【KAC20242】2DKのサンクチュアリ

貴葵 音々子

店長は泣きながらハンコを押した

 わたくしは常時百種類以上の種族が暮らす超恒久的共生盟約都市、通称シティの不動産屋に勤務する、しがないサラリーヴァンピールでございます。仕事は賃貸仲介で、お部屋を借りたいお客様と物件のご縁を結ぶお手伝いをしております。


 本日最初のお客様はヒューマと獣人族の少年二人とエルフの美女という、少々変わった三人組です。全員種族が違うことから血縁関係はないようですが、ここは多種族が集まる街。家族の形もケースバイケースです。


「ねぇマホロくん。研究所を売却したお金と博士が残してくれたお金もあるから、もっと治安の良い第二層とか、それこそ第一層でも十分暮らしていけるよ? わざわざ集合住宅にしなくても……」


 お部屋をお探しなのは少年二人。エルフのお姉様は後見人のようでした。子どもたちだけで暮らしていくには、確かに第三層の治安は良いとは言えません。


「おおきなおうちなんていらない。ガルガといっしょにいれたらそれでいいの」


 甘栗色の髪をした愛らしいヒューマの少年はそう言って、少し背の高い獣人族の少年の手を握りました。はうあ……てぇてぇ。なぜヒューマという種族は無条件でこんなにも愛おしい気持ちにさせるのでしょうか。


「この物件は旧公営団地をフルリノベした再開発用の賃貸でして、防犯システム導入キャンペーン中なんです。今なら無料で警備会社との連携機能を付けることができますよ」


 導入キャンペーンは本当ですが、無料というのはちょっと違います。ですがいたいけでキュートな青少年たちの生活を守るのも社会の義務。そのためならわたくしは店長の首に食らいついて血を啜ってでも稟議を通す覚悟です。


「それなら安心です! 空いてるのは一階のお部屋だけですか? できれば二階以上を希望してるんですが……」

「ならばちょうどエレベーターの増築工事が完了した棟があるんです。このお部屋と間取りと内装は同様ですが、今なら同じ価格でご案内させていただきます」


 本当は値段差がありますが、そこはしがないサラリーヴァンピールであるわたくしのパワーでどうにか。大家様の機嫌を損ねるわけにはいかないので、弊社の手数料をちょちょいっと。だってこんなかわいい膝小僧に薄暗い階段を歩かせたら、悪い大人に誘拐されてしまうかもしれません。ジーザス……! 許しがたい未来です。絶対に阻止しなければ。


「ご希望でしたらお部屋も3DKのものにグレードアップできますよ、もちろん無料で」


 これは完全にわたくしの親切心。どんな種族でも子どもの成長は早い。今は仲良しでも、大きくなれば気が合わなくなって別々の部屋を使いたくなったりするものです。部屋数の一つや二つ、防犯システムの稟議を通すついでに店長の首に食らいつけば穏便に済むことですから。

 ですが、獣人族の少年が紺色のモフモフな耳と尻尾を垂らして頑なに首を横に振りました。部屋数が増えるのは一般的に考えれば良いことです。二人暮らしなら三部屋あっても余すことはないでしょう。しかも家賃は据え置き。

 何が不満なのかエルフのお姉様が聞くと、ヒューマの少年の手をぎゅっと握ってこう言ったのです。


「……へやがおおいと、マホロがいっしょにねてくれなくなる」


 ……TOMONE、DOUKIN、ISSHONI NERU。

 わたくしの脳内では狭いベッドで寄り添い眠る少年たちの聖域が出来上がりました。ここは何者にも踏み荒らすことは許されぬサンクチュアリ。ヴァンピールのわたくしなどが一歩足を踏み入れれば、一瞬で灰と化すでしょう。

 ああ冥神メイメイよ、お許しください。わたくしは愚かな過ちを犯すところでした。この少年たちを引き裂くものは一つとしてこの世にあってはならぬのです。たとえ3DKの優良物件であっても。


「ではお部屋数はそのままに、外置きの物置と駐車場、駐輪場もお付けしましょう。ええ、もちろん全てサービスですのでご安心を。あ、浄水器もお付けしましょうか? 今なら家具家電もプレゼントしております」


 それからお話はとんとん拍子に進み、無事ご契約いただくことができました。



「店長、これ稟議書です。もうお部屋は契約済みなのでもちろん通してくれますよね? え、牙が出てる? そうなんです、最近やたら喉が渇いて。だから……――通して、くれますよね?」



 わたくしは不動産仲介業のしがないサラリーヴァンピール。素敵なお客様にぴったりなお部屋をご提供するのが、何よりの生きがいです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20242】2DKのサンクチュアリ 貴葵 音々子 @ki-ki-ki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ