第27話 永遠か一瞬か


「ふんぬぬぬぬぬ、ふぎぎぎぃ!」


「ぐぅ、頑張って、アッカちゃん!」


 騒動のあとアッカと茉莉はワゴン車に乗せられて、八百の会のアジトにまで拉致された。どうやら、そこは阿弥陀市の外れにある廃教会であった。外見はひびだらけの白壁であり、絡み合う蔦や吹かれる柳のせいで不気味さが増している。彼女達二人は、教会まで引っ張り出されると階段を下りて地下牢に押し込められた。


 木でできた格子を、アッカは舌で、茉莉は両手で破壊しようとしたが、それは叶わなかった。最後には力を入れた反動で床に転がってしまった。二人とも汗だくだくとなって、溜息をついた。


 アッカは悔しそうに喚き、格子を足でげしげしと蹴った。


「ふっざけんな!出せ、出せ!出さないとお前らを骨になるまでしゃぶりつくすぞ!」


 そこでアッカは動きを止めて、ちらりと茉莉を見た。啜り泣きが聞こえたからだ。見れば茉莉は膝を抱えて蹲って、ひたすら瞳から粒を落していた。アッカはすぐに茉莉に駆け寄った。


「茉莉姉ちゃん……」


「マスター、大丈夫かなぁ。私のことなんか、庇っちゃって……。あんなに血が出て、死んじゃったりしてたら、どうしよう?」


「大丈夫だよ!マスター、強いよ?今まで沢山のモノノケと立ち向かってきたんだから!きっとピンピンになって、迎えに来てくれるよ!」


「うん、そうだね。マスターはそういう人だ……。今はここから出ないと__」


「無駄ですよ。鍵もないのに」


 そのとき、二人の間に真菜子も声が響いた。振り向けば、地下のドアにお盆を持った真菜子が立っていた。いまの彼女は髪も下ろし、眼帯を外して赤装束に身を包んでいた。茉莉はきっと、彼女を睨んだ。アッカも犬のように歯をむき出して威嚇している。


「東条さん……。一体、何の用ですか?」


「えっと、お腹、空いてるかなと思って」


 そう言うと彼女はお盆を持って牢屋に歩み寄ってきて、受け渡し口からそれを押し出した。お盆には箸二膳、水と卵粥が二つずつ載っており、湯気が立っていた。そのとき、二人の腹の虫が鳴った。思えば、夜は何も食べていない。骸田の作った御馳走にもありつけなかった。


 腹の音を聞いた真菜子は、そっと手を差し出した。


「どうぞ、毒なんか入ってないから」


 空腹に悩まされた二人は互いに見つめ合って彼女の言葉を信じることにし、粥にありついた。味は旨味がきいたごく普通の粥である。二人はそれから黙々と咀嚼を始めた。真菜子は取り敢えず格子に凭れかかって腰を下ろした。そして、ぽつりと呟いた。


「ナギサさんは、まだ生きてます」


 そのとき、茉莉は箸を止めた。


「本当ですか!?あの子はいまどこに!?」


「言う訳ないですよ。どの道、今夜には解体されるでしょうが」


「……ひどい」


 茉莉は奥歯を強く噛んだ。それを見て、真菜子は少し考え込んだ後、再び口を開いた。


「私達は、人魚を自分達の欲望のためだけに使っているんじゃないの」


 そう言うと彼女は袖口から、乳白色の液体が入った小瓶を取り出して茉莉達にかざしてみせた。


「それはなに?」


 アッカは首を傾げた。真菜子は不敵な笑みを浮かべて答えた。


「これは人魚の酵素を取り出して、色んな薬品と混ぜ合わせたもの。すなわち、不老不死の薬です。ですがこれは試作品なので飲んでも数日しか不老不死になれない。でも、漸く、完成するんです。ナギサさんの肉があれば、遂に永久に不老不死となれる妙薬が作れる。この薬を使えば誰も死なない世界を作れるんですよ」


「永遠なんて、くだらない!」


 茉莉は粥を食べきった椀を怒りで投げ捨てた。それに対して、真菜子は目を丸くした。


「永遠に生きて、何になるんですか?死ぬまでに悔いがないように生きていくことが人間でしょう?その短い時間のなかで、どれだけ充実できるか考えることが生きるってことでしょう?どうしてそれに抗おうとするのですか?」


 茉莉は“永遠”という言葉が嫌いだった。なぜなら、彼女は幸福はいつまでも続かないと理解しているからだ。両親と茶々丸との時間だって、終わりが来てしまったのだ。


 今では鴨とモノノケ達がいてくれるが、その至福もどれだけ続いてくれるか分からない。すぐにでもその灯が吹き消されてしまうかもしれないのだ。故に、彼女は一秒一秒を噛みしめて毎日生きている。そんな茉莉だからこそ、永遠という恐ろしさを理解しない真菜子とどうしても相いれなかったのだ。


 そのとき、真菜子は小瓶をしまって俯いた。そして唇だけを動かして、何かもぞもぞと呟きだした。茉莉達にはそれが聞き取れず、耳を澄ませようとした。そのとき、真菜子はばっとこちらを向いて、叫んだ。


「私だって、最初からこんなことしたかった訳じゃない!不老不死なんて、なりたくなかったよ!」


 そう言うと、彼女は両手で顔を覆って泣き始めた。その様子は冷静沈着な刑事ではなく、嵐の中置き去りにされたか弱い少女のようだった。茉莉にはどうしても、その姿の真菜子を責める気になれなかった。代わりに牢屋越しに、彼女の肩に手を置いた。


「何があったんですか?」


 茉莉の一言に、真菜子は手を下ろして涙で赤くなった顔を見せた。そして、一瞬躊躇って語り始めた。


「すべては、先祖、そしてお父さまのせい。私は普通の女でいたかった。私はただあの子と、“人魚のあの子“とずっと一緒にいたかっただけ……。」


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