搾撃ッ!?【咲葉不動産】

ムタムッタ

ある独身の体験談




 ──咲葉さきば不動産の内見は良い。



 こんな噂を耳にしたことはないだろうか?


 近年進出してきた不動産会社らしいが、これと言って特徴はない。強いて言うなら独り身の顧客に対する売買が得意……らしい。自分の周りにも咲葉不動産を利用した友人がいたのだが、『彼女が出来た』報告と共に、仏のような表情でさっきの言葉を口にしたのである。独身の自分に対する自慢かと思ったが、そんな雰囲気ではなく、何か悟りを開いたような表情だった。



 ……内見が良い、とは?



 疑問をそのまま投げたものの、友人はしきりに「内見はいいぞぉ」とゲームのNPCよろしく繰り返すだけ。明確な答えはなく、余計に気になりネットで検索すると似たようなコメントやレビューが湧くように現れた。



『利用するなら咲葉以外ありえない!』

『あの内見を体験したら他の会社は使えない』

『家族に内緒で行ったらすごいことになりましたw』

『また引っ越すときはぜひ内見したいです!』



 首を傾げるばかりだ。

 『内見した物件』が良いのではなく、『内見』が良いと言う。これいかに?

 そもそも、内見はするものだろう。そこまで差が出るものなのだろうか?


 もてなしが良かったのだろうか?

 それとも利用者に金品でも渡しているのだろうか? いや、それなら少しは情報が漏れるはず。

 一人で答えが出るはずもなく、堂々巡りの果てに気づけば、最寄りの咲葉不動産へ電話を掛けていたのは、言うまでもない。



 ◇ ◇ ◇



「えっと、色好いろすき様は……隣の騒音が気になってのお引越しを検討なさってるんですよね?」

「えぇ、まぁ。夜な夜な騒ぐ人が多い安アパートなもので……」


 電話先は丁寧なおじさんの声による対応で、内見の予約は非常にスムーズに済んだ。数日後の今日、案内となった……のだが。当日やってきたのはおじさんではなく、


「それは大変ですね! それでは咲葉不動産代表の代わりに、この咲葉サキがおすすめの物件をご紹介します!」


 半歩先を歩く咲葉の社員。

 純白のシャツに黒のジャケット。同色のタイトスカート……が短い。裾から伸びる細い脚にはこれまた黒いタイツ。背こそ自分より頭一つ低いが、出るとこは出てるスタイルと服装で体の曲線が強調された出立ちなのだ。黒髪のセミロングにややつり目がちだが優しい雰囲気の女性だ。


 名前を咲葉サキと言う、らしい。正直タイプである。

 左の胸元にある名札にカタカナでサキと記載されていた。なぜ苗字ではないのか、これがわからない。家族経営?


 ちなみに彼女に説明したことは事実だ。家賃3万に惹かれ住んだものの朝から晩までパーリナイッ! ……のような輩の多いアパートで後悔したのはつい最近。それでも移動するのが面倒で後回しにしていたところに咲葉不動産の噂が転がってきたわけだ。


 何軒か回されるのだろうと見込んでいたが、サキさんは本命の一軒と自信満々に連れて行く。


 駅から徒歩10分。

 独身のユーザーに向けた十回建てマンションだった。


「へぇ、ここが……」

「部屋は五階です、ご案内しますね!」


 サキさんの後を歩きながら、思考は謎解き。

 取り立てて珍しい物件ではないが、徒歩10分に最寄り駅は割と人気の場所なのではないだろうか? 安アパートに住んでいた人間を案内する場所としては、結構お高めなお家賃を提示されそうだ。謎より金が気になるのはどうもいけない。


「501号室、こちらです」


 テキパキと解錠し、部屋へ。

 住んでいたワンルームと異なり、1LDKの室内は広く感じる。気を利かせてサキさんがスイッチを入れると、部屋が照らされる。


(あれ……電気通ってるのか? それに……)


「なにか変わった匂いが」

「内見者の方がリラックスできるようにと、アロマです」

「アロマ」

 

 不思議な匂いだ。

 以前の内見ではボロい室内を薄暗いまま適当に見るだけで終わったのだが……これが、他社との違い?


 そして何より、部屋の奥へ向かうとリビングには家具一式、なんと洗濯機、冷蔵庫テレビ等、家電まで揃っているではないか。


「これ、全部ついてくるんですか⁉︎」

「今、当社では新生活応援期間中なので、プレゼントです! ……ご契約成立なら、ですけどね」


 サキさんはスーツのボタンが悲鳴を上げるように胸を張る。


 秋なんだけど……とは言うまい。

 各社頑張っているのだろう。


「トイレやお風呂も最新式なんですよー!」


 どれも最新式、そして新品の状態で設置されている。おかしい……何かおかしい。家具家電付きはわかる。しかしプレゼントとなるといよいよきな臭い。


「ちなみに、お家賃いくらでしたっけ……?」

「えーっとぉ……こちらの物件は月額4万円ですね!」

「4万ッ⁉︎」


 聞き間違いだろうか。

 薄汚いワンルームと一万円しか変わらないとは。驚いたのが意外だったのか、サキさんは書類まで見せて確認させてくれた。


「もしかして……ご予算オーバーですか?」


 潤んだ瞳の上目遣いは凶器である。

 理性が飛ぶ前に、一歩退く。


「す、すみません! トイレが気になるのでじっくり見ても?」

「大丈夫ですよ! もし使いたかったらごゆっくりどうぞ!」


 ……ごゆっくりどうぞ?

 疑問は疑念に。違和感は少しずつ恐怖に変わる。念には念を入れ、ドアに鍵を。……なんだろう、緊張で火照って来たのか少し熱い。


「おかしい……至れり尽くせり過ぎる」


 本命の一軒?

 新生活応援?

 家賃4万?


 聞けば聞くほどおかしいとしか思えない。もしかして安いのは最初だけで後から色々オプション料金が付くとか⁉︎


 ……美人のおねーさんまでは良かったが、これが咲葉の真実……!


「色好様~? 大丈夫ですかぁ?」

「だだ、大丈夫っ⁉︎」


 不意によろめいて、トイレのレバーを押してしまう。すると便器水流の渦を巻いていくではないか。


(水道も通ってる……!)


 普通の内見ならありえない。

 もう契約は前提とでもいうのか。なんとか逃げる算段を考えなければ。


「咲葉さん、お風呂はどんな感じなんですかね⁉︎」

「そちらも自信ありです!」


 いつのまにかジャケットを脱いだサキさんは、胸部の膨れたシャツ姿で自分の手を引く。


 浴室はすでに準備万端、湯気立ち込める空間は入浴完了状態。二人は余裕で入れそうな浴槽にお湯が満たされていた。


「な、なんでお湯が……」

「入ってみます?」


 振り返ったサキさんの瞳が赤く光る。妖しく煌めく眼光と、緩やかに上がった口角は、どこか煽情的。

 何かとんでもないことに巻き込まれたんじゃないか。否、現在進行形で巻き込まれている。


「あ、そうだ! 今日他に用事があったんです! あは、あははははは」


 目線は逸らさず後退する。

 じりじりと出口へ向かう自分に対してサキさんは同じくゆっくりと迫る。


「だめですよぉ~まだまだこの部屋のこと、じーっくりたーっぷり知ってもらわなきゃいけないんですからぁ」


 そうこうしている内に玄関まで逃げ切った。ヤバい、この人何かヤバい! さっさとドアを開けて……


「ん? あれ、開かない⁉」

「一度入ったら出られない部屋……聞いたことありませんか?」


 振り返った先……胸元ははだけ、小さな二本の角と二翼一対の黒い羽根を広げたサキさんが懐まで詰めていた。


■■■ピーするまで出られない部屋……弊社自慢の物件です!」

「ピーとは⁉」

「わかってるくせにぃ~」


 不思議と力負けして、サキさんに組み伏せられてしまう。上手く力が入らない。


「やっとアロマが効いてきましたね~」

「なっ……!」


 やっぱりこの匂いも罠だったのか……⁉

 

「ようやく私の番が来てうれしいんですよ~、外見だって色好さんが好きそうなのに変えたんですからぁ」

「ちょ、なに⁉ 何するんですか⁉」


 サキさんの顔が自分に近づく。

 甘ったるい香りが嗅覚を刺激し――――


「大丈夫、色好さんは天井のシミを数えてれば」

「きゃッ――――――――――――」


 うまい話には裏がある。

 それから約1週間、自分はサキさんによってとても丁寧な内見をしてもらうのであった…………



 ◇ ◇ ◇



 咲葉不動産レビュー

 レジデンス○○(口コミ30件)


 20代・男性 賃貸マンション(New!)


 最初は友人がとても良いというので利用することに。

 電話対応も丁寧で当日は元気な社員さん? に案内してもらう事になりました。

 新人さんっぽくて「大丈夫かな?」とも思いましたが、そんなことは全然なく、とても優しく熱心にアピールしてくれました。条件も自分に合っていて本当に良い物件を紹介してもらえて満足です! 

 同棲する相手も気に入ってくれているのでこれからが楽しみです!!


 ……咲葉さきば不動産の内見は良い。

 ぜひ利用してみてはいかがでしょうか。


  

 搾撃さくげきッ!?【咲葉さきば不動産】(了)

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