【短編小説】となりのスニーカー

西の海へさらり

【短編小説】となりのスニーカー

俺のモノじゃない靴が玄関に一足。吉村はじっと靴を見た。俺のじゃない。なぜウチの玄関にあるんだ。でも、なぜか見覚えがある。


 吉村の部屋は1DKだ。玄関から即キッチン。その奥にベッドやら、一人用の座椅子やら、パソコンデスクがある。


 きっと誰かがいる。不気味だから逃げればよかったが、どうして怖いもの見たさの好奇心を抑えられなかった。だが怖いし、気味が悪い。やっぱり逃げた方がいいか迷う。


 ここ数日、リモコンやカップの位置が変わっていることも不思議だった。

 吉村はキッチンで包丁を手に取った。いざというときは応戦しようと決心を固めた。子供の頃から格闘技を習っていたし、ケンカでは今まで負けたことがない。その辺のゴロツキ程度なら簡単にねじ伏せられる自信があった。まぁ相手はサシに限るが。いざとなったら、逃げればいい。玄関のカギは開けている。


 ドアを目の前にして不思議と汗一つ出ない。ドアの奥には、見知らぬヤツがいるはずだ。勢いよくベッドのある部屋のドアを開ける。

「ごぉおおら!!!!」

 吉村は思った以上の声で威嚇した。自分の声の大きさに少し驚いていた。座椅子とベッドに腰かけていた若い女がいた。不思議と若い女は冷静だった。

「吉村さんですよね。包丁、危ないんでキッチンに戻してもらえます」

 若い女は吉村をじっと凝視しながら言った。

「あ、わたし、真田真弓と申します。真実の真が苗字と名前どっちにもつくんです」

「きいてねぇよ。お前、誰だよ」

「だから、真田真弓と申します」

「名前じゃねぇ、ナニモンなんだよ」

「あ、私あなたのご子息に依頼されまして、これをっと、はい、コレを持って参りました」


 真田はバッグから小説らしき本十冊ほどを取り出した。一冊一冊がコンパクトだ。文庫サイズだ。

「なんなんだよ、俺に子どもなんていねぇよ。結婚もしてねぇのに。なぁ、帰れよ。気味悪いよ。警察呼ぶよ」


 真田は本を手に取り真剣な面持ちで言った。

「いいですか、これはギフトです」

「ギフト?」

「このまま売れない作家生活しててもいいんですか?」

「私は二十年後の未来からやって来ました。この本は、アナタのお子さまが書かれた本です。これをアナタにプレゼントするとのこと」

「つまり?」

「本当にSF作家目指してるんですか?飲み込みが悪いなぁ」


 真田はスケジュール帳を取り出した。次の予定が迫っているようだった。

「どう使おうとご自由ですが、この本をそのまま書き写して、賞に応募してください。と言われてます。伝えましたよ」

「この本はどれくらい売れた本なんだ?」

「二十年後世界中で売れに売れて、映画化もされてますよ。」


 吉村が真田が持ってきた本を手に取ろうとした時

「ダメです。今見てはいけません。私が帰還してからにしてください。本を見た瞬間から未来が変わります。私が来た【未来の穴】が閉じて私自身が消えてしまいます」


 真田は部屋を出ようとした。

 吉村は真田の背後をとり、羽交い絞めにしてそのまま抑え込んだ。

「な、なにをするんですか?」

「うるせえよ、この空き巣」

 吉村は後ろから真田を抑え込んでいる。柔道で鍛えたバカ力、真田は抵抗する術もない。


「ディテールがちゃっちいんだよ。何が未来から来ただ。ヒット間違いなしの小説書き写したら、この本誰が書いたんだよ」

「それは、タイムパラドックス問題、ですが、ですが、未来を変える……」

 吉村は玄関に真田を連れて行った。

「このスニーカー、お前のだよな。見たことのない靴だ」

「だから、そりゃそうでしょ。未来人の私の靴ですから」

「未来の人間もスニーカー履いてるのか?みたいなことじゃなくてよぉ」

「なんですか」

 真田は吉村に絞められすぎて苦しそうだ。


「このスニーカーは、見たことはない。リアルでは見たことねぇんだよ。これはな、先週隣の花岡さんが盗まれたスニーカーと同じなんだよ」

「ど、どういうことですか」

「だから、このスニーカーが玄関にあったから、花岡さんウチに勝手に入ってきたのか?って思ったんだけどよ、あの人と俺そんなに仲良くないワケ」

「それがなんなんですか、ゴホッ」

 真田はうまく呼吸ができていない。


「このスニーカーは限定モデルで世界で十足しかないワケ。で履いてるのは、花岡さんだけって話なの。残り九足はアメリカとフランスのコレクターが買ったんだよ」

「つまり」

「つまり、お前はこのスニーカーを盗んだ犯人で、最近このマンションうろうろしてる空き巣ってことだよ」

「警察に電話してやる」

「そんなことしても、意味は……」

 吉村は、警察に連絡し真田を突き出した。しばらく事情聴取された。無事空き巣が捕まったとあって、マンションでもその話題で持ち切りだった。

 真田が盗んだスニーカーや持ってきた小説は警察が証拠品として持って行った。

 

 吉村の部屋のチャイムが鳴る。

「吉村さん、隣の花岡です」

「あ、はい」

 吉村は部屋のドアを開けた。

「なんか、大変だったみたいですね」

「そうなんですよ、女の人でしたけど未来から来たとかなんだか変な人でしたよ」

 吉村は花岡の足元に目をやった。

 花岡は盗まれたはずのスニーカーを履いていた。

「花岡さん、このスニーカーもう警察から戻ってきたんですね?」

「いやいや、盗まれたと思ってたら、下駄箱の奥にしまい込んでてさ。俺、スニーカー多いんですよねぇ。この前、警察に被害届取り下げてきたところですわ」

 

 吉村の携帯電話が鳴った。弁護士からだった。警察からの連絡の伝言だった。弁護士は少し興奮していた。

 真田が跡形もなく、消え去ったということだった。証拠品のスニーカーも小説も無くなっていたらしい。

(おわり)

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