お部屋探しはお一人で

ろくろわ

内見

「それではご案内を致します。その前にイヤホンから私の声は聞こえておりますでしょうか?はい。大丈夫そうですね。それでは進んでいきたいと思います。今回はワンルームと呼ばれるお部屋になります。先ず此方が玄関になります。先程お渡ししましたシリンダーキーをご利用ください」


 音声案内に従い、駒名津こまなつは玄関の穴にシリンダーキーを差し込み次の指示を待った。


「シリンダーキーを差し込みましたか?それではガチャと音がする所まで回します」


 ガチャ。

 鈍い音ともに少し重たい感覚が指先に残り鍵が開いた。開いた扉の先は暗く先が見えない。冷たく留まっていた空気は鼻を突き、長い間、換気されていない事が分かる。


「それでは扉を閉め、鍵をかけてください。なお鍵は二種類あります。サムターンと呼ばれるもので、親指で掴み右へ回してください。そしてドアガードと呼ばれるU字のロックをかけてください」


 音声案内に言われるまま、駒名津は内鍵を閉める。


「それではそのまま、ドアに付いているスコープから外を見てください。高純度のガラスが使われており外を確認することが出来ます」


 成る程、小さな覗き口の割に外の様子がそれなりに確認できた。こうして外部の様子を見ていたのか。


「ドアスコープの確認はお済みでしょうか?それではお部屋の確認と行きます。玄関でお履き物をお脱ぎください。ライトはつきませんのでお気をつけください。右手のドアを開けて頂いたところに御座いますのがトイレとお風呂が一体型となったユニットバスと呼ばれるものです」


 おぉ実に配置が素晴らしい。日本の狭い空間を最大限に活かせる空間作りにちょっと感動を覚えた。


「次に進みます。そのまま前に進み右手をご覧ください。此方がキッチンになります。小さいですがIHクッキングヒーターが二口設置されており、シンクの下には小型の冷蔵庫が完備されております」


 暗い部屋に蛇口の締めが甘いのか、水滴が落ち、シンクにポタッ。ポタッ。と一定の音が聞こえる。


「それでは更に少し進み正面をご覧ください」


 音声案内に従い、少し進むと部屋を仕切るドアが見えた。木の枠に中央部分が磨りガラスで出来ており、何となく部屋の様子が見えるようなドアだ。


「ドアを開けましたら、開けましたら、らら、ららららら、九畳の広さのメインルームになります。ごじじじじじゆううに内見してください」


 少し音声が途切れ途切れになったので、耳に嵌めたイヤホンを叩いてみたところ、電池が切れたかのようにイヤホンからの音が聞こえなくなった。まぁこの部屋が過ごすところのメインになるし、自由に内見してくださいとも言われたのでゆっくりと見ることにした。しかしライトがつかないので部屋の中は暗い。


 メインの部屋には真ん中に四角い小さな机があり、左の壁際にはテレビが備え付けられていた。右の壁際にはベッドが置かれ、割りとシンプルだが一人暮らしにはちょうど良かった。

 奥に見えるベランダもそれなりに広さがありそうだ。

 左の壁際の手前には引戸があり、それがどうやらクローゼットになっているようだった。小さな部屋の中をぐるりと周り、クロゼットを開けようとした時だった。


「ベッドに横になってください」


 急に音声が流れた。

 成る程、確かに生活するなら寝た時の感覚も必要だ。駒名津はクローゼットにかけていた手を引っ込めるとベッドに横たわった。

 ギシッと軋む音にあわせてベッドが沈みこんだ。さっきは気が付かなかったがベッドの上に置いてある時計の秒針の音が聞こえる。

 ふっ。

 ふっ。

 ふっ。

 ふっ。

 部屋の中で一定のリズムを刻んでいる。


「内見はもうすぐで終わりりりりりわりわわりです」


 やはり少しイヤホンの調子が悪いようだ。駒名津がイヤホンを外し器具を確認しようとした時だった。


 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン


 玄関を激しく叩く音に驚き駒名津はベッドから飛び起きた。自分の胸もドキドキと鼓動を打ち、玄関を叩く音と重なりあう。こんな時に確認する方法がドアスコープしか無いのがとても怖い。


 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン


 扉を叩く音は更に激しさを増す。


 一歩一歩玄関に近づくと、あんなに叩かれていた音がピタッと止む。

 ゆっくりとドアに掌をつけ、左目を閉じ右目で覗き込む。

 周囲を見渡すが何もない。だが扉を開ける勇気はない。

 一度スコープから目を離した駒名津は再び左目を閉じ右目で覗き


 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン


 壁が揺れるほど叩かれるドアを前に駒名津は部屋の中央まで戻った。

 音は何事もなかったかのように静かになった。

 今のうちに何か武器になるものは無いかと慌ててベッドの上にあった時計を握りしめた。


 えっ、時計の針が止まっている。

 そりゃそうか、長い間出入りが無かったんだから。


 クロゼットが開いている。


 ベッドの下から秒針の音が聞こえる。

 ふっ。

 ふっ。

 ふっ。

 ふっ。


 駒名津は仕切り戸を閉め、再びゆっくりと玄関に向かって進み始める。

 ベッドが軋む音がして磨りガラスの向こうに影が見える。

 慌てて玄関をドアを開けようとしたが、ドアが開かない。

 仕切り戸がゆっくりと開き始める。

 ようやく駒名津はサムターンとドアガードの存在を思い出し、ロックを引っ掻きながら外し外に出た。


「内見有り難う御座いました。ご入居をご希望のお客様は御連絡、お待ちしております」


 イヤホンから最後のアナウンスが流れた。


 暗かった廊下に電気が点り、再びアナウンスが流れ始めた。


「この度は歴史的な昭和のワンルームマンションの内見と恐怖の複合体験施設【良い部屋教えます】をご利用頂き誠に有り難う御座いました。今回の部屋のようにシリンダーキーや内鍵と呼ばれるもの、ユニットバス等は現在は見かけることはない過去のものです。昭和や平成初期に多く見られていたものです。現在の電子生体システムで管理されているものと違い、全てアナログなものでした。この他にも【良い部屋教えます】ではお城案内や3LDK等の内見体験もご用意しております。この後ご感想やご要望をイヤホンとセットになっておりますインカムでお話しください。またのご利用お待ちしております」


 今の時代、内見とは一種の歴史を感じるエンターテイメントで、更にそこにホラーや疑似恋愛などの要素を取り入れることで人気のアトラクションとなっている。駒名津は大いに満足し感想をインカムに向かって話し出した。


「今回のワンルームはとても怖かったです。ドアを叩く演出に加えクローゼットやベッドの下に人が隠れて追いかけてくる所は本当に殺されると思いました。追い付かれるとどうなっていたのでしょう」

「ご感想有り難うございます。【良い部屋教えます】のワンルームにはドアを叩く演出以外の演出はありません」


 えっ。じゃああれは一体なんだったのか。駒名津がイヤホンで尋ねる前に答えはかえってきた。



「追い付かれるとどうなるのか。それでは後ろをご覧ください」






 了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お部屋探しはお一人で ろくろわ @sakiyomiroku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説