家のある世界

歩弥丸

ええっ!? ここから買える不動産があるんですか?

「お客様、今何と仰いました?」

 新世界旅行社の事務室で、同社の代表-―機械には『マスター』と呼ばせている-―は目を剥いた。立体映像越しには顧客の姿がある。無論目を剥いた顔が顧客にも見えたはずだが、取り繕う気にもなれなかった。

『ええ、ですから、「異世界の家」を見たいと』

「いえね、お客様。私ども、旅行会社でして。異世界不動産業は専門外ですし、そもそも異世界移住斡旋業の免許は持ち合わせておりません。申し訳ありませんが他を当たられた方が……」

『住もうというんじゃないんです。建築デザインのインスピレーションを得たいんですよ』

「ああ、お客様。設計士でいらっしゃるとか」

 つまり異世界の建築から『パクろう』ということか。そう代表は理解した。

「異世界の住宅建築を見たい--そういうことならプランニングしてみましょう。ただ、私どもの航界機の性能やスケジュールの関係で、向かう世界は一つだけ、他の異世界団体ツアーと航界機は相乗り、という条件であればお請けします」

『分かりました。正直、航界機を貸し切れるほどの手持ちは無いもので』


 ※ ※ ※


「家からインスピレーションを、ということなら、『基軸世界』と『近い』世界は良くないよなあ……。あんまり『遠い』とそれはそれで『事故る』可能性が出てくるけど……」

『やっぱりファンタジー世界群、ですかねえ』


 ※ ※ ※


 そういうわけで、設計士と代表は連れだって、ファンタジー風の異世界にいる。団体旅行の方は他のコンダクターに投げた。服装はホログラフで、言語はAI翻訳機でごまかしている。

「で、こちら、この界隈の王都でして。ファンタジー建築ということなら多種族の混在する都が一番良かろうかと思いましてね」

「なるほど? あちらの石造りの家は」

 設計士が最初に目を付けたのは、王都表通りに面した家だ。切り出した灰色の石を組み合わせてあるが、恐らくその石組自体が主体構造でもあるのだろう。屋根も薄い石板で葺いてあるように見える。

「あれは恐らく山妖精の様式ですね」

「山妖精?」

「ほら金鎚と金床を組み合わせた文様の看板が出ているでしょう。金物屋か、鍛冶師なんですよ。で、この世界ではだいたいそういう職能をやってるのは山妖精たちで」

「なるほど。しかしこれは……なんか現実にもありそうな感じですね。イングランドの粘板岩(スレート)地帯あたりに」

「『基軸世界』ね」

 異世界と異世界転移が現実に存在することが証明され、安いものではないとはいえ旅行すらも出来る昨今、「基軸世界」のみを「現実」とする物言いは、異世界に対して差別的であるとして嫌われる。代表のように、異世界との往来を生業とする者にとってはなおさらであった。

「そうすると、あちらの木造の家は」

 次に目を付けたのは、表通りから少し奥に入ったところにある屋敷だ。一見するとただの少し大きめの木造住宅だが、よく見ると柱にあたる「木」が、生木だ。枝葉を茂らせ、その枝葉が屋根を兼ねている。

「これは森妖精の様式で間違いないでしょう。森から何らかの理由で離れた森妖精が、少しでも木の魔力に触れて暮らすために建築自体に『生きた木』を取り込むらしいんですよ。家の大きさに木の方を合わせるために精霊魔術を使ってると言う話ですよ」

「なるほど現実でいうツリーハウスのようなものですか。ちょっと一般化して応用するのは難しそうですが……」

「『基軸世界』ね!」

「……ああ失礼、基軸世界」


 ※ ※ ※


「いまいち、外観だけでは決め手に欠けますね」

 街を歩き回るうち、設計士は言った。

「なるほど。内部や使われ方を見たいと」

「そうですね。何か方法はありますか」

「あると言えばあります……不動産屋に聞いてみましょうか。内見の出来る物件があるかも知れない」

「あるんですか!?」

「元々は中世相当の経済概念しか有しない世界なので、不動産仲介業なんて無かったらしいんですがね。『基軸世界』にも異世界移住斡旋の免許を有する業者もいる昨今ですから、他世界からの移民を当て込んだ不動産仲介業者が現れてるって訳ですよ」

「是非お願いします」

「……ああ、移民するなら改めて正規の斡旋業者に聞いて下さいよ? こっちはただの旅行業者なんで」

「だから移民はしませんってば」


 ※ ※ ※


 そうして不動産屋に案内されたのが、一見ごく常識的な、『基軸世界』にもありそうな煉瓦造りの建物であった。

「どうぞ入ってください。こちら、元々は貴族の別宅だったと聞いております」

 少し耳の尖った不動産屋が言う。

「失礼します。外履きのままであがっても?」

 設計士は尋ねた。玄関口に『靴置き』は無い。『基軸世界』の西洋のように、『玄関では靴を脱がない』文化圏と見えた。

「そのままで結構です」

 廊下の壁は木枠に土塗りだった。木の柱も見える。

「煉瓦造と木構造を組み合わせてあるのですか。『基軸世界』からすれば少しちぐはぐに思えますが」

「王都ですから」

 不動産屋はドヤ顔で答えた。

「多種族・民族のやり方を組み合わせてあるんですよ。煉瓦は燃えにくいが重い。木は燃えるが軽くて組みやすい。土塗りは割れやすいが湿気を調節する。だから、外壁構造は煉瓦、主体構造の補助に木、内壁に土」

「まあ確かに現……『基軸世界』にもありますよね、SRC造のマンションにわざわざ漆喰を内装に導入してる家」

「たぶんそんな感じですよ。SRCが何なのかはよく分かりませんがね? ……どうぞ、こちらがメインルームです」

 不動産屋に続いて中に入ると、暖炉のある広間であった。床には緑色の起毛の敷物、中央には大きなテーブル。敷物の下からは重厚に黒光りする床板が見え、壁紙として艶やかな布が張ってある。歪みのないガラス窓から降り注ぐ太陽光だけでも、充分に煌びやかだ。

「しかしこれ……『基軸世界』にもありそうな部屋ですね?」

「いやいや。この世界でこれ実現するの大変なんですよ」

 旅行社の代表が口を挟んだ。

「まずこの窓ガラス。ガラス板を『ゆがみ無く』作る為に、多分山妖精の工匠が錬金術師の協力を仰いでいるはず。歪みのないガラス板って、工業の進んでない世界ではクソ高いんですよ。そして壁布、これ『基軸世界』でいうところの絹にあたる代物なんですが、これまた手工業の世界ではこれだけの大きさとなると流石にクソ高い。床板は南方の密度高い材木、これまた北半球にあるこの王都ではクソ高い」

「クソは兎も角」不動産屋が言葉を継いだ。「仰り様は大方正しい。しかもこの敷物、なんと魔法生物でしてね、食い散らかしやほこりを勝手に『食べて』くれるという優れものです。そしてこの炉、『煙突』無かったでしょう?」

「言われてみれば」

「魔法炉なんですよ。魔法で勝手に暖房を入れて、暑ければ勝手に冷ましてくれる」

「……掃除機とエアコンなのでは?」

「そういうこと言わない」


 ※ ※ ※


「如何でしたお客様。何かインスピレーションは沸きますか」

 代表は尋ねた。

「……とりあえず、『日の下に新しい物無し』ってことは分かりましたよ」

 設計士は苦笑で返した。

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