつもふらりと降りてくるものです。

 でもね、すでに書き終えた過去のアイディアにいつまでも執着していると、せっかくの新しいアイディアが住み着いてくれないかもしれませんよ。

 もちろん、捨てちまえなんて言いません。大事にしまっておいてください。専用の箱かフォルダなんかあると便利です。

 ハイハイ! こちらの物件は、何ですか? バッファローの群れがうるさいからやめとく? いいですともいいですとも! では、良きアイディアさん、次の住宅の内見に参りましょうか。

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