夢いっぱいの青い家

森陰五十鈴

キーラの興奮

 ルベット家は、海沿いの景勝地に別荘を建てた。

 今日は、その別荘が完成したので、家族で内見に来ている。

 崖の上に造られた街、その郊外。さらに崖を上ったところに建てられたのは、海風が色を為したような薄い青の壁のやしきだ。屋根は濃紺。本邸と比べるとこぢんまりとした庭には、背の低い樹木がいくつか植えられていて、その中でひっそりと黄色の夏薔薇が咲いている。

 馬車から降りて別荘の正面を見たルベット家の一人娘、キーラお嬢様は、大きな目をまんまるに見開いて邸を見上げていた。可愛らしい庭も見事だと思うが、キーラは特に、ドールハウスのような様相の邸が気に入ったようだ。アリエッタが声を掛けるまで、ずっと青色の建物を見上げていた。


「素敵……。本邸おうちもこうだったら良いのに」


 アリエッタは、キーラの家――使用人のアリエッタにとっては、職場――を脳裏に思い浮かべた。歴史ある風格が漂う本邸は、灰色の重い石を積み上げた重厚な造りだった。奥様の手によって庭も内装も華やかにされて重苦しさはないけれど、可愛らしさには欠けている。まだまだ子どもと呼ばれる年頃のキーラが気に入るのも道理というものだろう。


 邸の中もまた、整然として爽やかな印象だった。壁紙は外と同じような薄い青。床は白。浅い海の底のよう。キーラはいっそう目を輝かせて、両親の許可を得ることもせず、邸の奥へ奥へと進んでいった。まだ何も置かれていない室内だが、間取りにおおよその見当はつく。入口から一番近い部屋は、応接室。一面に大きな窓が張られた見晴らしの良い大きな部屋は、ダイニングルーム。その隣には、白いタイルで覆われたキッチン。ダイニングルームに併設されている硝子張りの部屋はサロン。廊下を出て奥の方にあるのは、旦那様ご希望の遊戯室だろう。


「すごい……すごい!」


 部屋を一つ回るごとに、ここでの生活に思いを馳せたのか、キーラは胸の前で手を組んで夢見るような表情を見せた。頬はすっかり紅潮している。


 使用人部屋も見て回る。最低限の家具しか置けない広さでキーラは不満そうだったが、他と同じく明るい雰囲気で狭苦しさを感じさせない造りが、アリエッタは気に入った。


「ねえアリエッタ、私たちこれから夏が来るたびに、ここに来るのよ!」


 一階部分を一周回って解放的なエントランスに戻ってきたキーラは、まるでアリエッタに自慢するように手を広げてみせる。アリエッタを見上げる目には星が宿っているかのようにきらきらと輝いていた。


「ええ、そうですね。次の夏が楽しみです」


 ただ、アリエッタとしては、難点が一つあった。床が白い故に汚れが目立ち、掃除が大変そうだということ。いや、床だけではない。アリエッタはまだ搬入されていない家具を頭に思い浮かべる。この壁紙に合わせるなら、什器も間違いなく白だろう。埃は目立ちにくいかもしれないが、シミの類には気をつけなければならない。ルベット家のメイドは、オールワーク。お嬢様のお世話係のアリエッタも、掃除は他人事ではない。


「さあ、二階も行きましょう!」


 巻き貝のような螺旋階段を前にしたキーラは、より一層張り切っている。なにせ、奥様から『好きな部屋を自室にして良い』と言われているので。


 二階は、北側の中心にある階段からまっすぐ東西に廊下が伸びて、南に向かった部屋が四つ。一番西の部屋は海と街が見下ろせて、一番東の部屋は街の代わりに斜面に広がるみかん畑が望めた。間の二つが望めるのは海だけだったが、その分部屋は広く、バルコニーが付いている。どの部屋も眺めは最高。

 悩みに悩んだキーラが選んだのは、海だけを望める中央東の部屋だった。見渡す限り海、というのが気に入ったらしい。東側なのは、みかん畑の方面の部屋が両親の部屋になるだろうと見越してのこと。


「やっぱり、お客様には、眺めのいい部屋を提供しなくちゃね」


 客間も用意することを聞いていたキーラは、女主人を気取っているらしい。自分が一番気に入った景色を、お客様に譲ったつもりなのだ。背伸びした台詞がおかしく、アリエッタは密かに笑う。


「それでね、ここにはねぇ――」


 自室予定の部屋を駆け回り、キーラは夢を語った。ベッドはここに。お姫様のように天蓋をつけて、シーツの色はマリンブルーで。

 ドレッサーはこちらに。チェストはあちらに。その上には、お気に入りの人形たちを置いて。

 部屋の中央には小さくて丸いテーブルを。バルコニーにもテーブルを置いて、潮風を浴びながら毎日お茶するの。


 いつの間にかキーラの両親も来て、にこにこしながら娘の計画を聴いていた。お嬢様は部屋の真ん中で幸せそうに笑っている。

 まだ空っぽの家の中は、キーラが持ち込んだ夢に溢れていた。

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夢いっぱいの青い家 森陰五十鈴 @morisuzu

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