狂心回廊

シンカー・ワン

深く静かに狂え

 迷宮保有都市バロゥから南へ二日ほど行った森に旧時代の遺跡群がある。

 外周部は重ねた年月によって大半が朽ちてしまっているが、内側は外観を保ったままのものも多く、発見時は調査隊や盗掘者でにぎわったものだ。

 中心部に残る一際荘厳な『館』は支配階級の邸宅で、貴重な資料やお宝が発見されたが、探索中あるいは探索後に関わった者が変死してしまうことが続き、一通りの調査を終えてからは立ち入る者は無くなったいわくつきの代物。

 漁りつくしたのだからそんな物騒なものは壊してしまえという声もあったが、旧時代の建築様式がほぼ原形をとどめて現存している貴重さもあり、破壊計画はなかったことに。

 たまに度胸試しにと入り込む冒険者や無鉄砲な若者が居たりしたが、例外なく変死者を出した。

 運よく死を免れた者も精神に異常をきたし、平常な生活を営めなくなる事例が多いため知識と学問の神・リーパブの神殿および魔法学院の協力のもと封印措置がされ、現在では許可なく立ち入ることは禁止されている。

 『館』は封印されたが住み着いた魔物退治や未盗掘のお宝を掘り当てるために、森の遺跡群に足を踏み入れる冒険者たちは現在も多い。

 新しい仲間・女神官尼さんを迎えた女魔法使いねぇさん熱帯妖精トロピカルエルフ忍びクノイチ一党パーティもその中のひとつ。

 慣れ親しんだ迷宮バロゥではなく森の遺跡を選んだのは、新しい連携を作るなら馴染みのない場所での実践が手っ取り早いと頭目リーダーである女魔法使いが提言したためである。

 一党は森の遺跡の外周部で見つけた朽ちかけた入り口からから地下通路に入り中央へと向かっていた。

 今のところ行程は順調で、危険やその前兆も感じられず緊張感に包まれながら程よい余裕も生まれていた。

 なれば軽口も出ようというものである。

「例の『館』の呪いってさぁ、何千年も前のが残ったままだったんだろ? よほど強いのがかけられてたんだろうな~」

 二番手を行く熱帯妖精が後列の神殿・学院関係者である女神官や女魔法使いに投げかける。

 不意の質問に女魔法使いは後ろを歩く女神官にうかがいかけるようなまなざしを送り、視線を受けとめた女神官は苦笑いを浮かべて、

「封印には大地と収穫の神私のとこも少し関わりましたから、いろいろと話は耳に入ってきているのですが……」

 ためらいがちに答える。

「あれ、呪いなんてかかっていなかったんです」

「――え?」

 唐突に告げられた裏話に脚が止まる熱帯妖精。

「付け加えると魔法も『保存』以外は何もかかっていない」

 歩きなさいと杖で熱帯妖精を突きながら女魔法使い。

「な、なに? 呪いもそれっぽい魔法もかかってないのに、おかしな死に方するのが続いたってこと?」

 半身はんみを杖で押されつつも驚きを隠さず熱帯妖精。

「そういうことですね。呪術も魔術も霊的なものも、そういった要素はなにも無くて」

「ガスとか毒とか、そういうのも無し」

 困ったものですよねって口調の女神官に淡々と女魔法使いが繋ぐ。

「――ただ、洞人族ドワーフ高僧ハイプリーストが建築様式そのものがおかしいのではないかって意見を出されていましたけど、具体的に何がどうおかしいのかがハッキリしなくて……」

 参考どまりになりましたと女神官。

「調べたいけど入ったらおかしくなる。だから放置」

 どこか呆れた風に女魔法使いが言うと、

「くだんの高僧はもしかしたら『館』だけでなく遺跡全体に何かしらの仕掛けがあるのでは、とも言われてましたね。実例はいまのとこ『館』だけですが」

 と女神官が付けたした。

「はぁ~、なんか深くて暗いな~。なぁお前はどう――」

 感嘆した熱帯妖精は半身から前へ向き直し、話に加わらず黙々と先頭を進んでいた忍びへ語りかけ、――言葉と脚を止め槍を構えた。

 のほほんとしたところはあるが歴戦の戦士。前を行く者から発せられる異様な気配に反射的に戦闘態勢を取った。

 脚を止め臨戦態勢の熱帯妖精に、一瞬なにごとかと躊躇した後列のふたりも状況を読み取り戦う姿勢に。

 警戒態勢を取った三人に気づかず進んでいた忍びだったが、ふいに歩みを止めゆっくり振り返る。

「……」

 焦点の合っていない瞳が三人を映し、殺意の色に染まる。

 忍びの姿が消えたかと思えば、金属同士がぶつかり合う音が地下通路に響く。

 彼我の距離を一瞬で埋めた忍び、必殺の苦無を熱帯妖精の槍が受け止めたのだと知れた。

 常軌を逸した速度で襲い来る苦無をギリギリで受け流す熱帯妖精。

 零距離戦闘で専門家たる忍びの攻撃を捌くのはさすがと言えたが、いかんせん、分が悪いのは傍目にもわかる。 

 局所鎧ローカルアーマーに守られていない柔肌に朱線が走り、傷がどんどんと増えていく。

「――ねぇさん、尼さん、なんとかしてえっ」

 たまらず援護を求める熱帯妖精。

 後衛のふたりも闘いをただ見ていた訳でなく、状況を分析いかなる手を持ちうるかを選択していた。

「……動きを止めてもらえますか? あとは私が」

「承知」

 忍びをじっと観察していた女神官が乞えば女魔法使いが即座に応える。

 愛用の杖を忍びへと向け唱えた呪文は、

捕縛アレスト」 

 現れたいくつもの光環が忍びの身体を捕らえ、その動きを封じる。

 魔法が発動すると同時に女神官が駆けだし座り込んだ熱帯妖精の横を抜け、拘束された忍びへ手のひらを当て己が信じる大地神へと奇跡を嘆願する。

正気サニタス

 弾かれたように身体を震わせ、忍びは意識を失った。


「……まったく面目ない。迷惑をかけた」

 正座で頭を下げ、申し訳なさげに謝罪する忍び。

「本当だぞぉ~、生きた心地しなかったんだからな~」

 疲弊を顔に出さず、女神官から奇跡による治療を受けながら軽口をたたく熱帯妖精。

 見る見るうちに塞がっていく傷に「おお~すごいぞー」と感嘆するさまに、苦笑するのは女神官。

「で、どうしたの?」

 頭目として状況の整理を図る女魔法使い。落ち着いた声音は乱れる気持ちを静めてくれる。

 問われた忍びは現状へ至る道のりを思い返し、ゆっくりと言葉にする。

「……自分でもよくわからない。ただ歩いているうちに少しづつ自我が削られ行ったような感覚がある……」

 強烈な殺意と破壊衝動に駆られ、気が付いたら捕縛されていた。と続けた。

「なんだそれ?」

 訳わかんないままこっちは襲われたのか~と憤慨する熱帯妖精。忍びは恐縮しこうべを垂れるだけ。

 女魔法使いと女神官は視線を交わし、

「……なるほど」

「ですね――」

 合点がいったという風にうなづき合い、

「……『館』の変死って、実は同士討ちがほとんどなんですよ」

 女神官がさらりと言えば、

「『館』を巡っているうちに斥候がおかしくなって、仲間を襲うのが定番」

 女魔法使いが続ける。

 ふたりの話によると、『館』の探索者はだいたい先導者からおかしくなり、それが伝播したかのように殺し合っていくのだと。

「仲間同士での殺し合いですから、ていが良くないので表向きは変死って発表してたのですよ」

「おかしな死に方、なら『呪い』だって伝聞されていった訳」

 どこか呆れた風に口にする年長者ふたり。

「――でも、今回の件は『館』の謎を解決するヒントになるかも知れませんね」

 忍びを見つめ、どこか慰めるように女神官。

「なんにしても、このまま地下通路ここを進むのは良くなさそう。地上うえに出ようか」

 女魔法使いが頭目らしく方針を告げる。それぞれのタイミングで腰をあげる仲間たち。

 来た道を戻るだけだからと、先頭に立ち歩き始める熱帯妖精。あとに続く女神官が何かしらのアドバイスを伝えていた。

 女魔法使いが忍びの肩をポンと叩き、

「行こう?」

 と声をかける。向けられた顔には柔らかな笑みが。

 気遣いに忍びはただ感謝するだけだった。


 数年後、『館』の内覧会と称された、洞人族ドワーフ小人族パルヴスを中心にした探索隊が送り込まれた。

 達人位マスタークラスの冒険者がメインだが、建築家や設計士、内装技師といった建物に関する専門家も含まれていた。

 残念なことに幾人かの犠牲を出してしまったが、この調査によって『館』の謎の一端が明かされる。

 『館』の通路や壁には肉眼では確認できず接触しても捉えられないくらいのわずかな傾斜や歪み・凹凸が存在しており、巧妙に組み合わされたそれらが視覚や接触感覚を通して少しづつ精神を侵食し殺人と破壊衝動を誘発させるのではないかと。

 旧時代の精緻な細工に仕組みを発見した者たちは舌を巻き、このような手段を考えつく発想力に改めて恐怖を覚えた。

 優秀な斥候からおかしくなった例が多いのは、彼ら彼女らの感覚が鋭敏過ぎるがゆえ視覚の端から入り込む微妙な歪みや、足裏から伝わってくる些細な傾斜や凹凸を拾い易いからであった。

 永遠不滅ともいえる規模の強力な『保存』魔法が数千の年月を耐えさせ、現在まで被害者を生み続けている恐ろしさ。

 単なる侵入者や賊除けにしては殺意あふれるこの仕様から、身内や一族の者しか信用しなかったのだろう旧時代支配階級の猜疑心の強さがうかがえる。

 この調査後、『館』の通路や壁は漆喰が上塗りされて狂心回廊は塞がれた。

 『保存』で壊せないのならば、心狂わす歪みを埋めてしまえばよい。

 乱暴ではあるが確信をついた施策は旧時代の様式美を台無しにしたが、以降犠牲者は出なかったという。

 

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