美少女魔王と人類最後の僕の日常2

もるすべ

第2話 住宅の内見

「住宅の内見?」

 廃墟の真ん中で、僕は美少女に聞き返した。

 世界が滅んでから一ヶ月ほどは崩れた自宅に身を寄せて、周辺の瓦礫の中から食料とか調達して凌いでたけど、いつまでもこうしていられない。住むとこが必要だった。


「そう、実際見てみんと分からぬじゃろ」

 当面は雨露しのげればと思うけど、彼女が言うのも解らなくはない。

 そう、彼女の名前はイヴリス。なんでも魔王らしくって、僕を救うためだと言ってサクッと世界を滅ぼしちゃった女の子。見た目はスッゴく可愛いのに、怒ると超恐い。


「そうだね、じゃあ……」

 彼女の使い魔が調べたという、壊れてない家の所在地を地図で見る。

 人類最後の一人になっちゃったのは、本当に申し訳ないんだけど。とりあえずは生きるしかないよね、僕をお兄ちゃんと呼んでくれる彼女の言うとおりにさ。


「ここなんかどうかな? いちばん近いし」

「決まったな。いざ内見に行くのじゃ、お兄ちゃん」

 彼女に手を引かれて、魔王イヴリスが配下の巨大バッファローに乗せてもらう。

 体重百トン超らしいし、背中に乗ってて走られると凄く恐い。彼女の小っちゃい体にしがみついちゃうのは不可抗力だよ、エッチな気持ちなんてないよ。本当だよ!


「そう、もっと抱きしめて。お兄ちゃん」

 誤解されそうなこと言う美少女。僕、彼女に不純なことぜんぜんしてないからね!

 それにしても彼女は小っちゃい、身長は百四十ないかもしれない。柔らかくてサラサラ長い白髪は微かに青い光を放ち、それが褐色の肌に映えてる。羊みたいな角と深い緑色の瞳、桜色の唇から覗く八重歯がカワイイんだよ。


「前から思うけど、ちょっと多すぎない?」

「そうかのう、普通じゃろ」

 僕らのまわりには、群れをなして併走する巨大バッファローが数万頭。

 ドドドッ と地鳴りを響かせ廃墟を踏みならして、全てを破壊して突き進むバッファローの群れ。どんどん消滅していく…… 文明の痕跡。




「そうそう、ここなのじゃ」

「……よく残ってたね、これ」

 と、僕らが見上げたのは超高層なビル。タワーマンションってゆうヤツ?

 まわりじゅう倒壊したビルだらけの中、ひとつだけほぼ無傷なのが逆にシュールだ。入口で案内板を見ると…… 地下一階から地上二階まで商業施設。二十階までがオフィス、二十一階から五十階が住宅らしい。って、エレベーター使えないのにどうすんのこれ?


「臭っ! 何これ?」

「なんじゃ、臭いのう」

 中に入ると凄い異臭が鼻につくし、地下を覗くと腐った食品と大量の衛生害虫。

 無事な生活物資は魅力的だけど、とてもここには住めないね。上層階に住むにしても階段の昇降が凄い負担だし、ゆくゆくは水の調達で行き詰まりそう。


「ここはダメだよ、短期的には使えそ……」

「ねっねぇ、お部屋見てみよう。お兄ちゃん」

 彼女の可愛らしい、見た目どおりの口調で言われると断れない。

 素直に手を引かれて外に…… どこ行くのさ? と思ったらギュッと抱きつかれちゃって、花のような匂いと押しつけられた小っちゃなフニフニにドキドキしちゃう。なんて油断してたら、突然の急上昇に胃がひっくり返った。


「うわ! わぁあぁああぁあああーーーーーー」

「ぎゅーん あっははははははは……」

 一気に五十階の高さまで連れてこられて、一瞬気絶してた。飛ぶ前に言ってよ。

 それはさておき、内見してみると最上階の住宅は凄い贅沢だった。ひとつの住居で一つの階ぜんぶ使ってるし、部屋の数も広さも半端ない。庶民の僕にはよく分からない高価そうな家具とか、まるでドラマの世界に迷い込んだみたいだ。


「お兄ちゃーん! こっちこっち~」

「どうしたの?」

 呼ばれて入った部屋は寝室だった。て、何あれ? ベッドでっか!

 イヴリスが女の子座りして手招きしてるのは、ダブルベッド? 縦より横に長いベッドなんて初めて見たよ。躊躇いながらも招かれるまま、フカフカお布団を這い進んで彼女の隣に体育座りすると、甘えるように身を寄せてくる美少女。そっと、耳元に囁かれる。

「ここいいでしょ、お兄ちゃんとワシのスウィートホーム。うふふ……」




「ぶぅ~ せっかく壊さず残してたのにぃ~」

「不便すぎて、ずっとは住めないよ」

 美少女の誘惑をふりきり、再び巨大バッファローの背に揺られて移動する。

 イヴリスを説得して群れの大部分も置いてきた。併走しているのは、彼女が護衛に必要だと譲らなかった十頭だけ。結局のところ、ライフラインの途絶えた都会は住めないことが解ったので、今は田舎のほうに向かっている。


「お兄ちゃん、あれなのじゃ」

「まわり、何もないね」

 次の物件は山の麓にポツンと建っている、古い一軒家だった。農家かな?

 町まではもちろん、隣の家まででも歩いてくのが大変そうで、僕一人だと物資の調達がままならないだろう。ただ、家の裏に湧き水があるし畑や田んぼも使えそうだ。自給自足するならここもありかもしれない。


「いざ内見なのじゃ」

「おじゃまします」

 思わず挨拶しちゃうほど、家の中は綺麗に整頓されて掃除も行き届いていた。

 スッゴく古いけど、とても丁寧に歴史を重ねてきた感じ。食卓には読みかけの新聞、シンクに洗いかけの食器。納屋に残された軽トラ以外にも自動車あったみたいだから、住んでいた人たちは世界滅亡のとき避難して、そのまま…… かな。


「うふふ…… レトロなのじゃ」

「いい家だねぇ」

 縁側に寝っ転がる魔王の隣に座って、ここで爺さん婆さんになっていく僕らを想像した。

 振り向くと居間の壁に貼られた絵や手紙と葉書が目に入る、お爺さんお婆さんに宛てられたお孫さん達からのメッセージだ。かつての住人たちにとっての、たいせつな宝物。


「……ごめん、ここには住めないよ」

「え~! なんでなのじゃ、お兄ちゃん」

 可愛らしく拗ねるイヴリスには悪いけど、僕らが住んでいい家じゃないと思う。

 かつての住人たちの幸せとともに世界を滅ぼした魔王イヴリスと、その気が無くとも原因の一端になってしまった僕には、さ。




「縁側でお茶したかったのにぃ~ ぶぅぶぅ」

「他にもいいとこあるよ、たぶん」

 不満げな魔王をなだめて、三度バッファローの背に揺られての移動。

 こうして見てまわると、世界滅亡らしく破壊の爪痕も激しい。そんな中、住める家が残ってるだけで奇跡に近いだろう。そのうち洞窟に住むとか、自分で家つくることになるのかもしれない。イヴリスが、いつまでも助けてくれるとは限らないし。


「あそこじゃな。停まれクユータ!」

 魔王の合図で停止した巨大バッファロー。見下ろす先に、無事そうな家が一軒。

 まわりの家が全て倒壊してるのに一つだけ無事なのが気になるけど、地図で見たとおり立地はよさそう。海まで歩いて三十分くらいかな、高台だから津波も安心だし。川が近くに流れていて畑や田んぼもある。山も近いし、食料や水を調達しやすい優良物件。


「ないけん内見~ うふふ……」

「……なんか、スゴい家」

 大きいとは思ったけど、柱とかも太くて頑丈そう。耐震性抜群か。

 窓ガラスほとんど割れてるけど、なんかで塞げばいいし問題ない。軍手つけて掃除道具探して、ガラスの破片とか片寄せながらの内見。新築なのか、あまり生活感が感じられない。前の住人の気配が無いのは、気兼ねなく住めそうだね。


「あはは…… 広いのじゃ」

「ホント、スゴい」

 全体的に広々してて、玄関からして僕ん家の倍くらいある。

 入って左手の広縁がリビング兼用で隣に和室が二つ、右手にも和室一つ。玄関に戻って奥に進むとクロスする廊下で仕切られて和室と洋室とトイレ、さらに奥にダイニングとキッチン、並んで洗面所とお風呂。動線がはっきりしてて、大家族で住めそうな部屋数。


「二階も見るのじゃ」

「階段登りやすっ」

 途中に踊り場があって傾斜も緩やかな階段を登ると、洋室と和室が一つずつ。

 そこから庇の付いた広めのベランダに出れて、見晴らしがスゴくいい。ここ、洗濯物干すのに最適だね。美少女魔王を振り返ってみると、和室を気に入ったらしく「ここにお布団並べて子作りに励むのじゃ」なんて言ってる。聞かなかったことにしよう。


「ここに決まりじゃな」

「うん」

 庭に使えそうな井戸を見つけたし、少し先に倒壊したホームセンターとか商店もある。水、食料に道具や資材の調達先も確保可能な、まさに理想的な環境。家も窓とか修理すれば、十分住み続けられるだろう。おそらく僕の寿命が尽きるまでは、ね。

 でも、それだけでいいのかな? なんか寂しいよ。

 イヴリスは、ずっと僕と一緒に居たがってるようだけど、どこまで信じていいのか正直判らない。魔王が人間の僕なんかを、いつまでも構ってくれると思えないし。




「荷物なんぞ、最初からクユータに載せてくればよかったものを」

「ちょっと見に行くだけと思ったから…… ごめん」

 自宅跡に荷物とか取りに戻って、巨大バッファローに載せてトンボ返り中。

 彼女の言うとおり僕の荷物なんか、巨大バッファロー…… クユータに載せても微々たる量だけど、いまひとつ魔王に頼り切れないんだよね。どうして彼女は、何の取り柄もないただの高校生だった僕なんかを、こんなに気にかけてくれるんだろう。


「ねぇ、どうして僕を救けてくれたの?」

「……好きだからじゃ」

 ぽつりと、零れるような小さな言葉。

 耳まで真っ赤になって震えてる、小っちゃな美少女の背中。「え?」と呟いて顔を覗き込もうと屈みかけると、キッと振り返る魔王イヴリス。一瞬、危うく唇が触れそうになったあと、頰っぺに優しくキスされた。ふわっとひろがる、花のような薫り。


「……なっ なんで?」

「まだ秘密じゃ、続きは寝物語にでもおしえてやろう」

 意地悪げな笑顔の中に頬を真っ赤に染め、はにかみを覗かせる魔王。

 そっと緑色の瞳を伏せ、今度は正面から唇をよせてくる。唇と唇が触れそうになったとき、何かが壊れる音が……


「なっ 何をしておる!」

「は? はひぃ」

 キス寸前で突然怒鳴り出す魔王。鼻先を噛まれかけて、ビクッとなる。

 なになに? 僕、なんかした? それともホントは嫌いだってこと? ……なんて混乱してると突き飛ばされちゃって、尻餅をつく。 


「ごっ ごめん僕……」

「ちっ 違う、お兄ちゃんじゃないの…… ええい! 停まらんかクユータぁああ!」

 焦ったかと思えば、怒鳴ったりして忙しげな魔王。

 急停止した巨大バッファローの背の上を、尻尾のほうに向かって走り出す。あっけにとられながら僕も追いかけていってみると、土煙の中に潰れた家が見えた。


「…………あの壊れてるの、さっきの家?」

『お兄ちゃんとワシのスウィートホームがぁああああああ!!!』

 ビリビリと響きわたる、美少女魔王の悲痛な叫び。もう、地球割れたかと思ったよ。




「くっ この牛頭どもめ…… 合図せずとも気を使えんのか、まったくが……」

「えっと、悪気はなかったようだから、それくらいで…… ね」

 ぶつぶつと説教を続ける魔王と、うなだれて反省中の巨大バッファローが十頭。

 どうやら巨体すぎて、彼らから見て小さすぎるモノは目に入らないらしい。僕がイヴリスをなだめてるうちに「よそ見したワシも悪かったわ」と、ようやく怒りを収めてくれた。

(よかった、よかった)


「また探せばいいよ、ね」

「しかしあれだけの物件、まだ残っておるだろうか……」

 移動を再開してみたものの、世界の壊れ様を見るに彼女の心配はもっともだ。

 でもまあ、日もだいぶ傾いてきてることだし。どこかで野営して続きは明日になるだろう。気長に探すしかないよね、時間はたっぷりあるんだし。それにさ、


「一緒に色んなとこ見て回るのも、楽しいかもしれないよ」

「なるほど、旅行のようなものだとな…… それはよいのう」

 旅行と言われても僕にはピンとこない、修学旅行くらいしか記憶にないしね。

ちゅっ

「なっ!」

 急に振り向いた美少女に、今度こそファーストキスを奪われちゃって焦る。

「うふふ…… お兄ちゃん大好き!」

 そんな僕に、天使のように笑いかける魔王イヴリス。前に向き直ると、配下の魔獣クユータの背を撫でて「進め!」と命じた。


「いざ新婚旅行に、しゅっぱ~つ!」

「しっ 新婚?!」

 いやいや新婚旅行どころか、結婚もしてないって!

 なんて焦ってたら、心地よくも柔らかい美少女の唇を思い出して、心臓のドキドキが止まらない。


「あはははは………………」

 楽しげな嬉しそうな美少女魔王の笑う声が、何処までも響いていく。

 そんなイヴリスが可愛らしくて、急に愛しく思えちゃって。花のように薫る小っちゃな体を優しく抱きしめて、月白色に輝く髪にそっと口づけた。

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