内見

曇戸晴維

内見

 「築年数は経ってますけど、耐震性も防音もありますしおすすめですよ」


 そう言われて、たどり着いたのは古めかしいマンションだった。

 バブル期真っ最中に作られたであろうそれは入口が豪勢に彩られ、オートロックの先の天井にはシャンデリアが飾られ、誰が管理しているのか生け花が活けられている。

 重苦しく動くエレベータに乗り込むと空調の音がやけに響くのが印象的だった。

 薄暗い廊下を抜けて案内された一室の重厚なドアを開けると、狭い半畳ほどの玄関に通される。

 不動産屋のお兄さんがブレイカーのスイッチを上げると、電気が灯った。


「多少、年季は入ってますけど、トイレやお風呂は新しくしたんですよ」


 玄関からリビングに抜ける扉を押して入ると、壁紙もフローリングも張り替えたのだろう明るいリビングが広がっていた。

 扉を閉めると少し建て付けが悪いのか、『ぎい』と音を立てる。

 防犯意識が高いのか扉には小さな鍵が付いていた。

 ところどころ古い設備をそのまま使っているのか、インターホンのモニタなどは少し茶々けていて、受話器がついているタイプだった。

 洋室が二部屋ある2LDKで、ひとりで住むには十分すぎるサイズだ。


「こちらからバルコニーに出られます」


 通された洋室の一室はカーテンのない掃き出し窓からは太陽光がしっかりと差し込む。築年数を思わせない明るい部屋だった。

 対してもう一室は、高窓があるだけであまり陽の光が入っていなかった。

 こっちは寝室にちょうどいいか、と思っていると、こちらの扉にも鍵が付いているのに気がついた。


 「水回りも確認してみてください」


 続いて浴室に行ってみると特に綺麗にリフォームされていて、中に入ってみると足元が温かいことに気付く。

 聞くと、水はけがよく乾きやすい断熱素材を使っているらしい。

 シャワーも水道栓も新しいものに替えられていた。

 私が気に入ったことに気が付いたのか、不動産屋のお兄さんはぺらぺらと説明を始めた。

 ふと、あることに気が付いたのと、芽生えた悪戯心に突き動かされた私はお兄さんに声をかける。


「ちょっと場所変わってくれません?」

「えっ、はい」


 彼はハテナマークを浮かべつつ、私の言う通り立ち位置を入れ替わってくれた。

 浴室の外に出た私は、おもむろに浴室の蛇腹の扉を閉めた。


「え、どうしたんです?」

「開けてみてください」


 にやにやと悪い笑みが漏れるのが自分でもわかった。


「えっ、あれ……嘘だろ……ちょ、ちょっと開けてもらえませんか!?」


 焦っているお兄さんの声を聞いて満足した私はすぐに開けてあげる。

 笑っている私を見て、お兄さんはひたすらに謝り始めた。


「すいません。施工業者のミスだと思うんですけど……」

「でしょうねえ。これじゃ困りますもんね……」


 蛇腹の扉は外側からは押せば開く仕様になっていた。

 しかし、内側からは引かなければ開かない。

 そのためにあるはずの取っ手がついてなかったのだ。

 つまり、浴室に入って扉を閉めてしまえば閉じ込められてしまう。

 

「でもこの扉、劣化の仕方を見ると、前のままなんですよね」

「えっ……?」


 私たちの間に沈黙が流れる。

 そういえば、洋室の鍵は外側から掛けられる仕様だった。

 思い出して洋室のほうを見ると、お兄さんは焦った声で言った。


「ここはやめときましょう。次の物件はもっといいところですし、新しいところですから!」


 私は言われるまま、玄関へ向かう。

 そして、見逃さなかった。

 

 リビングと玄関の間の扉のサムターンは、外側についていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

内見 曇戸晴維 @donot_harry

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ