ワンルーム、築10年、かぐ付きオール殿下、ペット可。

@titanfang

住宅の内見

「まずはこちらの物件なんですがー、近所にスーパーもあって、駅にも近く、窓からは公園も見えて、オススメなんですよー。」


 そう言って不動産屋は一つ目の物件へと私を導き、エントランスを進む。チャラチャラと聞こえる耳障りな鍵の音。昼間であるのもあってなのか、辺りはそんなに騒がしくは無い。

 第一印象は、悪くないなと思った。共用部分も掃除が行き届き、郵便受けもチラシで満杯などにはなっていない。

 だが、気をつけた方が良い。急な転勤で新居を探している時ほど、内見の時には慎重に見極めなければならないものだ。こういう時に悪い不動産屋は、悪い部屋とマシな部屋を見せて来ると言う。酷い現実を突き付けて絶望させた後、それよりも少し良いものを見せることで、一縷の希望に縋らせて判断を狂わせて来ると言う。

 惑わされてはいけない。酷い家に住むことはあまりに人生を狂わせることだろうか。たとえ寝るだけの場所だとしても、一日の三割以上は過ごす場所である。広くなくても良い。静かで、落ち着いて、良い眠りと目覚めの迎えられる部屋が良い。選択の軸はブレてはならない。

 廊下を行く不動産屋の背中を睨みつけながら追い、辿り着く一つのドアの前。


「お客様、ご希望はワンルームでしたよね?」

「あぁ、とりあえずひとりだから、そんなに広くなくていいし」


 振り向いた不動産屋の怪訝とした顔に、おそらく同じ表情を返してしまった。その感情、何?


「では、こちらの101号室なのですがー…」


 ガチャリと鍵を開けて、不動産屋はドアを引き開ける。


「ワン!」


 …ワン?


 室内はとても広く、天井も高く、陽当たりも良い。


「「「ワンワン!ワワン!」」」

「あの」

「なにか?」

「これは」

「ワンルーム、ですが」

 白いふわふわの小型犬、ピンと尻尾を上げた猟犬に、のんびりとあくびをする大型犬…


「いやいやいや、待って。ワンルームってさぁ、そう言う意味じゃないじゃん!間取りのことじゃないの?」

「あぁ!間取りですか!4LDKのワンルームですが?」

「ですが?じゃあないが?」

「とりあえず見るだけでも見ていってくださいよ。カワイイでしょう?」


 促されるまま、一切納得行かないけれども玄関で靴を脱ぐ。調度品ひとつ無い部屋を走り回っていた犬たちは、人懐っこく寄ってきて、私の脱いだ靴だとか足元だとかを嗅ぎ回る。


「おい、家具付き…」

「いやー、家具はつかないんですよねー。読み間違えて、ます?」


 ワンルーム、築10年、かぐ付きオール殿下、ペット可。資料にはそう書いてある。誤字誤変換なんか良くあることだし、と思ってたが、まさか…。


「かぐ?犬が?」

「ワンちゃんならそりゃ匂いをかぐもんですよね?」

「…おい、じゃぁこの『オール殿下』とやらは」

「よく聞いてくれたね、下々の者!」


 奥の部屋からマントを翻して現れたのは、ええ…そうだね、殿下だね。ちょうちんブルマのド派手なコスチュームに身を包み、頭に冠を乗せた金髪碧眼の王子様だ。


「ハッハッハ!この建物は全てボクの物だ!お前はなかなか面白そうなやつだな。ボクのペットにしてやろうか?」


 ワンルーム、築10年、かぐ付きオール殿下、ペット可。書き間違いではない。


 書き間違いでは、無かったね。とても正直な不動産屋だ。


「ごめん、他社を当たるわ」







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ワンルーム、築10年、かぐ付きオール殿下、ペット可。 @titanfang

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