トウキョウ・ナイケン・ランデヴ

鈴木怜

トウキョウ・ナイケン・ランデヴ

 この春就職・上京を控えた新山は、部屋探しを依頼していた不動産屋に半ば強制的に連れらランデヴされた先で、絶句していた。


「ああいや、確かに希望の条件は出しましたよ? 東京駅に乗り換え一回くらいで行けて、駅近で、その駅が終点だと乗り過ごす心配もないですよねーって。その点では間違いないですよ。間違いようがないと言ってもいいですけど」

「ですよね! こちらの物件はご希望の条件に合致しますよ! 最高にマッチしていると思いませんか!?」

「条件は完璧ですよ。ぶっちゃけ景色もいいです。そこは認めます……だってさあ、ここさあ」


 奥多摩だもん。そりゃあ目の前が大自然だよ。

 新山の叫び声が、山に消えていった。


 駅舎にある熊注意の看板が危機感をあおりたててくる。

 知らなかったと新山は頭を抱えた。東京にもあったんだね、村……。

 簡易ゲートですらない改札にICカードをかざして外に出てみれば、そこは東京都内だとは思えない自然溢れる世界が広がっていた。


 それでも不動産屋になだめられながら部屋に向かう新山。部屋は徒歩3分のところにあった。こういうところは合わせてくる辺りがまたなんともいえない。


 扉を開けてみる。


「グマ?」


 新山はバタン、と扉を閉めた。

 うん、見なかったことにしよう。

 これはきっと悪い夢だそうだきっとそうに違いない。

 じゃなきゃいるわけないじゃん、部屋の中に――熊なんて。


「今の見ました?」

「ええ。……住みながらにして野生を感じられるいい部屋でしょう?」

「感じるのは命の危険だよ! 熊がいるなんて聞いてないですよ!?」

「熊注意の看板はありましたよ?」

「駅にね! 家の中にいるわけないでしょ!? こんな部屋で暮らしてみてくださいよ喰われるそのときが来たってどうにもなんないですよ!?」


 見間違いかもしれなかったのでもう一度開いてみる。


「グンマ! サイタマ! オクタマ!」


 完全にこちらを威嚇してきていた。もうこれ前の住人じゃん。熊だけど。


 ふと振り返ってみると不動産屋はなんかすでに走って駅へ戻ろうとしている。

 命が危ない。新山も襲われる前に駆け出した。

 幸いにもすぐ追いつくことはできた。熊も来る様子はないようで新山は胸を撫で下ろした。


「…………ぜぇ……はぁ……いかがですかこの部屋は?」

「却下!」

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トウキョウ・ナイケン・ランデヴ 鈴木怜 @Day_of_Pleasure

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